巻き込まれた政府 | ナノ


▼ 6

心の中で小さく溜息を吐く。とりあえず受け取りはしたけれど、肝心な手入れ対象が無い。
すると私の思考を先読みしたように、彼は自身の本体を差し出してきた。流石にそれは出来ないと断ったけれど、結局押しに負けて見よう見まねで手入れをしてみる事にする。

「…何処か怪我でもされているんですか」
「いいや」
「…」

ぽんぽん、と優しく刀身を扱うけれど、力加減が全く分からない。
おそらく凄く覚束ない手付きだろうに、何が面白いのか鶴丸国永はじっと私の様子を伺っていた。

沈黙が続けば初夏の虫の鳴き声が、この手入れ部屋を満たしていた。

ゆらり、と蝋燭の火が踊る。同時に彼の琥珀の瞳も少しだけ揺れていた。

「特に何も感じないでしょう?」

霊力が無いから当たり前だ。私がやっている行為は、ただ刀身を優しく拭くだけのもので、傷が癒えるわけではない。
けれど彼はゆっくりと首を振った。

「そんな事はないさ」
「そうですか」
「…君は、何というか、たまに冷たいな」
「気のせいですよ。鶴丸国永様には絶大なる尊敬の念と信仰を寄せています」
「ははは、君が言うと面白いな」
「…馬鹿にしてません?」
「まさか」

思わず素で言葉を交わしかけてしまった。…神様相手にはしたない真似をしてしまった。
私には神様の感性がわかるはずもなく。ただ淡々と手を動かす。

「…何か、私に告げたい事があるのですか」

手入れをする手を止めず、気になっていた事をぶつけてみる。
彼は私の言葉を予想していたように、一度ゆっくり瞬きをすると、じっと此方の瞳を伺ってきた。

「……君は」
「はい」
「どうやら主を疑っているようだな」

ふと、手を止めて刀身から目を外し相手の顔を見る。
口の端を上げた鶴丸国永の瞳は、敵対心のようなものは浮かんでいなかった。

「…というと?」
「主が君に対して、何か嘘を吐いているんじゃないかと疑惑の念を抱いているだろう」
「……まあ、そうですね」

彼女は優秀な審神者であるが、あの納屋に関してはやはり疑問が多く残ってしまう。
彼女の言葉を疑うような素振りを見せても、この鶴丸国永はそれを咎めるような様子は見せていない…が、本心までは分からない。

もしかして、主に仇なす云々で斬られるんじゃないかと一瞬警戒したけれど、杞憂だったようだ。あちらはどこか興味深そうな表情でこちらに対応している。

「俺から見ても、あの主は優秀だぜ」
「そうですね」
「俺の主を信じていないのか?」

言葉自体は厳しく突き放すように感じるが、声色には全くそのような意図が含まれているように思えなかった。

「…そうですね。私は監査者なので」
「ああ」
「疑うことが、私の仕事なんです」

苦笑しながら告げた。
実際私はこの人と将棋やトランプやゲームをしまくっていたので締まりが無いのは考えない事にする。

「鶴丸国永様や他の刀剣男士様達が審神者殿を信頼するのと同時に、それとは逆の立場も審神者殿には必要です。それが、私達政府なんです」

私だって、審神者さんには信頼を寄せたい。政府職員の殆どが審神者に尊敬の念を抱いているし、敬意を払っている。
だからこそ、彼らが間違った道に進まないように。この仕事が存在する。

鶴丸国永は私の言葉をゆっくり噛みしめるように聞き、それなら、と小さく口にした。

「もし、審神者と刀剣男士に信頼関係が無ければ」
「…え、」
「政府は………君は、どちらの味方につく?」

その瞬間、冷たい空気が頬を掠めたような気がした。
じわりと背後がむず痒くなるような圧迫感。目の前のは琥珀色の瞳。

ああ、やはり。この人は私と同じ人間じゃあないんだなと、今更強く感じた。
何を言っているのか、と聞き出そうとしたところで彼は何時ものような表情で笑って見せる。

「つまらない事を聞いて悪かったな。もう行って構わないぜ」

そう告げながら彼は自分の刀剣を懐に戻してしまい、手入れ部屋から出て行ってしまった。


…一体なんだったんだろう。
後味の悪さを実感しながら、今度こそ裏庭に向かうことにした。


一番近道を通ろうとしたけれど、途中で女審神者さんの部屋を横切る通路までやってきてしまった。
…裏庭に赴く事は伏せておいて、一度顔を覗こうかなと思いつく。お見舞いがてらに少しくらい声を掛けよう。
そうと決まれば早足で部屋へ向かい、襖に手を掛けようとしたとろで。

