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俺の夏休みニート計画は呆気なく散った。


「なんで夏休みなのに登校しなきゃいけないの…」

「福田はどうせ暇なんだから良いじゃん。俺は部活休んでまで来させられてる」


じりじりと照りつける8月の暑さ。教室の窓からはいかにも夏らしく澄み渡った青空と、真っ白な入道雲が見える。

俺たちは夏休みにも関わらず、文化祭の準備に参加させられていた。

文化祭は楽しみだが、それまでの準備が面倒くさい。そう思うぐらいに俺は人並みの不真面目さを兼ね備えた男だ。深瀬に至っては、うちわで仰ぎながら椅子にだらしなく座っている。女の子たちに「ちょっと男子〜」と言われるのも時間の問題だ。


「俺たちのクラスって何やるんだっけ?」

「縁日。…って、お前それさえも把握してないのか」


深瀬はスクールカーストの最上位に君臨なさっているくせに、意外と学校行事には消極的だったりする。こういうイベントで必ずと言っていいほど目立ってしまう彼は、どうやらそれが嫌らしい。俺からしたらただの嫌味にしか聞こえないのだが、体育祭での前例を見る限り、彼にしか分からない苦労があるのだろう。

噂をすれば、さっそくそれを証明するかのような出来事が起こった。


「ね〜優太、呼び込みの係やってよ」

「そうだよ〜!優太ならたくさん人集められるし適職じゃん!」

「えー、めんどくさい…」


先程まで教室の隅で立ち話をしていた女の子たちが深瀬に提案を持ちかけた。隣には俺もいるっていうのに、彼女たちの目には深瀬しか映っていない。
どうせ俺のことなんて、深瀬にいつも付きまとっている金魚の糞ぐらいにしか思っていないのだろう。
やめよ、自分で言っておきながら虚しくなってきた。


「俺、楽な仕事がいいんだけど…」

「呼び込み楽だよ!看板持って歩くだけでいいからさ!」

「人混み歩くの疲れるじゃん」

「そんなこと言わずにさぁ〜」

「えー…。福田はどう思う?」

「え、お、おれ…?」

「福田君も優太は呼び込みの係が良いと思うよね?」

「え、えっと…」


まさか自分に話を振ってくるとは思わなかった。なにも答えを用意していなかった俺はどぎまぎして言葉に詰まる。
周囲から一斉に注目を浴び、このまま逃げだしたい気分になった。


「深瀬がやりたいやつやれば良いんじゃない…?」


率直に思ったことを口にしてみたのだが、やはり失敗したかもしれない。さっきまで賑やかだった雰囲気が一変した。この場を一言で表すならば、「しらける」という言葉が1番適切だろうか。
俺は居心地の悪さに身を縮こませた。


「やっぱり呼び込みやる」

「え…。」


重苦しい空気を遮るように深瀬が言った。


「本当に!?ありがとう!これで客もたくさん集まる!」


なんだ、結局やるのかよ。俺が身を挺してまで逃げ道を作ってあげた意味なかったじゃん。最初は渋ってたくせに。
すんなり呼び込みの係を受け入れてしまった深瀬に歯痒さを感じた。


「じゃあ、衣装の採寸するから優太こっち来て」

「え、衣装とかあんの?」

「縁日と言えば浴衣でしょ!絶対似合うと思うんだよね」


女の子たちはキャッキャッしながら楽しそうに深瀬の手を引っ張る。
なんだかなぁ。
深瀬がやるって言うならそれで良いし、もうこの問題は解決しているはずなんだけど、どこか腑に落ちないのは俺だけだろうか。

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