5-14

深瀬のことだから、クラスメイトどころか赤の他人とか言いそうだ。それか下僕とか。
俺は彼が次に言いそうな言葉をなんとなく予想した。


「じゃあ、どう思ってるの?」

「友達とか、友人とか、そんな陳腐な言葉では言い表せられないかな」


だが、俺の予想はどれも外れていた。
彼が放った言葉は俺の予想していたものよりずっと複雑で、いろんな思いが込められている。
良い意味にも悪い意味にも捉えられるその言葉は、彼のどんな気持ちを表しているのだろうか。


「福田は俺のことどう思ってるの?」


深瀬が俺に同じことを聞き返した。
そんなの決まってるじゃないか。
ここだけは…、せめてここだけは、自分が思っていることをありのままに伝えたい。
俺はひと呼吸置いてからゆっくり言葉を紡いだ。


「俺は、深瀬のこと、ずっと一緒にいて欲しい存在だと…思って…る」


そうでないとここまで必死になったりしない。下校時間を過ぎてても、わざわざ走ってまで会いに行ったりしない。

最後の方は恥ずかしさのあまりほとんど小声だった。しかし、2人しかいない体育館では十分なくらいよく響く。

顔から火が出そうだ。今の俺は茹でダコのように真っ赤になっているだろう。
それは俺が彼に特別な感情を抱いているからであり、彼は俺の心情など知る由もない。

どうせ必死になっているのは俺だけだ。深瀬はいつものように余裕な顔をしているんだろうな、とか思いながら彼の顔を盗み見する。


しかしそこには、耳を紅くさせながら俯き加減に視線を逸らす彼がいた。


なんでだよ…。なんでお前が照れてるんだよ…。
予想外なその反応を見て、俺は更に顔を赤くさせた。


「福田、こっち来て」


床の上で座っていた深瀬に手招きをされる。
彼に呼ばれると断れないことぐらい自分でも分かっているのだ。
俺は素直に深瀬が座っている場所の隣で腰を下ろした。


「うわっ、苦しい……」


床に手を着いた瞬間、勢いよく抱きつかれた。
相変わらずの腕力だ。肋骨がミシミシ言いそうで怖い。
圧迫感に苦しさを覚えながらも、なんとか深瀬の背中に腕を回す。
彼の規則正しい心音を感じられ、その音でさえも愛おしいと思った。


「これじゃあ嫌がらせにならない…」

「嫌がらせ?」

「剣道の防具、臭いから嗅がせてやろうと思ったのに」


袴姿の深瀬は恐らく練習が終わった直後で、まだ制汗剤もなにも付けていないのだろう。
どうやら匂いで嫌がらせをするために、俺に抱きついてきたらしい。
しかし俺が思いのほか嫌がらなかったため、こうして彼は不満を漏らしたのだ。

そもそも、それが俺にとって嫌がらせになると思っている時点で間違っている。


「隙ありっ!」

「なに…?」


俺は深瀬の足を跨いで彼の首元に顔を埋めた。そしてそのまま肺いっぱいに匂いを嗅ぐ。
石鹸の香りでも柔軟剤の香りでもない。
彼本人の優しくて甘い体臭と、僅かに混じる官能的な汗の匂いが鼻腔をくすぐった。
柔軟剤や制汗剤も良いけど、俺は彼のこの落ち着く匂いの方が好きだったりする。


「…お前、なんなの?」

「仕返し」


人に匂いを嗅がれるなんて、あまり良い気はしないだろう。最初は嫌な顔をしていた深瀬だったが、一向に離れようとしない俺に諦めをついたのか、途中からは大人しく匂いを嗅がれていた。

俺は「はぁ…」と、艶っぽい吐息を吐き、再び顔を埋める。夢中になって彼が着ている袴を少しはだけさせた。


「変態」

「……んっ!…ふっ…」


深瀬は俺の肩を掴んで強引に引き剥がし、そのまま荒々しいキスをした。すぐにちゅっとリップ音を立てて離れされる。
生々しい音に耳を塞ぎたくなった。
そして彼は悪い笑みを浮かべながら「仕返しの仕返し」と言い、再び噛むようなキスをするのだ。

だから、それは仕返しになってないって。

俺は応えるように彼の首に腕を回す。息継ぎができなくて苦しいのに、その苦しみにさえ興奮を覚えた。


友達という関係を大切にしたい。
頭ではそう思っているのに、道理で欲情を抑えるのは難しい。

理性と本能の狭間で、遠くに悲哀を感じていた。

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