「……宗近」

部屋から漏れたのは、艶を含んだ女性の声。
…それはもちろん、女審神者さんの声。
それと同時に、布擦れの音が私の耳までしっかり届いた。

「宗近、宗近…」

部屋には明かりが灯されていない。

これは、まさか。

すぐさま中の様子を察知して踵を返す事にした。随分な場面を遭遇してしまった。なんだか申し訳ない。
刀剣男士とそういった行為自体は禁止されていない。むしろ手っ取り早く霊力が供給出来るので、個人の判断に任せる、といった事になっている。

だけど、本当に…。そういったケースがあるのかと驚いた。神様相手って末恐ろしくないのだろうか。
とにかく此処で聞き耳立てるほど野暮な事が出来るはずない。

来た時よりも速度を上げてその場から去ろうとした…けれど。

「…主よ、もうそろそろ良いのではないか」
「…なあに。短刀達の事を言ってるの?」

足に、突如重石が乗せられたように動かなくなる。
彼女のたった一言で、外の虫の音が一切聞こえなくなってしまった。
今…彼女は、確かに言った。

「手入れはするわよ。あの政府人員が帰ったら。随分長く居座って我慢ならないわ」

忌々しい、と女の声は続く。
嫌悪感丸出しの言葉は、確かに私の耳に届いている…が。

ちょっと待て、これ本当に彼女の言葉なのか。

「主よ。短刀達ならば資材もそう必要ないだろうし時間も掛からん。今すぐには無理だろうか」
「…どうせあの短刀達は自分よりも一期一振をどうにかしろと叫ぶでしょう。練度も高いし疲れるから嫌よ」
「…」
「一期も馬鹿よ。主である私に歯向かって短刀の事ばかり。ちょっと傷つけて納屋に放り込んで清々したわ」

いま、私はとんでもない場面に立ち会っているのかもしれない。

「それにしても短刀も可哀想よね。あんな政府末端者が来なければ一緒になって納屋に放り込んだりしなかったのに。あの子達、すぐにあの女に告げ口しそうだったし。全てあの女が悪いのよ」

目を大きく見開き、ごくりと生唾を飲みこむ。
あれだけ体が動きそうになかったのに、いつも間にか私の手には録音機が稼働していた。
…無意識に使用したのだろう。自分自身の癖の強さに苦笑しながら感謝する。

「そうよ、全部政府が…政府が悪い…」

最後に彼女の声は消え入るように萎んでいき、またもや服を弄る音が聞こえてきた。
続行するんかい、と小さく自分の中で呟きながら溜息を吐く。

……ショックを受けている暇など、ない。


とある端末を手に取って、踵を返す。向かう先は裏庭ではなく、審神者の部屋だ。
一瞬躊躇したものの、勢い良く襖を開ける。

そこにいたのは、本番直前の男女二人。他人のそれを生で見る機会があるとは思わなかった。

「…えっ!? …な、か、監査者様…!」

私の姿を見て慌てて彼女は乱れた衣服を整えようとした。
状況についていけないのか、途切れた言葉しか出てきていない。
反対に三日月宗近は冷静そのもので、冷やかな視線で私の姿を捕らえていた。

