5-13 既に部活動が終わる時間を過ぎていた。 すれ違いになることだけは避けたい。 俺は全力疾走で息を切らしながら体育館へ向かった。 「あれ、この前の…」 「あ、あのっ、深瀬がどこにいるか知りませんか?」 「優太はまだ中にいると思うけど…」 ちょうど体育館から出てきた剣道部の部員と鉢合わせた。彼らは以前、気を利かせて先に帰ってくれた人達だ。相変わらずの優しさに「ありがとう」と言いいながら館内に足を踏み入れる。 そこには、1人で正座をしながら防具を畳む深瀬の姿があった。 「深瀬…」 まだ袴姿の彼に後ろから声をかける。 せわしなく動いていた手が一瞬止まり、再び作業を始めた。 往生際の悪い俺に愛想を尽かしたのだろうか。目を合わせてくれない。 「福田、俺言ったよね?別に怒ってないって。いい加減しつこい」 「今日は謝りに来たわけじゃない…」 やっと深瀬がこちらを向いた。 既に防具は綺麗に畳まれ、小さく1つにまとまっている。 「お前は友達多いし、俺のことなんてクラスメイトのうちの1人ぐらいにしか思っていないかもしれないけど、俺にとってお前はそうじゃないから…。深瀬に避けられると……寂しい。」 「…他に友達つくればいいだろ」 「簡単に言うなよ。それに、お前に変わる奴なんていないし…。と、とにかく!俺はお前のことを邪魔だなんて一度も思ったことない」 「邪魔だから帰れって言ったんじゃないの?」 この問題の本質はここにある。 俺が深瀬に本当のことを言えば、結果が良くも悪くも全てが解決する。そんなことは最初から分かっていたのだ。 俺は今度こそ失敗しないように、慎重に言葉を選んだ。 「俺がお前に帰れって言った理由は、宮永さんと2人きりになりたかったからじゃなくて、お前に俺の家を知られたくなかったから。…ただそれだけ」 深瀬は俺の目をじっと見つめながら静かに耳を傾けていてくれた。そして俺の意味を含んだような言葉を聞き、眉を寄せる。 袴を着た青年が凛々しい顔をすると、こうも絵になるのか、なんて場違いなことを考えた。 「実は極道の息子だったとか?それともダンボールの家?」 「ふっ、なんだそれ」 全く見当違いな予想に思わず吹き出した。 この平凡な容姿で「実は極道の息子です」なんて言ってたら、それはそれで面白い。 「違うの?」 「どうだろ」 他人の家庭事情をズカズカと聞いてくる人はそういない。深瀬も同じで、俺が笑いながら曖昧に答える姿を見て、それ以上聞いてくることはなかった。 やはり、避けられるかもしれないと考えると怖い。 大切な人に隠し事は良くないと思うのだが、大切な人だからこそ言いにくいことはあると思う。あまり知らない人には言えるけど、見知った人物には言えない、みたいな。 その証拠に、ネット上ではそれを利用した匿名性の質問サイトなどがたくさんあるのだ。 そんなことを考えてみるのだが、これは自分を正当化するための理由に過ぎない。 自分の行動が間違っていることに気付かないふりをしながら、「とにかく」と、話を続けた。 「とにかく、宮永さんと2人きりになりたかったわけじゃない。…あと、宮永さんのことも好きじゃない。もちろん友達としては好きだけど、それ以上でもそれ以下でもないんだ」 自分が誰のことを好きなのか分かった今、今度こそ宮永さんのことは好きじゃないと、はっきり言うことができた。 深瀬はポカンと口を開ける。 イケメンのアホ顔はやはりイケメンのままだった。 しかしそのアホ顔はすぐに払拭され、なにかを考えるような真剣な面持ちに変わる。 「…じゃあ、誰」 「ん?」 「好きな人誰」 「…………いない」 「深瀬です」なんて、口が裂けても言えなかった。 俺は彼の自称友達であり、男である。 そんな俺から想われているなんて、彼にとっては迷惑でしかない。俺が女だったら、友達という特権も使えるだろうに。 なんで深瀬のことを好きになってしまったのだろうと、改めて後悔した。 それに、もし自分の気持ちを伝えてしまったら、それこそもう友達には戻れない気がした。 だってそうじゃないか。仮に友達のままでいてくれたとしても、少なからず気まずさは残る。果たしてそれは友達と言えるのだろうか。 もちろんこの時、付き合うという現実味を帯びない考えは無かった。 「お前、謎ばっかじゃん」 「謎が多い人は魅力的って言うだろ?」 「いや、福田の場合ただの怪しい人だから」 「…なんとでも言ってくれ」 後ろめたい気持ちがあったからか、いつものように反論する気にはなれない。 ただ、俺がよく知る小生意気な深瀬が見れたことに、少しだけ安心した。 「俺は福田のこと、ただのクラスメイトのうちの1人だなんて思ってないよ」 突然、俺が序盤に言った言葉を訂正するかのように深瀬が口を開いた。 50 目次しおりを挟む |