6-2

「福田、今暇?」


とうとうぼっちになってしまった俺が1人で憂鬱な気分に浸っていると、なにやらいろんな書類を持った成瀬に話しかけられた。


「暇、超暇。むしろぼっちを隠すために何か仕事が欲しいくらい」

「ちょうど良かった。買い出しを手伝って欲しいんだけど」

「任せろ!というか、逆に今まで何もやってなくて申し訳ないというか…」

「いや、役割分担の指示出してない方も悪いよ。なんせ文化祭実行委員があんな感じだから…」


成瀬は苦笑いを浮かべながら教壇の方へ目を向ける。そこには、浴衣姿の深瀬を囲むようにして女の子たちが集まっていた。カメラのシャッター音が鳴り止まない。まるで記者に囲まれた芸能人のようだ。
あぁ、なるほど。
どうやらあの集団の中にクラスをまとめなければならない文化祭実行委員がいるらしい。
深瀬に同情の念を抱きながら再び成瀬の方を向き直す。


「買い出しって、何買えば良いの?」

「景品の駄菓子を買ってきて欲しいんだ。予算内で収まれば何でもいいよ。あ、領収書よろしくね」

そう言って渡された茶封筒には五千円札が一枚だけ入っていた。こんな大役を俺1人に任せていいのか疑問だが、仕事を貰った以上ソツなくこなしたい。俄然やる気が出てきた俺は茶封筒を鞄にしまい、さっそく駄菓子屋へ赴くのだった。


***


「…で、なんでお前がいるの」

「福ちゃん、南を甲子園へ連れてって!」

「お前は南ちゃんじゃなくて深瀬君だし、これから向かう場所は甲子園じゃなくて駄菓子屋だ」

「いいから早く漕げよ」

「豹変しすぎだろ!」


事の発端を説明しよう。
歩いて行くよりも自転車で行く方が早いと判断した俺は、無事に羽柴から自転車を借りることに成功した。そして、「さぁ!出発だ!」と意気揚々にペダルを踏み込んだ瞬間、南ちゃんならぬ深瀬君が後ろの荷台に飛び乗ってきたのである。


「深瀬、ファッションショーはどうしたんだ」

「逃げ出してきた」


いつも爽やかイケメンフェイスの深瀬が珍しくやつれた顔をしている。そんな顔されたら教室に戻れなんて言えない。俺が押し返す理由も無い。むしろ好都合だった。

だけど──


「俺が漕ぐ方なの…?」

「当たり前じゃん」

「当たり前なんだ」


付いてくるのは勝手だが、深瀬が自転車の後ろに乗ることによって俺の労力が増えるとなると、話は変わってくる。帰宅部の筋力の無さを舐めないで頂きたい。100m走っただけで筋肉痛コースだぞ。絶対俺が漕ぐより深瀬が漕いだ方が早いと思うんだけど。


「うあ"…思い"ぃ……」

「がんばれ」


案の定、太腿が悲鳴をあげた。ハンドルが取られて全然真っ直ぐに進めない。
やばい。まじでやばい。俺はこんなにも必死の形相で踏ん張っているというのに、後ろの深瀬は笑いながら「がんばれ」と声をかけるだけだ。
頑張っている人に「頑張れ」と言う時ほど酷なことは無いと、俺は彼に教えてやりたい。


「もう少しスピード出せば楽になるって。ほら」

「うわ!……あ、ほんとだ」


いつまで経ってもなかなか進まない俺を見兼ねたのか、深瀬が地面を蹴り上げた。その勢いで自転車は速度を増す。深瀬が言った通り、スピードに乗ってしまえば意外と楽だった。

頭上から降り注ぐ木漏れ日の中を彼と一緒に自転車で走り抜ける。向かい風が火照った体を冷やすようで気持ちいい。止まっていると感じる夏のうだるような暑さも、今となっては関係無かった。


「気持ちいいねー!」


後ろに乗ってる深瀬にも聞こえるよう、わざと大きな声で話しかけた。「んー」と、気だるげな返事が返ってくる。この掴み所のない会話が楽しくて、嬉しくて、尊くて、俺はきっとこの景色を一生忘れない。

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