5-1 「この乳首が目に入らぬか」 「今すぐ去れよ変態」 「変態はお前だ!」 「急に自分の乳首見せびらかす奴を変態と言わずして何という?」 「被害者」 「変質者の間違いだろ」 「裁判長!被告人に重い刑罰を!奴は全然反省していません!」 「異議あり!あれは誰がどう見ても合意の上でした!」 「あ、あれは、違うんだっ…!雰囲気に流されたというか…」 「はい、勝訴」 「くそぉー!」 俺は真っ赤に腫れ上がった乳首を深瀬に見せ、誠意ある謝罪を求めた。…が、失敗した。 ちなみに見せるとは言っても、襟元を引っ張って上から覗かせる程度だ。さすがに教室で脱ぐほど俺は野蛮ではない。だから深瀬の「見せびらかす」という表現には語弊がある。そこんところ注意して欲しい。 そもそもなぜ俺の乳首がこんな可哀想なことになっているのかというと、そう、全ては「体育祭頑張ったらご褒美をあげる」とかいう、まるで小学生みたいな口約束が発端だ。 俺は約束通り体育祭で大活躍した深瀬にご褒美をあげることにした。しかし奴はそれを良いことに破廉恥あっはーんな要求をしてきたのだ。おかげで俺の乳首はものすごく卑猥なことになってしまった。 あぁ、思い出すだけで鬱々としてくる。あれは完全に黒歴史だ。 「あんな嬉しそうによがってたくせに、よく被害者とか言うよ」 「よがっ…!げ、限度っていうものがあるだろ!?もうちょっと優しくやって!」 「優しければいいのかよ…」 なんだか墓穴を掘った気がしないでもないが、俺はとにかくこいつに謝ってもらいたい。 だって、シャツが擦れるだけで色々やばいんだもん…。 「痛いのが好きなんじゃないの?」 「…っ!」 「ねぇ?」 深瀬は目を細めながら「図星だ」とでも言いたげな顔をした。 た、確かに…あの時の俺はそんなことを言ってしまったのかもしれない…。 でもあれはいつもの俺じゃなかったというか。 そう、嫉妬で頭がごちゃごちゃしてた。 …ん?嫉妬で合ってる? まぁいいや。 とにかく言い訳をさせてくれ。俺かて、自分の言っていることが矛盾してることぐらい分かっているんだ。分かっているんだけども、ここで否定をせねば俺のアイデンティティが崩壊してしまう。 「あ、あれは…本心じゃない…」 「へぇ、じゃあこうした方が良かった?」 「んっ…ぁっ…」 「………お前、シャツが擦れるだけでそうなるの?」 急に深瀬がワイシャツの上から胸をそっと撫でてきた。腫れて敏感になった俺の乳首はその僅かな刺激だけで過剰に反応してしまう。 さすがに深瀬も俺の異変にびっくりしたらしく、すぐに手は離れていった。 「だから言ってんじゃん…。お前のせいで散々な目にあってんだよ…」 少し眉をひそめた深瀬は顎に手を当てて「うーん」と悩み始めた。どうやら少しは責任を感じてくれたらしい。 だがここは『深瀬優太』である。絶対に謝りはしない。 「福田、朝のHR終わったら隣の空き教室集合」 「え?…あ、うん分かった」 深瀬は何か思いついたらしく、俺にそう告げると鞄をおもむろに漁りだした。 一体何をしようとしているんだ。こいつが思いつくこととか、嫌な予感しかしないんだけど大丈夫かな…。 俺の心配をよそに担任の先生が教室に入ってきた。いつも通り長ったらしいHRを始める。 内容は期末テストについてだった。先生は「しっかり勉強しとけよ」とか、よくある教師の決まり文句を口にした。 もうそんな時期か。つい最近まで春だったというのに、もうすぐ夏が迫ろうとしている。テストが終われば夏休みだ。根っからの引きこもり体質である俺は、のんびり施設内で過ごしていたい。 まぁその前にテストあるけど。 先生の話なんか上の空で夏休みのニート計画を立てていたら、いつのまにかHRは終わろうとしていた。 すると前の席の深瀬がチラッと後ろを向いて目配せをしてくる。 『分かってる、忘れてないよ』という意味で親指を立ててサインを送ったら、なぜか奴は親指を下げてブーイングサインを送り返してきた。 どういう意味だし。 いや、恐らく意味なんてない。ただの嫌がらせだ。 38 目次しおりを挟む |