巻き込まれた政府 | ナノ


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横暴、非道、まさしく血が通った人とは思えぬ政府側……に分類される自分は、審神者という職業がいかにブラック率の高い職業であるか良く理解しているつもりだ。

ゆっくりと、気持ち良い風が頬を撫でるのを実感しながら石段を登る。
立派な本丸の門をくぐり、「ごめんください」と少し声を張って呼びかけた。
今日は年に1度、政府による本丸監査の日だ。



政府側は審神者から疎まれる存在である。いや、審神者も政府の人員ではあるけれど、明確な壁のような物が存在するのは確かだ。

あちらにとってはノルマを課し、催促を怠らず、必要とあらば非道な決断を下す。…というこちら側に対し、とんでもねえ上司が常に上から見張っている、みたいに感じているかも。私がそちら側だったらそう思う。

難しいノルマを課すやらなんやら、それならまだ良かった。
審神者という職業が高給であると共に、精神的肉体的負担を大きく課せられるのは就職サイトにも大々的に表示されている。

『犯罪歴がなく、霊力の有る人は大抵この職に就ける。給料凄い。超高給。2年くらいで一戸建てが購入できる。やばい。審神者やばい。けれど2年と経たずに半数が辞職、もしくは行方不明になっている。私も逃げてきました。』

どこそこの就職掲示板では同じような文面が記されている。
それでもこの職に就いた方々は、それ相応の覚悟があったという事だ。

…問題は、政府側が強制的に霊力のある人間を招集し、審神者となる事を強いた件である。
表立って審神者と政府側で事件等が起こる事はないが、審神者御用達の掲示板「とうらぶちゃんねる」では政府はボロ雑巾のごとく暴言行き交っている。

「政府は何をやっているんだ」
「私達を道具としてしか認識していない」
「新人にブラック本丸任せるな信じられない」

うん、本当に…何も言えません。申し訳ないです。土下座します。
あの掲示板を見ないことも仕事の一つだ、と先輩に教わられたけど確かにそうだった。心が病む。
ただ、言わせて欲しい。政府の人間も……人はいるのです。
……上には、逆らえないんです。


誇りだ、と両親に言われながら私は歴史修正主義者等に対抗する政府国家機関へと就職した。
勉強だけが取り柄ではあったが、特にやりたい事もないので高給につられて政府機関へと就職してきたわけ…だが。

『これまで勉学に血反吐をはく思いした甲斐があった。天下のお国の仕事なら休日もしっかりとれるよね、休みはお金をぱーっと使って人生イージーモード始まり来たなこれ』

なんて甘い考えは社会人1日目で吹き飛んだ。
そこには、歴史修正者への対策と審神者側の対応にてんてこ舞いな地獄が存在した。

まず言っておく。私達に休みなどない。
審神者の命を預かっている身、そして彼らは神に近く、とても危うい位置にいる。何故かよく分からないが、審神者は付喪神である刀剣男士に大変好まれ、頻繁に神隠しが起ころうとする。その頻度、およそ1日のべ45件。
は? と思われた方もたくさんいると思う。でもマジである。私ら政府の末端は、それを全力で阻止するために警察庁もびっくり事件の連続を解決するために毎日職場と本丸を行き来している。

労働法違反、と唱えたいところだが、国の未来がかかっているためお国も目を瞑っているらしい。酷い。
そして政府の上層部にも問題があった。正直に言おう、めっちゃ腐ってる。これでも昔よりはまだマシらしい。
ゆったりとしたソファに寛ぎ、あの本丸は捨てろだとか審神者が足りないから供給しろだとか。何なんだよお前ら、本丸突っ込むぞ。
明らかに倫理的に反する行動を起こしているのに、政府下っ端の方々は黙ってそれをこなした。もう忙しすぎて半分精神が病んでいたらしい。

ここ数年は腐った運営を繰り返していたため、審神者から政府への印象はほぼ最低値といえよう。それに呆れ、神職に絶望し、減少し続ける審神者の数に、さすがに危機感を覚えたのか少しずつ核を取り戻しつつある。

