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「おはよう結斗!どうした寝不足か?高校生活の初日なんだからビシッといけよ!」

「おはよう…。」


セミの抜け殻みたいな顔でリビングに行くと、施設の職員である雅人さんが朝に相応しい爽やかな挨拶をしてきた。
自分で言っておいてアレだけど、「セミの抜け殻みたいな顔」ってなんだ。セミの幼虫って意外と怖い顔してるぞ。
まぁ、それぐらい寝不足でやつれているってことだ。
というか、緊張して眠れなかったなんて恥ずかしくて言えない。他の子たちにも聞かれたくない。


「お前の性格だから、緊張して眠れなかったんだろ。そう気負いすぎるな」


お約束通りに公言してくれた雅人さん。
やめてくれよ、今はそんなギャグ要素要らないって。
ただでさえ年下から舐められやすいというのに、そんなこと言ったら絶対馬鹿にされるじゃん。


「結斗そんなんで寝不足なのかよ。チンコ小さいのは知ってたけど、小心者でもあったのか!だせぇ〜」

「やめろ啓介!朝からチンコとか言うな」


さっきまで目玉焼きに夢中になっていた啓介が、口元を手で押さえながらププッと嘲笑うかのように言い放った。

チンコとか言うから、春香がまたゴミを見る目になっているだろ。俺は女子のこういう視線にめっぽう弱いのだ。今のでライフがごっそり削られた。俺、赤色に点滅とかしてない?大丈夫?

というか、俺の息子は特別大きいわけではないが、啓介よりは大きいぞ…多分。
え、そうだよね?中学2年生に負けてたら流石に泣く。やばい自信なくなってきた。今度風呂で確かめよう。


「啓介、今夜一緒に風呂入ろう」

「チンコ小さくて小心者のくせに、ホモでもあるのか…」

「なぜそうなる」


一緒に風呂入るぐらい日常茶飯事だろ。こういう時に限ってそういうこと言うな。

…なんてこった!
春香の目がゴミを見る目から、犬の糞を見る目に成り下がっているではないか。
今度こそ俺のライフゲージは0になった。


「おいおい、のんびりしてる暇あるのか?遅刻はダメだぞ」


啓介とギャーギャー揉めているところに、雅人さんの呆れた声が響く。


「やべっ結斗なんかに構ってたらこんな時間だ!春香たち早く行くぞ!」

「さっきからずっと待ってるんだけど。あんたたちの股間の話をずっと聞かされてる身にもなってよ」


ごもっともです。
春香たちには申し訳ないと思っている。
だが啓介、俺は構ってあげてる側で、構ってもらっているのはお前の方だ。まぁ口には出さないがな。年上の余裕ってやつだ。フハハハハ!


「結斗兄ちