!キンセンカの涙、41~42話あたりお話です。
「あ…」
前方に見えるのは、明らかに紫の巨人のあいつ。
まさか部活が臨時休日となった今日、町中で奴と遭遇するとは。
少し迷ったけれど、まあせっかく会ったのだからと声を掛けてみた。
「おーい、奇遇だね」
そう言いながら近づいてみる。
すると奴は、意外にも素直にこちらへ向かってきた。
「…ストーカー?」
「誰がお前みたいな巨人を好きでストーカーするかよ」
早速悪態をつかれたので、こちらも悪態で返事をする。
どうやら奴は買い物をしていたのか、白い袋を持っていた。ちょっとだけ中を覗いてみる。
「…見事なまでにお菓子ばっかり」
「あげないからー」
「いらないよ」
ポテチやら、まいう棒やら。喉が渇きそうなセレクトばかりだ。
人が行き交う広場だというのに、紫原敦はポテチの袋を一つ取り出すとバリッと開ける。
そして数枚のポテチを頬張った。
「立ち食いは止めなさいって」
「うるさいなー。別にいいじゃん」
まあ、私の注意を聞くような奴だとは思っていないけど。それでも下品な事には変わりない。
落ち着けそうな所がないか、少しだけ辺りを見渡す。するとすぐ近くに公園が目に入った。
「せめて、ほら。あっちで食べるよ」
袖を引っ張って公園を指差す。そのまま歩けば、またもや奴は意外にもそれに素直について行った。
公園に入ると開いているベンチが数カ所存在する。紫原敦は一番近いベンチに座った。
そしてこちらをチラリと見ると、少しだけ横に移動する。
隣に座っても良いという事だろうか。
何だか最近素直だなぁと思いながら、遠慮なく横に座った。
公園では冬だというのに、子供達が楽しそうにはしゃいでいる。元気な事だ。
だというのに、隣の中学生はお菓子を飽きもせずボリボリと。不健康極まりない。
そんな事を考えていると、奴は二袋目を手に取った。まだ食べる気か。
軽くため息を心の中で吐いて、ぼーっと子供達を眺めていた。
あんな光景を見ると、身体だけじゃなくて心も子供に戻りたかったな…なんて少しだけ思う。
何も考えずに、全ての事が新鮮だったあの時期。たぶん、一番楽しかった時期。
遊んでいた子供達に、大人達が近づいてきた。おそらく両親なのだろう。
子供達は楽しそうに親と手をつないで公園を去っていく。
…なんだか、前世の親に会いたくなってきた。
考えないようにしていたのに、大きな波がやってくる。これはやばい。新手のホームシックだ。
少しだけ頭を振っていると、またもやバリッと音が聞こえてきた。
隣を見ると、紫原敦が新しいポテチの袋を開けている。
「ちょっとちょっと、食べ過ぎでしょ」
「別にー。いつもこんくらい食べてるしー」
「でも、もう3袋目でしょ」
「煩いなー4個目だし」
なお悪いわ。
「そんな食べてると太るよ」
「でも俺ー、横じゃなくて縦に全部栄養行くし」
「お前と喋ってると腹立つわ」
そう言って、笑ってしまう私も私だけれど。
「とにかく、それ以上食べるのはやめ…」
「もー、煩いなー」
そう言いながら紫原敦は大きな手でボテチを鷲掴みすると、私の口に押し当ててきた。
「ふごごごご!!」
吐き出そうかと思ったが、口元を押さえられているので出そうにも出せない。
必死に腕を掴んでみたが、奴はニヤニヤしながらこちらを見ていた。
仕方なく、どうにか噛んで一気飲みする。
私の口からポテチが無くなったのを確認すると、奴はやっと私の口から手を離した。
「っとに、何するの!」
「あー面白かった。変な顔ー」
そう言いながら中学生らしい顔を見せる紫原敦。
まったく、生意気な奴だけど可愛いと思える私も成長したのかもしれない。
「もー…」
少しだけため息を吐く。
喉が渇いたので近くに見える自動販売機に向かおうかな。
そう思って席を立ち上がると、奴も立ち上がった。
「ん、どうした?」
「帰るのー?」
「ううん、飲み物買おうと思って」
そう言いながら自動販売機を指差すと、あっそーなんて言いながら再び席に着いた。
歩きながら財布の中身を確認する。結構余裕が有る。
コーヒーを1つと、カフェオレを1つ買って少し急ぎ足でベンチに戻った。
「はい、あげる」
カフェオレを奴に手渡す。不思議そうに缶を眺めてこちらを見た。
「俺、お金もうないけどー」
「いいよ、一応お菓子もらったし」
かなり不本意だったけれど。そう言えば、紫原敦は無言で缶を開けた。
私も隣でコーヒーを開けて口に含む。冷え込んだ今の状況に、暖かいコーヒーは本当に美味しい。
「…あんたってさー、コーヒーとか飲むの?」
「うん、時々ね。ブラックとか飲めないけど、ミルク多めの奴は結構飲むかなー」
「へー…」
奴はカフェオレを飲みながら、まじまじとこちらを見ている。
何が気になるのだろうか。少しだけ眉を顰めて首を傾げてみた。
「なんかさー、変に大人ぶってコーヒー飲む奴とかいるけど、あんたは素だよねー」
「…どういうこと?」
「言葉の意味そのままー」
そうか、中1でコーヒーって変なのか。少し焦ったけれど、でも別にそこまで神経質になる必要はないだろう。
中1でコーヒー飲む人なんて、私以外にもたくさんいる。
「苦いの結構好きだからねー」
そう笑って言えば、奴も変に考えずに納得したようだった。
少しの間、沈黙が続く。隣の巨人はお菓子を食べる手を止めていた。飽きたのだろうか。
けれど、袋の中をガサゴソして、軽くため息を吐いてはこちらを見ている。何がしたいのだろう。
…何をやっているんだと、ツッコミしてもいいのだろうか。
そんな事が5分程度続くと、奴は袋から一つのポテチを取り出した。
そして無言で私に突きつける。
「…?」
見ると、袋には『高菜味』と書いていた。
「こ、これは…!」
「俺、これ嫌いだから」
そう言って、早く受け取れとさらに私に突き出してきた。急いでそれを受け取る。
「え、くれるの?」
「だから、嫌いって言ってるじゃん」
そう言って、そっぽ向く紫原敦。
嫌いならどうして買ったし。なんて思ったけれど、とりあえず考えないでおいた。
「ありがとう、紫原敦!」
そう笑顔で言えば、奴はチラリとこちらを見た後、再びそっぽ向いた。
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番凩さん、リクエストありがとうございました!
紫原君との和甘…和んでいるのか、甘なのか。
結局いつもと同じような調子になってしまいました。彼を甘えさせるのは一苦労です。すみません。