…が、そんな政府の糞っぷり運営に苦しめられた審神者もまだ多く存在しているわけで。
泣き叫ぶ審神者達を何度か見かける機会はあった。それだけで胸がかなり傷んだ。
…少なくとも、自分は絶対にこのような人達をこれ以上増やさないようにしようと決めた。


そんなこんなで私は、この職場を去るタイミングを完全に見失ってしまった。
おそらく私が辞めたら隣にいる同僚は過労で死んでしまうだろう。それは同僚にも言えることである。同僚が辞めたら私が死ぬ。
それほどまで、政府側末端も深刻な人員不足に陥っていた。


そんな自分に、「当たり」の日がやって来た。


政府側は定期的に本丸へ直接赴き、何かしら問題が起こってない監査を行う必要がある。
先ほどは政府は嫌われてます云々を長く語っていたが、実際には友好的な審神者…いわゆるホワイト本丸を指す方々が多いのが事実である。

監査…といっても、そこまで固いものではなく、友好的な審神者からは茶菓子を出されて雑談する程度のもので。審神者の精神面等で何か問題がないか、会話を通して診断する。加えて本丸内を軽く視察する。

……そう。本丸へ赴き、茶菓子を食べて、和やかに会話し、1日を終える。


私達はこの仕事が回って来た時、内心では狂喜乱舞している。
分かっている、大事な審神者との貴重な邂逅だ。何か問題があればきっちり対応しなければならない。…それでも。

徹夜続きの眠たい目を擦りながら、新緑に覆われた涼しい空気を一度大きく吸い込んで、もう一度本丸へと声を投げかけた。

「ごめんください。政府の者です。どなたかいらっしゃいませんか?」

小鳥のさえずりを耳にしながら、建物の方から小さな足音がぱたぱたと聞こえてきた。
少し慌てて開かれた扉からは、品性の伴った綺麗な女性が現れる。

「出迎えが遅くなり申し訳ございません、監査者様。……お待ちしておりました」

女性の私でも、どきりとする彼女の笑みは本当に綺麗だった。凛とした声が心地よく耳に届く。

「お出迎え、感謝致します。審判者殿」

彼女に向けて相応しい笑みをなんとか返しながら、私は本丸に……元ブラック本丸に足を踏み入れた。


彼女の前の審神者は、それはそれは酷い男だったらしい。
刀剣男士達を手入れもろくにせず、レア刀剣を求め出陣を繰り返し、見目の良い刀剣男士には夜伽を命じるというテンプレ真っ青な人間だった。
…そして、そのような状況を作ってしまったのも私達政府の人間である。

彼女は当時採用された審神者の中でも霊力が頭一つ飛び抜けていた。それに加え、見目も大変良いとのことで、刀剣男士達も彼女なら気に入るだろうと無理に勧告し元ブラック本丸に押し付けてしまった。
今思えば、なんて浅はかな判断を下したのだろうと頭が痛くなる。立場上出来ないが、正直土下座したい。

それでも彼女は、あの薄汚れた空気に充てられた本丸をここまで清浄なものへと変化させた。本当に凄い方だと尊敬する。
この本丸では現在確認されている刀剣全て揃わずとも、いわゆるレアと呼ばれる三日月宗近や鶴丸国永などが神界から呼ばれている。
特に三日月宗近を所有する本丸は1%に満たない。彼が存在する本丸にて、全付喪神に刀解を命じられた前例は無い。
私自身も、三日月宗近がいる本丸へ監査に入るのは初めてだった。

案内された部屋には、既に一際目立つ人物が居座っていた。
先ほど思考の中心にいた…三日月宗近だ。

……思わず、目を見張ってしまった。いや、魅入ってしまた。

紺色の装束を身に纏い、黒と一言では言い表せない髪色。
嫌味を感じさせるくらい長い睫毛、少し切れ味のあるくっきりとした目元に綺麗な鼻立ち。
ここまで綺麗な人間など、存在しても良いのだろうかと思えた。なるほど、あまりにも誇張された噂は伊達では無かったのか。

