5-9

(深瀬視点)

1人で歩く帰り道、じんじんと音を立てて湧き上がってくるものは怒りだ。

意味が分からない。
女の宮永さんが支えるよりも、男の俺が支えた方が効率良いじゃないか。彼女の強引な提案は未だに理解できない。
いくら宮永さんのことを厄介者と思っていても、彼女と険悪な雰囲気になることは得策じゃないと思っていた。きっと福田もそれは嫌がるだろう。
だから普通に接していたのに、あんな仕打ちを受けたら流石に俺でも嫌になる。

福田も福田だ。
いくら体調が悪いからと言って、女1人に介抱を任せるなんて情けない。
挙げ句の果てには「帰れ」とか言ってきた。
俺がどんな思いで福田を心配したか、あいつは全然分かっていない。
感情を抑えるように拳を握りしめた。


徐々に辺りは暗くなり、街の街灯がつき始める。
怒りの後にやってきたものは虚しさだった。
福田の「帰れ」という言葉が繰り返し脳内で再生される。その度に、心臓を握りつぶされたように胸が痛んだ。

冷静さを取り戻しはじめた今、もう一度あの場面を振り返る。
そもそも、なぜ福田は俺に帰って欲しかったのか。俺と宮永さんの2人で家まで送るという選択肢もあったはずだ。
あいつは馬鹿だが、人並みの常識は持ち合わせている。…多分。
女1人に介抱を任せることは酷だということぐらい分かっているはずだ。それでも宮永さん1人に任せて、俺を帰らせた理由は何か。

考えてみれば簡単なことだった。

それは、2人きりになりたいから。

あの2人はハチマキを交換した仲だ。実質両思いみたいなもん。そうなれば邪魔者は俺なわけで…。
なんだ、分かっていなかったのは俺の方じゃないか。

そんな単純なことにも気づかなかったとは。
他人と接しているときはこんなヘマしない。
我ながら空気を読むのは得意な方だと自負している。
しかし、福田といるとどうも調子が狂う。視野が一気に狭まるのだ。
このままでは彼に嫌われてしまうかもしれない。

忙しく歩いていたはずが、いつのまにか緩慢な動きに変わっていた。歩幅は小さく、足取りは重い。


「福田、大丈夫かな…」


結局最終的に思うことは怒りでも嫉妬でもなく、好きな人の安否だった。
惚れたもん負けとはよく言ったものだ。

46

目次
しおりを挟む