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あれから深瀬との関係に進展はない。
「こういうのは早めに解決した方が良い」と、豪語していたくせにこの有様だ。

第一に、彼はこれで良いと思っているのだ。相手に話し合う気が無く、それどころか問題視さえしていないのであれば解決も何も無い。
そんなの、どうしようもないじゃないか…。
苦い憂愁を感じながら遠くを見つめた。

不意に視界の端で宮永さんの姿を見つける。
正直、今は誰とも話したくない。
そう思うのだが、やはりあの時のお礼は言わなければならない。
俺は重い腰を上げて席を立った。


「宮永さん、この前はいろいろありがとう」

「いいよ、気にしないで。…それより福田君と深瀬君、前よりなんか…」


宮永さんが言いずらそうに視線を上げた。
彼女のことだ、俺と深瀬が最近気まずい雰囲気になってることぐらい薄々感づいているのだろう。
隠すのも馬鹿らしく思えた俺は、ありのままを話すことにした。


「うん、最近深瀬とうまくいってない…。俺が悪いんだけどね」

「あのさ、そのことなんだけど…」


宮永さんは更に言いにくそうにして上目遣いをする。そして「もしかしたらだよ…?」と、保険をかけるような言葉を並べた。


「深瀬君は、福田君が私のことを好きだと思ってるんじゃないかな…?だから…」


彼女の頬がじんわりと朱に染まる。
宮永さんは途中で話すことをやめ、その先を言わなかった。
だから何だと言うのだ。

結局彼女が何を言いたかったのかは分からない。
しかし、彼女の予想は恐らく当たっている。
空き教室での出来事や、俺が宮永さんと2人きりになりたいから深瀬を帰した、という彼の言葉がそれを裏付けているのだ。
だから彼は、俺と宮永さんの邪魔をしたくないと言って距離を置き始めた。

じゃあ彼と元の関係に戻るためには、俺が宮永さんのことを嫌いと言って、彼女に近づかなければいいのか?
なんか、それは違う気がする。
そもそも俺は宮永さんのことが好きなのか?
それさえも分からないのだ。


「俺には、友達や家族に対する『好き』と、恋愛における『好き』の違いが分からない…」


今までずっと思っていたことがポロリと口から漏れた。
今のは失言だったかもしれない。
その証拠に宮永さんはアタフタと慌て始めている。


「ごめん、私、そんなつもりじゃ…」

「いや、違うんだ。家族がいないから分からないんじゃなくて…それも少しあるかもしれないけど…ほら、俺は特にそういうの疎いから」


家族がいなくても分かる人は分かる。
これは本当に俺個人の性格の問題なのだ。
宮永さんに変な誤解をさせてしまい、申し訳ないと思う。


「…でもね、多分…恋愛の『好き』は、友愛ほど綺麗なものじゃないよ」

「え?」


シーンとした空気の中で、落ち着きを取り戻し始めた宮永さんはボソッと呟いた。
彼女の発言にしては毒があるような言い方で、思わず反応に遅れる。


「嫉妬とか憎悪とか自己嫌悪とか、醜くて薄汚い感情も全部含めて『恋愛』って言うと思うの。それに比べて『友愛』は青くて綺麗」


「友達は大切にしなきゃね」と、微笑みながら彼女は言う。
最後の言葉は俺に言い聞かせるかのようだった。
それは、宮永さんは俺と深瀬が友達だと思っているから。俺もそう思っていた。

でも、彼女の言葉で気付いてしまったんだ。

嫉妬、憎悪、自己嫌悪。
どれも見覚えのあるものばかり。
そうか…そうなのか…。


俺は、深瀬のことを恋愛の意味で好きなのか…。


よりによって、1番仲の良い男友達を好きになってしまった。
俺が彼に抱いていたものは、綺麗な友愛ではなく、醜い恋愛。
友達と思っていた彼に対する罪悪感と、不毛な恋をしてしまったという絶望感でいっぱいになった。

しかし、皮肉なことに、そのおかげで今ならちゃんと言葉にして彼と話せる気がした。


「宮永さんありがとう。俺、行かなきゃ」


彼女の優しい笑顔を見て思わず泣きそうになる。口がへの字に曲がるのを我慢しながら急いで教室を出た。
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