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(深瀬視点)

最近気になる奴がいる。
そいつはアホで馬鹿で鈍感だ。あと運動神経も悪い。そんな平凡のどこが気になるのかって聞かれても俺にも分からない。
ただ、あいつは誰にも全てを見せようとしない。ある一定の距離で、これ以上踏み込むなと言わんばかりに他人から遠ざかるのだ。
俺はその先に何があるのか考えるうちに、常に彼を視界に入れておきたいと思うようになった。
今となっては彼が今どこにいて、誰と話して、どんな表情をしているのか気になって仕方がない。


そうか、これが「好き」ということなのか。


俺は今まで「来るもの拒まず去る者追わず」でいろんな経験をしてきた。しかし、俺と関係をもった彼女たちのことがそういう意味で好きだったかと聞かれると、素直に頷けない。
俺にとってある意味「恋愛」というものはこれが初めてなのかもしれない。

彼を好きになったきっかけなんて分からない。
でもきっとこういうのは理屈じゃなくて直感だ。彼の何かがそうさせたのだろう。


「体育祭頑張るから、終わったらご褒美ちょうだい」

「お安い御用だ!あ、でも俺ができる範疇で頼むぞ」


既にご褒美の内容は決まっていた。

ハチマキを交換してもらう。

あいつどんな表情するかな。
きっとあの鈍臭は「お前と交換したら他の子と交換できなくなるじゃん」とか意地を張って文句を言いそうだ。交換する相手も決まってないくせに。
それでもあいつのことだから、まんざらでもない顔で交換してくれるのだろう。
想像しただけで自分の口角が上がるのを感じた。


***


体育祭の閉会式が終わり剣道部で写真を撮った後、俺は急いで彼を探しに行った。


「深瀬君!私たちとも写真撮ってー!」

「ごめん!ちょっと急いでるから後で!」


どこだ。閉会式の時は近くにいた。そう遠くには行っていないはずだ。
チッ、あいつ陰が薄いんだよ。


「深瀬君っ…あの…ハチマキ…交換してください…!」

「ごめん、今人を探してるんだ」

「えっ…あ、そ、そっか…」


これで何人目だ。
足を止められるこの時間でさえも惜しい。あいつはどこだ。福田は今どこにいる。

途方に暮れて手洗い場をチラッと見たときだった。見知った背中がそこにいた。
俺はすぐに手洗い場まで駆け寄ると、福田が誰かと何か話をしているのが聞こえてきた。
コソコソするのは性に合わないが、この際許してくれと思いながら死角となる場所に腰を下ろす。


「ありがとう…」


あの声は宮永さんだ。
まさかと思い覗き込むと、福田の手には宮永さんのハチマキが握られていた。
嘘だろ…?

いや冷静に考えろ。あの福田が宮永さんみたいな可愛い子とハチマキ交換できるか?それに朝は交換する予定の人はいないと言っていたはずだ。
…でもあのハチマキは紛れもなく宮永さんのもの。

そこでいつの日か福田と宮永さんが教室で楽しそうに話をしていたのを思い出した。確か俺たちが日直のとき。

彼女は容姿端麗で聡明で性格も良い。男子からの人気も高い。
…そして、女の子だ。

そうか宮永さんか…。
宮永さんねぇ…。


「勝てねーよ…」


空を仰いだ。
腹が立つぐらい快晴だった。

…ご褒美何にしよう。
どうせならあいつがとことん嫌がるものにしようかな。何を指示すればどんな表情を見せるだろうか。
黒い感情がぐるぐると頭の中を回り、よからぬ方向へと思考が偏っていく。ある意味これは腹いせだ。
自分の性格の悪さに思わず吹き出した。

四章終わり



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