共同生活の悩み
(啓介と福田の日常)


「...ふっ......はぁっ...」


中学2年生思春期真っ盛りの啓介は相部屋にて、1人で自慰行為に勤しんでいた。
中学生男子の性欲はサル並だとよく巷で言われるが、啓介も健全な中学生男子である。彼も例に漏れず、性に対する欲求に貪欲な時期なのだ。

世間では、よく母親に見つかってしまい絶望する男子学生が大量発生しているようだが、どうやらここでも同じ現象が起きるとか、起きないとか...。


ガチャッ


「たっだいまー」


ガタッガタガタッ...ドスンッ!


「...ん?なんかものすごい音したけど」


辺りに人がいる気配はない。何か物が落ちたのだろうか。しかし部屋に変わった様子はない。嫌な予感が福田を襲ってきた。


「ど、泥棒か...?」


雅人さんに言いに行くべきか...。
いやでも、まだ確証があるわけではない。そもそもこんなところに盗みに来る奴がいるのか?だとしたらとんだ外道だ!

変なところでキモが座っている福田は、そこまで考えると意を決して部屋に入った。

福田は恐る恐る足音を立てないように、音が聞こえた二段ベッドの方まで歩み寄った。


「...なにやってんのお前」

「...っ!...な、なにもしてない!」

「そんな状態でそれはないだろ」


福田が見たものは、ベッドと壁の間に挟まった啓介の姿だった。さっきの「ドスンッ!」という音は、啓介が隙間に落ちた音だったらしい。
不幸中の幸いか、挟まってるおかげで福田からは啓介の下半身が見えない。

見兼ねた福田は、啓介を引き上げようと手を差し伸べた。


「ほら。1人じゃ出られないんだろ?」

「い、いい!俺は大丈夫だから唯斗トイレ行ってこいよ!帰ってきたらいつも真っ先にトイレ行くだろ!」

「いや、まぁトイレは行くけど優先順位ってものがあるだろ...」

「お、俺なんかのことより結斗の膀胱の方が心配だ!トイレ行きたいだろ!?」

「俺の膀胱がそんなやわに見えるか」


「なにおかしなこと言ってんだこいつ」と啓介を怪訝な顔で見る福田。
それもそうだ。挟まって動けない人間に、急に自分の膀胱の心配をされれば、誰でも「は?」と言うだろう。


「お前、なんか隠してるだろ」

「...っ」


言葉に詰まる啓介。彼は今、下半身丸出しでベッドと壁の間に挟まっているという、なんともマヌケな姿だ。こんな姿、親しい人にも見られたくないと思うのは正常な感覚だ。

どうせなら、変に隠れたりせず「なんで勝手に部屋入ってくるんだよ!」とか言って笑い話にする方が幾分かマシだったと啓介は思った。
他人からしてみれば、今でも十分笑い話なのだが。


「よいしょ!」

「...え?ちょ、ちょ、わあああ!」


啓介が気を抜いた瞬間に、福田が啓介の手を掴み勢いよく引き上げた。隙間から出てきた啓介は、抵抗も虚しくベッドの上に這い上がった。
もちろん下半身丸出しで。


「...え?」

「...」


しばらくの間沈黙が続いた。
啓介は頭をフル回転させて言い訳を考え、福田は状況の把握に集中した。
そして、耳が痛いほどの静寂を破ったのは福田の方だった。


「あー...。そういうことか...。なんか...ごめんな?」


恥ずかしさのあまり手で股間を隠しながら、真っ赤な顔でプルプル震える啓介がさすがにかわいそうだと思ったのか、福田は言葉を選びながら声をかけた。


「その...まぁ俺も男だし気持ちは分かる。む、むしろ...見られた相手が俺で良かったっていうか...ブフッ」

「...っ!笑ってんじゃねぇ!」


年上として、ここは気の利く言葉をかけてやろうと思った福田だったが、きっと気が動転してこんなマヌケな行動をとったのであろう、この血の繋がってない弟がおかしくて、愛おしくて、ついつい堪えてた笑いがこみ上げてきた。


「ご、ごめん...よく考えたらめちゃくちゃ笑えるなこの状況...。だ、だって...!下半身全裸でベッドと壁の間に挟まって隠れるって...あははははっ!」


今度こそ怒った啓介は、福田の顔面めがけて枕を投げつけた。見事にそれを顔面で受け止めた福田は、鼻を抑えながらこう続けた。


「まぁ相部屋だもんな。仕方ないっちゃ仕方ないよ。俺なんか女性職員に見つかったことあるからな。そう気を落とすなって」

「うわ...それ最悪だな。さすが鈍臭結斗」


若干引き気味の目で福田を見た啓介たが、そんな彼も他人から見れば十分引かれるであろう状況にあることを忘れてはならない。


「...で、途中なんだろ?続きをどうぞ」


そう言って福田はベッドの上に胡座をかいて座り直した。どうやら見届けようとしているが、これは福田なりの気まづい雰囲気を変えるためのジョークらしい。


「アホか!絶対面白がってるだろ!もう萎えたわ!」


福田は内心「うん、めっちゃ面白い」と思ったが、これ以上は啓介がかわいそうだと思い、声には出さなかった。


「もう出てけ!」

「はいはい」


啓介に背中を蹴られながらドアの方まで追いやられた福田は、ニヤニヤした顔を隠しもせずに、軽い返事をして部屋をあとにした。


「くそっ!せめてドアに鍵が欲しい...」


啓介は、こんなとき1人部屋がある他の家庭の子が羨ましいと強く思うと同時に、見られた相手が福田で良かったと心のどこかで思うのだった。



目次