「宗近、ご紹介致します。本日から一週間滞在致します、監査者様です」
「……ふむ。俺は三日月宗近だ。主の近侍は大抵俺が担当している。よろしく頼む」

女審神者さんが三日月宗近の横に腰を落ち着かせる。
凄い美男美女。目がチカチカする。お似合いだ。

「…よろしく、お願い致します」

立場上、必要以上に魅入らないようにと自分を叱咤しながら小さく頭を下げた。
本来ならば監査は半日程度で終了する。しかし元ブラック本丸となると再発防止のために、一週間程度滞在し厳しめに監査の目を走らせる必要があった。
…と言っても、彼女がこの本丸に就任したのは2年前であり、1年前の監査では特に問題ないと判断されている。
今年も一応の為、という事でまたまた一週間の滞在を命じられていたけれど。そこまで気張る必要はないかなと、彼女が定期的に提出するレポートで何となく把握している。

本来は只でさえ人手が足りないのに、保険で一週間滞在しちゃっていいの?と思ったけれど、政府としてはそれよりもブラック本丸再発の方が怖いらしい。酷な話だが、事後処理の大変さはあれが一番である。半月潰れるし家に帰れない。

監査の間、刀剣男士とは必要以上に関わってはいけない…なんて決まり事があるわけではないけれど、
主以外に何をするか分からない刀剣男士には気をつけろよ、と政府の中では暗黙のルールが存在している。
一週間滞在となると関わる機会もあるかもしれない。その点は気をつけなければ。

「先日、書簡でもお伝えしましたが再度確認しますね。本日を含めた一週間、審神者殿の本丸にて監査を行います。その際、全ての部屋に行き来可能とし、此方からの質問等には極力答えるようにお願いいたします。もちろん、プライベートを深く探るような問いは投げかけません。また、此方から刀剣男士様へコンタクトを取る事も御座います。よろしいでしょうか?」
「はい。問題ありません」
「…よし、大丈夫ですね」

挨拶は手短に、女審神者さんから寝泊まりする部屋へと案内されていた。
荷物を抱え、木造独特の小さく軋む音をなんとなく楽しみながら彼女の後をついていく。
ふと、なんとなく違和感に気付いて辺りに目を配った。

「どうかされましたか?」

少し忙しく目線を配る私に女審神者さんは気付いたようで、首を傾げながら此方に視線を向ける。

「ああ、申し訳ございません。……なんというか、静かだな、と思って」

そう、静かだ。
私が今まで監査でやって来た本丸にはもっと笑い声が…小さい子の声が本丸のあちこちから聞こえていた。

「短刀達はお昼寝ですか?」

すこし会話のネタを持ってこよう、という程度のノリで思いついた言葉を口にしたけれど。
なぜか彼女は一瞬だけ難しい、ちょっと困ったような顔をしていた。
…何か気に懸かる事でも言ってしまったのだろうかと一抹の不安が過る。

「…この本丸に、短刀はいません」
「え」

思わず素の対応をしてしまった。
待ってほしい、此方が把握しているデータでは乱、厚、前田、五虎退がこの本丸にいるはずだ。

「あの…先月にお送りした書類には新たな刀剣男士編成のものをお送りしましたが…もしかして私、古い情報を送ってしまいましたか?」

少々涙目になっている女審神者さんに対し、思わず首を振る。

「いいえ…もしかしたら此方の確認ミスも考えられます。大変申し訳御座いません」

こちらに赴く前に、一度資料を確認したけれどその資料自体が間違っていた可能性もある。
恥ずかしい話だが、政府側での書類の確認ミスというのは頻繁に発生してしまっている。特にブラック本丸への対処に明け暮れている日。先月では2件発生していた。
それにしたって、間違えるなって話に帰結すると思う。審神者様方々、本当に申し訳ないです。…申し訳ないです。
しかし、短刀が居ない…という事例は聞いた事がない。彼らは特別霊力を込めなくても集まってくれることが殆どだ。