「…何故この部屋に来た。お主が行くべき場所は此処ではないだろう」
「…宗近?」

やはり、そうか。先程の会話はわざと私に聞かせていたらしい。
そうと判断すれば、導き出せる答えは1つしかない。

彼は…三日月宗近は、私に納屋へ向かえと間接的に伝えていたのだ。
徐々に険しくなる女審神者さんと改めて向き合う。

「…お楽しみのところ申し訳ございません、審神者殿」

一応頭は下げておくが、言葉には皮肉が含んでしまった。

「先程の納屋の件、詳しい話を聞かせて頂けませんか」
「…!」

何故、どうしてと彼女は表情で訴えていた。

「…聞いていらしたのですか」
「はい」

私の言葉を聞いて、彼女の顔はみるみる青くなる。その反応は、先程の言葉を肯定している表れで。
ずきり、と胸が痛くなる。

「ち、違…」
「…」
「そ、んな…気配がまったく感じられなかったのに…!この本丸内で私が感知出来ないなんて!」

忙しく言葉を続ける彼女は、ふと三日月宗近に視線を向けた。彼は先程のからぴくりとも表情を変えていない。

「宗近…貴方…!」
「俺は何もしていないぞ」

呟くように彼が口にした後、審神者はもう一人の名前を紡いだ。

「鶴丸ね…!」

怒りを露にした彼女はゆっくりと立ち上がる。
顔立ちが整っている分、その怒気は恐ろしいものだった。

ひやりと、背筋が寒くなる。これが、殺気というものなのだろうか。
それを見た三日月宗近は、私に対して言葉を紡いだ。

「さて、この状況をどうする監査者。主がその気になれば息の根を絶つ事は容易いぞ。俺はお前に何もしてやれん。縛られているのでな」
「宗近。黙りなさい」

その言葉を最後に、三日月宗近は本当に黙り込んでしまった。
冷ややかな視線を全身に感じながら、気落ちしないようにと相手を見返す。
審神者は一拍置いて、形の良い唇を少しだけあげていた。

「ご安心ください監査者様。何も殺そうとは致しません。ただ…少しだけ、政府に話が通らぬよう貴女に説得致しますけれど」

その説得とは、イコール物理であるのだろう。脅し方が完全に当たり屋である。

「そうですか」

こんな対応を取られてしまえば、私もやるべき事は一つである。

「残念です」

右手に握りしめていた機械。一瞬躊躇したけれど、そのスイッチをゆっくりと押した。
私の行動に彼女は一瞬だけ眉を顰めたけれど、また元の綺麗な顔に戻る…が。


「…ほう」

先に気付いたのは審神者ではなく三日月宗近だった。険しい顔が一変して、愉快そうな表情になる。
彼の反応に疑問を感じたのか、彼女は目で状況を説明するように訴えていたけれど、三日月宗近はそれ以上口を開こうとはしない。

「……宗近、何が可笑しいの。その態度は何」
「いやなに、……監査者よ、随分と奇怪な力を持ち合わせているな」
「私の力ではなく、政府の最終兵器ですよ」

未だに状況を飲み込めない審神者は、私と三日月宗近を交互に見比べている。
…とても、悲しい、けれど。神に仇なす霊力有る人間への対応は、政府の中で一貫している。


「審神者様、まだ気付かれないのですか」

貴女には、もう。

「霊力が全く備わっていないことを」


目を大きく見開き、彼女は自分の体を抱きこむように腕を回す。
霊力が無い自分には分からないけれど、自身の特別な力が消えてしまった事は感じ取れるらしい。

「え…嘘、何故…」

答えを求めて彼女は私の目を再び見つめる。
そこに居るのは、誇り高い尊厳のある審神者ではなく、只の一人の女性だ。

「貴女の身体には霊力を断ち切る機械が埋め込まれています。政府の手によって」
「なっ…」
「これは全ての審神者に機密で処理しています。此方がその気になれば、審神者を無効化出来るのです」
「そんな話…聞いた事無い!」
「当たり前です。これは此方側の最終手段ですので。インターネットで情報が回ってしまうほど政府も馬鹿ではありません」

冷たく言い放ってしまえば、彼女は膝から崩れ落ちてしまった。
嘘だ、嘘だと呟きながら未だに己の腕を握りしめている。

その時の自分の心情は、恐らく『哀れ』というもので。そんな自分に嫌悪を感じながらも続けて言葉を繋げた。

「貴女は…とても優秀なお方でした。素行も問題なく、戦績も常にノルマ以上の成果を残していました」
「…」
「何故ですか。何故付喪神様を貶めるような行為をしたのですか」
「……何故、ですって?」

