5-10 *** 人間関係のもつれは、ひょんなことから始まるものだ。これは『ヒト』という高等生物である限り誰にでも起こり得ることであり、むしろその経験から絆を深められることだってあるだろう。必ずしも負の感情ばかりではないのかもしれない。 いや、そんなわけないだろ。 負の感情ばかりだ。むしろ負の感情しかない。 誰だよ『高等生物である限り〜』とか言って格好つけてるやつは。 しかし、これだけは確実に言える。 こういうのは早めに解決することが大切だ。 ズルズルといつまでも引きずっていたって仕方がない。 勢いよく教室に足を踏み入れた俺は、ある男の前で腰を90度に曲げて謝罪した。 「深瀬!ごめんなさい!」 「……朝からうるさい。なんのこと?」 深瀬は耳を塞ぎながら心底うざそうな顔をした。低血圧の彼はいつにも増して睨みが利いている。 『なんのこと?』だと…。 気にしていたのは俺だけということか? なんか、それはそれで寂しいような。 俺なんて昨日の夜は枕を濡らしながら寝たんだぞ。啓介に気持ち悪がられたぐらいだ。 「だって、ほら…俺、お前に酷いこと言ったし…」 「そうだっけ」 深瀬は俺と目線も合わせずに席を立つと、そのまま教室を出て行ってしまった。 あんな彼を見たのは初めてだ。まるで興味無い、というような冷酷無情な顔。 まだ罵倒を浴びせられる方がマシだった。 空席になった前の席を見つめること数秒、途端に悲しみが押し寄せてきた。 自業自得。 そんなことは分かっている。 収拾のつかない自己嫌悪に駆られ、痛いぐらい下唇を噛みながら机に突っ伏した。 *** それからというものの、彼は俺に対して他人行儀な態度をとるようになった。 挨拶をすれば返してくれるし、話しかければ答えてくれる。しかし、全ての会話がどこか事務的なものばかりなのだ。 よそよそしくなるのが嫌で施設にいることを隠しているのに、これでは元も子もない。 「深瀬、ノート忘れちゃった」 「はい」 「………ありがとう」 本当は忘れていない。現に俺のノートは机の上に出ている。 いつもなら俺を責め立てるような言葉の1つや2つ吐くくせに、今日はスッと紙を一枚渡されるだけだった。 なんの変哲も無いその会話が俺にとっては酷く寂しい。 「い、一緒にお昼食べない?」 「先客がいる」 「じゃあ、今日一緒に帰ろ…」 「部活なんだけど」 「終わるまで待ってるから」 「あのさぁ、俺には部活の友達もいるんだよね」 (正直鬱陶しい。お前ばかりに構ってられるか) 最後の言葉に隠された意味はこんなところだろうか。まるで取り付く島もない。 しかし、ここで引き下がればいつまで経ってもこのままだ。 なんとなく、ここで諦めてはいけないような気がした。 47 目次しおりを挟む |