「実は…ちょうど一ヶ月前、短刀達を中心とした部隊に検非違使が襲撃し、隊長を除いた全ての刀剣が破壊されました」
「そ、れは…」

ああ、しまった。

「……酷な事を聞いてしまい申し訳ございませんでした」

深く、頭を下げる。
やってしまった。彼女に辛い事を口にさせてしまった。政府側の…自分の処理能力の無さが嫌になる。
彼女は気にしないでください、と小さく首を振っていたけれど、言いようのない壁が出来上がってしまったような気がした。


案内された客室は一人が滞在するには十分過ぎるものだった。

「お食事は如何なさいますか?昨年は用意しなくても良いと伝えられましたが…」
「そういえば…」
「せっかくですので召し上がってください。光忠……燭台切光忠が作る料理は絶品ですので」
「…それじゃあご馳走になっても大丈夫ですか?」
「是非そうされて下さい」

玄関で迎えてくれたような綺麗な笑みを向けた後、女審神者さんは部屋を後にした。
さてと、と荷物を降ろして腰を落ち着かせる。

とりあえず、本丸を一通り巡ってみるかと身なりを整えた。付喪神にとって、自分の主以外の人間に戸惑われるかもしれないが、ここの本丸ならば大丈夫だろう。あの女審神者さんはしっかりしている。
さあ行こう、と襖を再度開けた直後、左から「わっ」と大きな声を掛けられた。
大きく肩を震わせて声の持ち主を視線でたどると、嫌に白い人が意地の悪い顔でこちらを見ている。

「おっ、いい反応するじゃないか」

そう言いつつ彼は気さくな様子で私の顔を伺った。

「貴方は…」
「俺は鶴丸国永。君が監督者か?話は聞いてるぜ」

またまた噂の刀剣男士を目にすることができた。
見目麗しい付喪神は彼も例外ではない。中性的な顔立ちと白の装束が彼の神格の高さを表しているようだ。

「…失礼致しました。本日から一週間お世話になります。よろしくお願い致します、鶴丸国永様」
「おいおい堅苦しいのは止めないか」

もっと肩の力を抜け、と目の前の神様は笑うけれど。何度も言うが立場上無理なのだ。彼の主が人間だとしても、私にとっては敬うべき神様である。
正直私だって、こんな敬語尽くしはキャラじゃないのでタメ口でいたいけれど。『まじでさんきゅー宜しくー』ぐらいで行きたいけれど。それが上司に漏れれば恐ろしい鉄槌が下る。

「お気遣い感謝いたします。…それでは失礼しますね」
「何処へ行くんだ?」
「本丸を一周りしようかと」

そう言い切って、さあ行くぞと辺りを軽く見渡しながら歩を進めたけれど…何故か後ろから足音が聞こえる。

「…あの?」
「案内するぜ。せっかくの外の客人だ」
「いえ、そこまでして頂くわけには…」
「この本丸は広いんだ。特に裏庭は一国の城の広さと同等だな。短時間じゃあ敷地内全ては目を通せない」

告げながら彼は私の前を歩き出した。黙ってそれを見ていると、くるりと此方を振り返り催促する。

ああ、これは。見張られているのかもしれない。
やはり刀剣男士にとって外部の人間は好ましくないかもしれないな。
下手に断り続けるのも不味いかもと判断して、とりあえず案内を任せる事にした。

「それでは…よろしくお願いいたします。鶴丸国永様」
「様、はいらないぜ」

そんな軽口を叩きながら、目の前の神様は最初にどこを案内しようかと思惑しているようだ。
まあ、初日だし全て目が届くとは思っていない。今日はさらっと巡ることにして、気になる事があれば明日また調査する事にしよう。出来れば今日中にもう一度あの女審神者さんと会話したいところだが…。



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