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「羽柴囲まれちゃったよー」

「逃げろ!」


深瀬は笑いながら羽柴に話しかけた。言葉だけ見れば困ってるように見えるが、表情は相変わらず楽しそうだ。
羽柴は逃げるのが得策と考えたのか、一気に騎馬がいない方へ走り出した。だが無理がある。既に上では取っ組み合いが始まろうとしていた。
相手チームの騎手が深瀬に腕を伸ばす。これはもう戦うしかないかもしれない。しかし反対側にはもう一人相手チームの騎手がいる。ここで取っ組み合いを始めれば確実に不利な状況だ。周りがもう駄目か…と諦めムードになりかけたときだった。


「あぶねっ。羽柴そのまま走り抜けていいよ」


深瀬は掴みかかってきた相手の腕を持ち前の反射神経でかわしたのだ。相手に指一本触れさせないとでも言うかのような身のこなしだった。羽柴は深瀬の言葉を信じてそのまま走っていたため、すぐに囲いから脱することができた。それを見ていた観客たちは再び歓声をあげる。


「まさかあいつが一般生徒の攻撃を避けられない訳がねーよな」


隣で見ていた男子が呆れた顔をしながらそう言った。この人は確か…剣道部の野谷君。防災訓練のときに深瀬と女子部屋に行ってた人だ。


「え?」

「うお、福田じゃん。…知らねーの?優太は中学のとき剣道で全国大会行ってる奴だぞ」

「そ、そうなのか…」


どうりで人並み外れた反射神経を持ってるわけだ。剣道はコンマ数秒の速さで竹刀を振りかざすと聞いたことがある。きっと深瀬から見たら相手が掴みかかってくる腕なんてスローモーションに見えるのだろう。

野谷君と話をしていたら、いつのまにか深瀬の騎馬はどこかへ向かおうとしていた。それは少し離れた相手陣地側。
そう、ゴリラ、いや大将のもとだった。
まだ相手チームには普通騎馬もたくさん残っている。ゴリラと戦ってる最中に囲まれたら終わりだ。
まだ早まるな…!
俺の心の叫びも虚しく深瀬はゴリラに戦いを挑んでしまった。やるなら早く決着をつけなければ周りの騎士に囲まれてしまう。

不意にゴリラがその大きな巨体を前に揺らして上から掴みかかろうとした。改めて深瀬と並べて見ると体格の差がはっきり分かる。あんなのにのしかかられたら、同じぐらいの巨漢でもない限り一発で地面に落ちるだろう。
だがそれは余計な心配だったようで、深瀬はさっきみたいにスルリとゴリラをかわした。しかし一向に深瀬から攻撃を仕掛けようとはしない。徐々に「あいつ逃げてばっかじゃん」と不満の声が上がり始めた。俺は心の中で「じゃあお前があのゴリラと対峙してみろよ」とか思いながら深瀬を応援した。俺は小心者なので思っても口に出すことはできないのだ。

そしてまたゴリラが深瀬に掴みかかろうとした時だった。深瀬は片手でゴリラの太い腕を受け止め、衝撃を逃すかのように下へいなした。するとゴリラは自らの体重で前へ大きくバランスを崩す。そこに深瀬は追い討ちをかけるように、つんのめったゴリラの体をぐっと下へ押した。なすすべもなく地面へ落下していくゴリラ。相手チームの騎馬が「え?」という顔で一斉に振り向いた。


『大将が討たれました!B組の勝利です!』

「相手の出方を観察するのは剣術の基本だからね。『一眼 二足 三胆 四力』ってよく言うだろ?」


息一つ切らしてない深瀬は、地面で尻餅をついてるゴリラに言葉を投げた。そしてそのままニコッと笑う。ゴリラは赤面した。
いや最後おかしいだろ。
というか騎馬戦は剣術じゃないし。


一般席では一斉に「わぁぁああ!」という歓声が上がった。


「すげぇ!大将が大将を討った!」


さっきまで不満の声を漏らしていた男子生徒が叫ぶ。俺は自分のことのように誇らしく思い、「見たか」とその生徒に視線を送った。


「はは!敵の攻撃をいなして反撃するとか、あいつだけ一人剣道やってるじゃん。ゴリラかわいそー」


野谷くんはお腹を抑えて笑いながら言った。
俺はさっき深瀬のことを何で陸上部じゃなくて剣道部なんだと言ったが、どうやらそれは俺の見る目が無かっただけらしい。

深瀬は俺たちのクラスを振り返り、ガッツポーズを送った。同時にクラスの人たちが賞賛のタオルを回しはじめる。

人気すぎてなんだか遠いよ…。
そう思ってしまうぐらいに彼は輝いていた。

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