豆乳飲料 (深瀬×福田) 朝教室に入ると、前の席で深瀬が死んでいた。 いや本当に死んでいるとかそんな物騒な話ではなく、ただ力尽きているだけだ。 「立て...!立つんだジョー!!」 「うっさい、黙れ福田」 なんだ、全然元気じゃないか。俺としてはもうちょっと弱ってる深瀬が見てみたいところだ。 「朝練そんなに大変なの?」 「練習そのものはそこまで大変じゃないんだけど、この時期の朝練は蒸し暑いし、防具臭いし...」 今は7月だ。深瀬がそう言うのも無理ないだろう。「大変だな」と他人ごとのように流していたら、深瀬の剣道で鍛えられた腕による手刀が俺の肩を攻撃してきた。 「痛い痛い!それ地味に痛いからやめて!」 「もっと俺を労われ」 なんていう俺様発言だ。労ってほしい人は他人に手刀しないだろ。むしろ俺の肩を労わって欲しい。 「はいはい、深瀬君は何がお望みなのかな〜?」 「キッ○ーマンの豆乳飲料買ってこい」 ただパシリにしたいだけかよ!手の込んだ芝居しやがって。というかお前めちゃくちゃ豆乳飲料飲むよな。昨日は確か...コーヒー味だった。 「どんだけ豆乳飲料好きなんだよ」 「福田ぐらい」 「...それは、あまり好きじゃないってこと?それとも好きってこと?どっちだ...」 「さぁね。福田が自分のこと好かれてるって思うなら好きだし、その逆もまた然り」 俺、深瀬に好かれてる自信ないんだけど...。こいつめっちゃ俺のこと蔑むし。 てことは、豆乳飲料も然程好きではないということか?いやでも毎日飲んでるし...。 「教えてくれないの?」 その質問に深瀬が答えてくれることはなかった。 「俺が1番好きな豆乳飲料の味はなんだと思う?当てることができたら、この夏期間限定のスイカ味シュークリームをあげるよ」 スイカ味のシュークリームだと?果たしてそれは美味しいのか疑問に思うが、正直食べてみたい。よしこの勝負、受けてたとう! とりあえず、深瀬が今まで何の種類をよく飲んでいたか考えることにした。 ...だめだっ!こいつ毎日違う種類の豆乳飲料飲んでる気がする...。そもそもあの飲み物自体、種類が多すぎるんだよな。素晴らしいことだけど。 「ぐぬぬ...。」 「はやく答えて。ごー、よーん、さーん...」 「え!じゃ、じゃあ...バナナ味...?」 「ぶっぶー。不正解です」 とっさに答えてみたが、やはり外れた。スイカ味のシュークリームは貰えないが、不思議と悔しさは無い。だって...不味そうだもん。ゴホン!ゴホン! 「バナナ味か...まぁ福田にしてはいい線いってるかな」 そう言うと深瀬は急に俺のネクタイを掴み、顔を寄せてきた。 「ちょっ...なに...?」 不正解だったことがそんなに不愉快だったのだろうか。しかし俺はエスパーじゃないから、深瀬が思ってること全てを理解するなんて無理な話だ。 「俺が1番好きな味は...」 「う、うん...」 至近距離で話し始めた深瀬は、そこまで言うと俺の耳元まで内緒話でもするかのように移動してきた。そして声のトーンを低くして囁く。 「特濃」 何の話だ?あ、好きな味か。 深瀬の一連の行動によって俺の頭は混乱していた。 「結斗も好きだろ、濃いやつ...。白くてドロドロしてて...」 「っ...」 「ほら、好きって言えよ」 「な、なんでっ...俺はべつに...」 その声は反則だろぉ!なんの嫌がらせだ!耳が孕むとはまさにこのことか。というか何で急に名前呼び...。 そんなことを考えてる間も深瀬は俺の耳元で「ほら」と低音ボイスで促してくる。くそ!これは言わないと終わらないやつだ...。こういう時の深瀬はしつこい。この半年間一緒にいて分かった深瀬の性格の1つだ。こうなったらさっさと言って早く逃げよう。 「お、俺も...濃いやつが...すき」 なんなんだよもう!深瀬が言うと...なんか...恥ずかしい話してる気分になる...。 「福田、顔真っ赤だけど大丈夫?」 「お前のせいだろ!」 「え?俺は好きな豆乳飲料の話してるだけだよ?やだなぁ福田ったら、やらしいこと考えてたの?」 「もう付き合ってられるか!昼飯買ってくる」 「図星だ」 ニヤニヤ笑ってる深瀬を置いて、俺は昼飯を買いに行った。 なんか腑に落ちないな...。そもそも特濃なんて味あるのか? あっ普通にあった。 教室に戻ると、深瀬は朝練で相当疲れていたのか、頬杖をつきながらうとうとしていた。 「はい、これ」 それを深瀬に渡すと、俺がそれを買ってくるとは思っていなかったらしく、一瞬目を丸くして驚いたような顔をした。その後深瀬は、その美しい顔には似合わない子供のような無邪気な笑顔を見せた。 深瀬の手には、さっきもらった特濃味の豆乳飲料が握りしめられている。そしてそのまま彼はこう言った。 「俺は豆乳飲料大好きだよ」 その言葉が表す意味を福田は気づかなかった。 目次 |