5-6 汗が襟足を濡らし、いつも閉められているワイシャツの第二ボタンは珍しく開けられていた。白い鎖骨がチラリと見え、思わず目を背ける。 彼のその風貌を見る限り、恐らく部活が終わった後なのだろう。 「帰宅部がこんな時間に何してんの?」 「嫌な言い方だな…。ちょっと部活見学てきな…」 「部活入るの?」 「いや、見学を誘われただけ。入部する気はないかな」 「へぇ。何部?」 「琴部」 「……俺も見学しよ」 「え、」 深瀬はいつも突拍子のないことを言いやがる。お前絶対琴とか興味ないだろ。 それに、以前の空き教室での出来事もあり、宮永さんと深瀬を会わせるのは不安だ。 というか俺、そろそろ帰りたいんだけど。 なんか体がいつもよりだるいし…。 何とかして見学を諦めさせようと思った。 「勝手に人増えたら迷惑になるんじゃ…」 「お前影薄いから大丈夫だろ」 「そういう問題じゃない」 深瀬は会う度に俺を貶さないと気が済まないらしい。 影が薄くても流石に姿は見えるだろ。そんな幽霊みたいな扱いしないで。 深瀬は後ろを振り返り、遠くにいた剣道部の友達に「先帰っててー!」と声をかけた。 そしてそのまま俺の手を取り茶道室へ足を進める。 その時深瀬から石鹸の香りがふわっと漂った。制汗剤の匂いだろうか。いつもの柔軟剤の香りじゃないな、と思うぐらいに俺は彼を意識しているのかもしれない。 *** 「えっと…なんかごめん。付いてきちゃって」 「福田がお世話になってます〜」 「全然大丈夫だよ!むしろ皆んな喜ぶかも」 一応宮永さんには謝ったが、どうやら俺の心配は本当に杞憂だったようだ。 今までお淑やかに琴を弾いてた部員たちが目の色を変えて深瀬に注目した。「えっ、あの深瀬君…?」とか、「まじのイケメンだ…」という声がちらほら聞こえる。 俺の時と反応が違いすぎるのではないか? 部員たちは歓迎ムードだし、気がかりにしていた深瀬と宮永さんはそこまで重たい雰囲気でもなかった。 俺の考えすぎだったのかもしれない。 安心しながら元いた場所に座ろうとした。 「福田、床の間の前に座るなよ。おこがましい」 「え!ここ座っちゃだめなの!?」 「そこは貴人畳。お前は客畳で十分」 そんな決まりがあるなんて知らなかった…。 宮永さんは「気にしないで」と言っているが、知ってしまった以上気にしない訳にはいかない。今まで我が物顔で座っていた自分が恥ずかしい。 俺は深瀬がいる「客畳」とやらの場所に移動して腰を下ろした。隣で立っていた深瀬も正座を始める。 なんていうか、こいつの正座めっちゃ綺麗だな。頭とか全くブレないし。 普段の彼を知ってる俺からしてみれば、なんか意外だった。だって所構わず胡座かきそうじゃん。 「深瀬君、剣道やってる?」 「え?よく分かったね」 「左膝から正座するし、姿勢が綺麗だからなんとなくそうかなって」 「あぁ、なるほど」 そうか、剣道やってるから作法に詳しいのか。 深瀬はいつも巫山戯てばかりいるくせに、こういう所はしっかりしている。 なんだかんだ言って宮永さんとも楽しそうに話してるし。なんか、2人並べて見ると美男美女で絵になるな。 お似合いというか…。 俺だけ仲間外れみたい。 43 目次しおりを挟む |