5-11

***

どれぐらいの時間、こうして校門の前で立ち続けているだろうか。
いい加減疲れてきた。
足の裏に刺すような痛みが走る。
こんなことになるなら部活が終わる時間を聞いとけば良かった。
今の彼が答えてくれるか分からないけど。

もう座っちゃおうかな…。
そう思ったとき、遠くの方で騒がしく会話をしながら近づいてくる団体を見つけた。
その真ん中を歩いている、異様に顔が整った人物は紛れもなく彼だ。
誰とでも柔軟に対応ができる彼は、どこにいても中心人物のような存在だった。もちろん部活内でもその立ち位置にいることは言うまでもない。
そもそも俺みたいな奴が人気者の彼とつるんでること自体が間違っているのではないか。
そんな気さえしてきた。


「深瀬、」

「本当に待ってたんだ」


声を振り絞って名前を呼ぶと、深瀬は横目で俺を見ながらそう言った。しかし、以前のように一緒にいる部員達に「先帰ってて」とは言ってくれないし、俺の手を掴んで引っ張ってもくれない。
俺のことなんかどうでもいいと思っているのか、すぐ目を逸らされてしまった。

そしてそのまま隣にいる部員と楽しそうに会話をしながら校門を出ていった。俺もその数メートル後ろを歩きながら校門を出る。
まるでストーカーのようだ。きっと鬱陶しい奴と思われているに違いない。

少し後ろの方から「あいつ誰?」という声が聞こえた。確かに、他人からしてみれば、名前も知らない男が背後から近づいてくるなんて不気味でしかない。
俺は居心地の悪さから下を向いて歩き続けた。


***


とうとう彼と分かれる交差点まで来てしまった。あの時俺の具合が悪くなった場所だ。ここに来ると気が沈む。思ったよりトラウマになっているのかもしれない。

結局ここに来るまで深瀬とは一言も話せなかった。このまま何もしなかったら、何のために長時間校門の前で待っていたのか分からない。
焦燥感に駆られ、思わず前を歩く深瀬の手を掴んだ。ピタリと彼の足が止まる。「なに?」とでも言いたげな、うんざりした顔で振り向いた。


「あの時は、本当にごめん…」


俺の急な謝罪に周囲がどよめく。
対して深瀬は表情を一切変えずに、相変わらずの端正な顔でこちらを見据えた。
俺は思わず怖気付く。
人形のように整い過ぎた彼の顔は、時に冷酷さえ感じさせるのだ。


「なんか邪魔になりそうだから、俺ら先に帰ってるね…」


周りにいた部員達は気を遣って先に帰り始めた。
申し訳ないと思う半分、感謝しながら再び目の前の男に視線を戻す。


「お前のせいでみんな帰っちゃったじゃん」

「ごめん…」

「さっきから謝ってばかりいるけど、別にあのことはもう怒ってないから。お前が元気ならそれでいいよ」


「それじゃ、」と言いながら深瀬は踵を返した。

彼は別に怒っていないと言った。本人がそう言うのならば、それまでなのだろう。
しかし、俺はそうじゃない。例え彼が俺の顔なんて見たくないと思っていても、ちゃんと彼と話し合って俺が納得する形で謝りたいのだ。
自己中心的な考えなのは分かっている。それでも、曖昧に終わらせたくないと思うぐらいに、俺の中で彼の存在は大きい。


「じゃあ、なんで急に俺を遠ざけるようになったんだよ…」


弱々しい声が、車の音に混ざりながら静かに響いた。既に歩き始めていた深瀬は足を止め、ゆっくり振り向く。
夕日が彼の背中を照らした。逆光で表情が分からない。


「だって俺、お前の邪魔したくないし」


深瀬ははっきりと、だけど静かな声音でそう言った。

……なんのことだ?
話の意図が全く読めない。
俺の邪魔?一体何に対する邪魔だ?


「どういうこと…?」

「福田は宮永さんと2人きりになりたかったんだろ?俺の方こそ気を利かせてやれなくてごめん」

「…え?」


予想していたものより遥か斜め上の回答が返ってきて、思わず口をポカンと開けた。
深瀬の言い分によると、俺は宮永さんと2人きりになりたいから彼を先に帰した、ということらしい。
そして彼は、自分がいると俺と宮永さんの邪魔になると思っている。

なんだそれ…。
そんなわけないじゃないか。


「深瀬、それは違う!それはお前の勘違いだ」

「じゃあなんで帰れって言ったの?」

「それは…あの…」


言葉に詰まった。
次第に俺の声は小さくなっていく。
あの時は、施設にいることがバレたくない一心で思わず「帰れ」と言ってしまった。今思えばもっと他にやり方があったのではないかと後悔している。


「なんにも言えないじゃん」

「…。」


黙り込む俺を見て深瀬は呆れたように軽く笑うと、再び帰る方向へ歩き出した。「待って」と言っても振り返ってはくれない。
もう一度彼の手を掴む勇気は無かった。

遣る瀬無い気持ちに駆られる。
日が沈み、暗くなった世界で1人、歯車が食い違ったような滞りを感じていた。

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