4-9 「福田」 校庭に向かう途中で聞き慣れた声に話しかけられた。 なんで今お前がここにいるんだよ。ハチマキ交換する相手がいるんじゃないのかよ。 変な意地が邪魔をしてなかなか振り返ることができない。 「福田、俺頑張ったよ」 深瀬がボソッと呟いた。 いつもより声が弱く聞こえるのは気のせいだろうか。心配になった俺はついつい振り返ってしまった。 そこにいつもの笑顔はなく、能面のように無表情な深瀬が立っていた。表情が抜け落ちた深瀬の端正な顔は人形のようで恐ろしい。 何が彼をそうさせたのだろうか。 まさか。 いやでもあの深瀬だぞ。そんなことあるか? 「…深瀬、ハチマキ交換は?」 「…交換しようと思ってた子が既に他の人と交換してた」 「そ、そうか…」 俺の予想は的中したようだ。 深瀬でもそんなことがあるのか…。 このイケメンで超人気者の彼を振った子の顔が見てみたい。きっと絶世の美女なのだろう。 「その…お前ぐらいイケメンだったら他に良い子なんてすぐ見つかるよ」 「福田、ちょっと来て」 俺が一生懸命慰めてやったのに深瀬は思いっきり無視しながら俺の手を引いて歩き出した。 もう絶対慰めてなんかやらない。 「あっ、ちょっと深瀬!どこ行くの?」 「いいから」 俺は今無理矢理どこかへ連れて行かれそうになっている。でも。なのに。それなのに。 口元に笑みが浮かんだ。 友達の失恋が嬉しいと思うなんてどうかしてる。どうしようもない。 でもこの状況といい、俺を悦ばせるには十分だった。いつからこんなに性格が悪くなってしまったのだろう。 *** たどり着いた場所は誰も来ないような校舎裏だった。深瀬はとくに何も喋らない。さっきからずっと黙ったままだ。 もしやタイマンか…?振られた腹いせに殴らせろ的な。むりむり!俺殴り合いの喧嘩とかしたことないし。深瀬がそんなバイオレンスなやつだとは思わなかった。 「お、落ち着け深瀬!振られたのは残念だったが暴力は良くない!俺を殴っても何も解決しないぞ!」 「暴力?何言ってるの?…どうでもいいけど福田、体育祭終わったらご褒美くれるっていう約束覚えてる?」 「殴らないのか…良かった…。ご褒美…?あ、あぁ!うん覚えてる」 実は完全に忘れていた。 でもそんなこと言ったら今度こそ絶対殴られると思ったから言わなかった。 だって今のこいつ機嫌悪いんだもん。 深瀬は壁にもたれて座ると、口の端をあげながら「今ご褒美ちょうだい」と言った。 美形の彼が上目遣いをすると少しだけ幼く見える。しかしその甘い顔には似合わない悪い笑みをしていた。 「ご褒美何がいいの?」 「俺の膝の上に座って福田からキスして」 「…え?」 一瞬頭がフリーズした。俺の聞き間違えだろうか。もう一度聞いてみる。 「ごめん聞こえなかった。もう一回言って」 「俺の膝に跨ってお前からディープキスしろ」 「いやいやいや!おかしいだろ!なんか一回目よりハードル高くなってるし!」 「聞こえてんじゃん」 ご褒美とかいうから何か奢らされるのかと思ったらとんでもないことを要求してきた。 しかも一回目より要求が多くなっている。聞きな直さなければ良かったと後悔した。できることならば数分前に戻りたい。タイムマシンはどこですか。 「他のじゃだめ…?ほら、豆乳飲r…」 「だめ」 即答だな。即答すぎて言い終わる前に却下された。 いくらなんでも自分からディープキスだなんて…。 まずやり方が分からない。俺、悲しいことにお前としかしたことないし。しかも膝に跨るとか恥ずかしすぎる。 というか逆に聞くけど、そんなのがご褒美でお前はいいのかよ…。 そう思い深瀬の顔を見れば、さっきまでの無表情なんて嘘みたいに生き生きとした顔をしていた。お前本当に少し前に振られた身か?と聞きたくなるほどだ。 …そうだ。お前はそういう奴だったよ。他人の羞恥とか見て喜びそうだもんな。 「俺、約束守れないやつ嫌いだなー。友達にはなれないかも」 「えっ…それはやだ…」 「じゃあはやく」 痛いところを突いてきやがった。 深瀬は俺の数少ない友人の一人だ。こんなことで失いたくはない。 それに約束を破るやつは確かに最低だ。ご褒美をあげると言った以上「やっぱり無し」なんて言えない。男に二言はないのだ。 ここはやるしかない。自分の頬をピシャリと叩いて決意を固めた。 33 目次しおりを挟む |