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普段ここで勉学に励んでいるとは思えないほど装飾された校内。中庭から聞こえる軽快な音楽とアナウンス。そしてこの人、人、人。

──文化祭当日である。


「えー…輪投げは1人5回まで投げられます。高校生は黄色いラインからです」


このセリフ、今ので何回目だろうか。

深瀬との約束以外予定がなく、呼び込みで人も集められない俺はこうして店番をずっとやらされている。そしてめちゃくちゃ忙しい。なぜなら深瀬が人を集めに集めているからだ。そんな本領発揮しなくていいのに。店番のことも考えて欲しい。
今頃看板を持ちながら廊下で揉みくちゃにされているであろう友人の顔を思い浮かべた。


「あの、深瀬君いますか…?浴衣着てるって聞いたんですけど…」

「今呼び込みしてるんで、ここには居ないですよ」


そして、このセリフもまた何回目だろうか。深瀬が教室にいないことを伝えると、落胆した表情で帰っていく女の子たち。酷いときは「時間の無駄だった〜」とか言われる有様だ。
すみませんね、平凡な男が店番で。


「愚兄!」


心の中で僻んだことをぼやいていると、廊下から聞き覚えのある声がした。その呼び方をする奴はあいつしかいない。教室の出入り口を見れば、啓介と春香がこちらに手を振っていた。
あまり話しかけるなとは言ったものの、やはり会えたら会えたで嬉しいような、小っ恥ずかしいような。


「結斗兄ちゃん、はいこれ。差し入れのたこ焼き。さっき中庭で買ってきた」

「おお!ありがとう」


時計の針はちょうど真上を向いている。客足が減ってきた今、お昼休憩を取るなら今が頃合いだろう。
俺は有難くたこ焼きを受け取った。


***


「え、なにずっと店番やってんの?それ絶対いいように使われてるよ」


ムッとした顔で春香が言った。彼女はリーダーシップがあり、仲間意識が強い男前な女の子なのだ。どうやら俺が女子たちの言いなりになっていることが気に入らないらしい。


「でも、ちゃんとシフト入ってない時間もあるから大丈夫」


実は文化祭実行委員の子に、2時からだけはフリーにして欲しいと頼んでいたのだ。
しかし俺の希望は通ったものの、まさか2時まで店番を任されることになるとは思いもしなかった。


「…まぁ、結斗兄ちゃんは2時からお楽しみだもんねぇ?」

「う、うるさい!三原則思い出せ!立ち話はここまでだ」

「はいはい」


調子に乗りはじめた春香と啓介を教室の外へ追いやり、ようやく1人になったところで貰ったたこ焼きを食べはじめた。屋台のものほど美味くはないけど親近感のある味だ。

深瀬はちゃんと約束の時間に来てくれるのだろうか。

舌でタコを転がしながら考える。

彼とは朝に挨拶したきりで、それから一度も会っていない。その時の「おはよう」が普通すぎて本当に約束を覚えてくれているのか心配になった。
杞憂に過ぎないことは分かっているのだけど、手持ち無沙汰に携帯の画面を開く。
いまだに彼しか登録されていない友達リスト。トーク履歴は俺が最後に送ったメッセージで終わっている。彼はメールを面倒くさがる傾向にあり、既読無視なんて日常茶飯事なのだ。


『楽しみ』


たったの三文字。文章というにはあまりにも短すぎる一言を送った。何がとはあえて言わない。特に返信を期待しているわけでもない。ただの独り言に近かった。

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