6-3 不意に深瀬の腕が腰に回された。別に良いんだけど……どうしても意識してしまう。やっぱりやめてほしい。俺今汗かいてるし。あまり近寄られたくない。 「深瀬、ちょっと漕ぎにくいから離れて…」 「んー」 「ねぇ、聞こえてる!?」 「んー」 さっきから同じ返事を繰り返すだけで全然離れようとしない。本当に聞こえているのだろうか。てきとうに聞き流しているだけではないか。 「今年、30年ぶりの記録的猛暑らしいよ」 「んー」 「…今何食べたい?」 「んー」 「……俺のこと好き?」 「きらい」 思いっきり聞こえてるじゃないか。このまま騙されてくれると思ったのに奴は抜かりない。せめて友達としてでもいいから「うん」と言って欲しかった。 俺の気分は右肩下がりに急降下しているっていうのに、なぜか深瀬はご機嫌だ。後ろから妙にレベルの高い鼻歌が聞こえた。 *** 「得したね」 「お前はもっとそのルックスで産んでくださったご両親に感謝するべきだと思う」 事の経緯は駄菓子屋のおばさんが「あんた男前だからまけてあげるよ」と言ったことに始まる。 俺は一度、イケメンにはイケメンなりの苦労があると言ったことあるが、それでもやはりイケメンは得する方が圧倒的に多いわけだ。 「アイス食べたい」 きた道を同じように辿る帰り道。またしても自転車の後ろに跨った深瀬が俺の肩に顎を置きながら呟いた。 「財布、学校に置いてきたじゃん」 自転車を漕ぎながら言うと、後ろの深瀬は耳元でふっと軽く笑い、俺のズボンに手を伸ばした。 「これがある」 そう言って彼が取り出したものは、さっきまで俺のポケットに入っていた文化祭の資金。つまり茶封筒だ。 「いや、流石にそれはまずいんじゃない…?」 「買うものはちゃんと買ったんだし、大丈夫だろ」 「えー…、でも…」 駄菓子屋のおばさんがまけてくれたため、確かに資金は予定よりも余っている。しかし、それを自分たちのものにしていいのだろうか。よく分からないが、こういうの『横領』って言うんじゃないの。 俺が唸りながら葛藤していると、突然耳に柔らかい何かが当たった。温かい吐息がかかり、すぐに深瀬の唇だと分かる。 「要領良く生きなきゃ」 それは悪魔の囁きだった。 *** 「血迷った…」 「これで無事に福田も共犯者ってわけだ」 閑散とした小さな公園の中、シャリっと小気味の良い音が響いた。アイスが砕ける音だ。 最近の子供は公園で遊ばないのだろうか。ポツンと寂しそうに佇む遊具に哀愁を感じる。 俺の隣に座っている友人は、ソーダ味の棒アイスをなんの躊躇もなく美味しそうに食べはじめた。対して俺は、一口サイズの丸いアイスが入ったパッケージをじっと見つめる。 やはり、罪悪感は拭えない。 「食べないの?溶けちゃうよ」 俺はお前と違って思い切りの良い男じゃないんだよ。半ば自暴自棄になってアイスを口に放り込んだ。一口サイズのアイスは食べやすくてちょうどいい。それが気に入り、俺はよくこれを買うのだ。 「本当の友達は、過ちを正してくれる人じゃなくて、一緒に過ちを犯して反省してくれる人だって、ばあちゃんが言ってた」 深瀬が棒アイスに視線を向けたまま言った。溶けて滴る雫が地面に染みを作る。 その言葉はあまりにも都合が良すぎるものだった。けれども、まだ責任も負えない16歳の俺たちにはぴったりでもあった。きっと、大人になったらこうもいかないのだろう。そう考えたら、この時期の友人は一生ものだなと、改めて感じた。 「じゃあ、反省しないとダメじゃん」 「そうだね」 深瀬がふふっと小さく笑う。 彼のことは相変わらず好きだけど、やっぱり友達として大切にしたい。ここに恋愛が混ざったら何かが変わってしまうような気がした。 55 目次しおりを挟む |