4-12

「…福田、胸かして」


一瞬さっきまでの行為が頭をよぎったが、そういう意味ではないらしい。深瀬は項垂れるように俺の胸に額をつけると、ポツポツと言葉を紡ぎ始めた。


「初めて心から好きと思える人が出来たんだ。でもそいつは友達でもある。そのうえアホで馬鹿で鈍感だ。どうでもいいやつ相手だったら『好き』だなんて簡単に言えるよ。でもそいつは違うから…距離の詰め方がわからない…」


深瀬でも恋愛で悩むことがあるのか。彼の言葉を聞く限り、相手の子は相当大事にされていることが伺える。

羨ましい

それが率直な感想だった。
こういう時、普通は友達として同情とかアドバイスをするのが正解なのだろう。頭では分かっているのに言葉が出てこない。早く気の利くことを言わなければ。
しかし湧き上がってくるものは同情でもアドバイスでもなく、彼の好きな人に対する妬みと苛立ちだけだ。
あぁ、本当に、もう、


「んっ…!」

「…………急になに?」


俺は深瀬の胸ぐらを掴んで、唇を合わせるだけのキスをした。
やってしまった。この流れで急にキスするなんて絶対不審がられる。
よく容疑者が「むしゃくしゃしてやった」とか言ってるが、今の俺はまさにそんな感じだ。感情に任せておかしな行動をとってしまった。どうしよう。良い言い訳が見つからない。

深瀬は一瞬驚いた顔をした後、怪訝な表情で俺を見た。次第に「なんか言えよ」と苛立ちを見せ始める。
そうだ、今度こそ何か言わなければ。


「…お前ばっかモテるから、ただの嫌がらせ」


心にもないことを言った。
でもこれが一番丸く収まると思った。

一方深瀬は呆気に取られた表情を浮かべると、「はぁー」と大きな溜息をついた。


「お前に話したのが間違いだったよ。それじゃ、俺いろんな子と写真撮る約束あるから行くね。福田は1人寂しくここでシコってるの?」

「放っとけ馬鹿!」


深瀬はいつもの小生意気な態度に戻ると、気だるそうに立ち上がって去っていった。
ちなみに俺は息子が落ち着くまで精神統一をしていた。さすがに外でできるほど変態ではない。


36

目次
しおりを挟む