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過去に、俺の事情を知ってからよそよそしくなった友達を何度も見てきた。きっと深瀬だって変に気を遣うに違いない。
最悪、距離を置かれる可能性だってある。

こんな時に限って、この前聞いた近所の方の陰口を思い出した。彼女たちは『自分の子供を養護施設の子と遊ばせるのは不安だ』と言ったのだ。
そう思うのも無理はない。自分の子供を大切に思う親としては至極真っ当な意見だ。
例に漏れず、彼の親だって嫌がるかもしれない。
少なくとも、今までのように気兼ねなく接することはできなくなるだろう。

…そんなの嫌だ。
まだ彼の隣で馬鹿やって笑っていたい。


「…深瀬、ただの貧血だし、本当に大丈夫だから…宮永さんと一緒に帰って…」

「お前そんな状態でまだ言うか…」

「も、もう大丈夫、治った…」

「真っ青な顔で何言ってんだよ。ほら、肩貸すから」


深瀬が本当に俺のことを心配してくれている。その優しさが良心を痛めた。
体調が悪くて苦しいのか、彼を騙していることが苦しいのか。
きっと後者だ。
辛い。もう言ってしまおうか。


「私が福田君を家まで送るよ」

「え?」


心配そうに見ていた宮永さんが口を開いた。
彼女は俺に目配せして、僅かに頷く。
唯一俺の事情を知る彼女は、気を利かせて「自分が送る」と言ってくれたらしい。
察しが良く、明敏な彼女には本当に頭が上がらない。


「女の子1人に任せられないよ」


深瀬が正当なことを言った。
確かに、人1人を支えるのは男の力でもかなり大変だ。ましてや細い宮永さんだけでは無理がある。
しかも2人で送るならまだしも、彼女は自分1人で送ると言ったのだ。深瀬からしてみれば「何おかしなことを言っているんだ」と思うだろう。
それが普通だ。彼は正しい。

しかし、宮永さんが機転を利かせて言ってくれた以上、それに乗っからないわけにはいかなかった。


「宮永さんに送ってもらう…から、大丈夫…」

「福田君もそう言ってるし、私なら大丈夫だから心配しないで。…ね?深瀬君」

「いや、でも……」

「お願いだから………帰れ、深瀬……」

「…。」


最後はもう自暴自棄だった。
酷いことを言ってしまったと後悔したがもう遅い。

深瀬はそれ以上何も言わなかった。
ずっと俺の背中に置かれていた優しい手が離れていく。
そして彼はスッと立ち上がり、「お大事に」と一声かけて立ち去っていった。


鼻の奥がツーンと痛い。
相変わらず目眩はするし、視界は水滴のせいで歪みを増している。
なんで俺が泣いているんだ。傷つけたのは俺なのに。

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