「…あき。…あきのぶ…明信!」

俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。この柔らかい声は陸人のものだ。布団から探るように手を出し、陸人の細い腰に腕を回して引き寄せた。眠くて目が開かない。

「あき、寝すぎだよ。生活リズムおかしくなるよ」

「お帰り陸人。一回抱きしめさせて…」

「既に俺の腰をがっちりホールドしてるんですけど」

陸人は「はいはい」とか言いながら俺の背中に手を回した。ベッドに座ってる俺に対して、上からではなくちゃんと膝をついて目線を合わせてくれるところとか、本当に気遣いに長けている奴だと思う。看護師はお前にとって天職だよ。
すぅっと息を吸い込めば、消毒液の匂いがした。

「ヨードチンキの匂い…」

「ふふっ。もはや消毒液の匂いが体臭の一部になっちゃった気がする」

「多分俺もそうだな」

陸人は俺から手を離すと、鞄を置いて風呂に行ってしまった。
時刻はもう19時を過ぎている。昨日全く寝ていなかったとはいえ、さすがに寝すぎてしまった。あくびをしながら冷蔵庫を覗くと、野菜の残りと豚肉があったので陸人が風呂に入ってる間に晩御飯を作ってあげた。

「あ!ご飯作ってくれたんだ」

風呂から上がった陸人は、俺が机の上に並べた料理に気がついてそう言った。

「仕事で疲れてるだろうと思って」

頬を緩ませて「ありがとう」と言った陸人は俺と対になるように座り、「いただきます」と手を合わせた。つられて俺も「いただきます」と手を合わせる。
こうして一緒にご飯を食べるのは何日ぶりだろうか。美味しそうに食べる陸人の顔を見ながら幸せを噛み締めていた。

「やっぱりあきの料理ってプロ並みだよね。手際いいし」

「署にいる時は、他の隊員の分までご飯作らされるから嫌でも上手くなるよ」

「やっぱりそうなんだ。俺の先輩看護師から聞いたんだけど、消防士や救命士は自炊や洗濯も署でこなしてるから、結婚したら楽だって言ってた」

「確かにそうかもしれないけど、家にいないこと多いから奥さんは大変そうだけどな」

「逆だよ。家にいないから楽って思うんだよ」

その言葉に夫婦の闇を感じた。夫は妻のために外で頑張っているというのに、帰ったら帰ったで邪魔者扱いされるとは。まぁ邪魔者扱いされる理由があるからそうなるんだろうけど。

「まさか陸人も俺のこと…」

「うーん、夜勤明けにベタベタされるとたまに邪魔って思う」

気をつけよう…。
思い当たる節がいくつかあった。朝、陸人が帰ってきて寝ようとしてるときにセックスのお誘いをすると少し機嫌が悪くなる。それでも強行突破で前戯を始めてしまえば、流されてくれるのであまり気にしてなかった。
「冗談だよ」って言いながら箸を動かす陸人だが、本当に冗談なのか分からない。多分これは本音だ。

ご飯を食べ終わり、食器を洗って歯も磨いて、明日の仕事の準備が終わった頃にはもう11時になっていた。昼間寝すぎてしまったため、相変わらず眠くない。一方陸人は既にベッドの上でくつろいでいた。

「あき、寝ないの?」

「さっきまで寝てたしまだ眠くないかな」

「…じゃあ一緒に横になって」

横になってたらそのうち眠くなるか。そう思い、俺も陸人と一緒に布団に入った。自分より一回り小さくて細い体を抱きしめる。今度抱き枕を買うときは、このぐらいのサイズにしよう。そんなことを考えながら目を閉じた。

しばらくすると、陸人が俺の首にキスをしてきた。
これはキスマーク付けられてるな…。
誘われてると解釈していいのだろうか?でも仕事帰りで疲れてるだろうし、さっきの食事での会話が引っかかる。

「陸人、明日仕事は?」

「…夜勤だから午前中は何も無い」

よし、これはオッケーってことだろ。これで怒られたって俺は悪くない。そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと形のいい陸人の唇にキスをした。一回離して陸人の様子を見ると、頬を染めて視線は下に向けられている。俺はそれを確認した後、陸人の両手首を掴んでベッドに縫い付けた。

「いいよ、来て…」

見下ろす形で陸人の顔を見ると、彼は上目遣いでそう言った。こうなればもう後には引けない。


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