色のなくなった彼女の瞳に、私が写り込んだ。

「そんなの、こっちが聞きたいわよ」

ゆっくりと立ち上がった彼女は、既に霊力が無いはずなのに言いようのない迫力を感じさせて。
私はというと、負けじと睨み返すだけで精一杯だった。


「私はね、生まれは格式のある家だったけれど最初から審神者になる事が決められた人生なんて嫌だった。自分の好きな事をしたかった。霊力がどうのこうのなんて知らないわよ。うざくて仕方なかった。だからあの家なんて出てやって好きに過ごしたわ。自分の力で就職も決まったし、好きな人もできた。これから本当の私の人生が始まるって確信したわ。……なのに」


ゆっくりと、目元を潤ませながら彼女の指は私を指す。

「政府が、…貴女のような人間が私をこの世界に無理やりつれてきたんじゃないの!!私の!大切なものを全て奪って!!」
「…」

「私は審神者にならないと、何度も言ったわ!人材不足なら何でもしていいわけ!?人の尊厳を全て奪って置いて、神様神様五月蝿い!!あんた達なんか…人間じゃない!!!」


彼女はそう絶叫すると、私に襲いかかろうとしてきた。

私は…というと、彼女の言葉を聞いて動けるはずがなくて。本当は彼女をあしらうことも容易に出来るはずなのに、指先一本も動かない。

私の首元に伸ばされた彼女の手を眺めていると…。


どさり、と審神者は私にもたれ掛かった。状況が理解できず、とりあえず彼女を抱きかかえる。
この相当な重量からして、気を失っているようだった。

「監査者殿は死にたい願望でもあるのか?」

彼女のすぐ後ろには三日月宗近が立っていた。

…正直、この神様に助太刀のような行為をされるとは思わなかった。…霊力がなくなり、彼女との関係性が薄まれば歯向かう行為も容易に出来るという事だろうか。
なんとか冷静さを取り戻し、抱えた彼女を横脇にそっと寝かせる。

「申し訳ございません。助けていただきありがとうございました」
「……納屋に一期一振と短刀達が居る」
「わかりました」

口早く答えて廊下に出る。いざ裏庭に向かおうとすれば見知った顔が待ち構えていた。

「こっちだ。早く来てくれ」

鶴丸国永は私の腕を握り、信じられない速さで納屋へと向かう。
廊下を駆け抜け、土路を潜り、数分も経たないうちに辿り着いてしまった。

懐にしまった用具を確認しながら扉を開ける。埃っぽい空気が鼻につき、真っ暗な内部を見渡した。すると奥の隅に見えたのは…小さな人影と、横たわっている一期一振が。
彼に手を伸ばそうとすれば、私と一期一振りの間に5人の子供が立ち塞いだ。

「一兄に触れるな!!!」

肩を震わせ、小動物が威嚇するような目つきで此方を睨む。
声を発したのは前田藤四郎だった。他の本丸でもよく目にするが、このように威嚇する彼を見るのは初めてだ。

「……私は、政府のものです。あなた達を救うためにこの納屋に来ました。せめて、一期一振様の容態だけでも確認させては頂けませんか?」

相手が少年に見えようとも、彼等も例外なく格式の高い神だ。それを念頭に願い出たけれど、退いてくれようとはしない。

「前田の。そこを退いてやれ」

後ろで見ていた鶴丸国永が声を発しても、彼等は首を振るだけだった。

「人間は敵です。悍ましい生き物です。決して、ここから離れません!」
「…そこを退かぬと言うのなら、この場で私を斬り殺してください」
「…!?」

何を言っているんだ、と怪しむように彼等は私を見つめる。しかし、私だって頭が可笑しくなってこんな事を口にしているわけではない。

「しかしこの状況を作ったのが人間であるように、救えるのも人間しかいません。一期一振様の傷は人間でしか癒せない」
「…」
「もし私が一期一振様に傷つけるような行為をしたら、首を切り落としてください。……どうかそこを退いてくれませんか」

正直冷や汗が半端ないけれど、ここまで言わないと彼等は退きそうに無いので致し方ない。
賭けではあったが、渋々彼等はその場から退いてくれた。内心ホッとしながら、早速一期一振と向き合う。


──神様神様五月蝿い!!あんた達なんか…人間じゃない!!!


深く考えないようにしていた言葉は、何度も頭の中で反響していた。



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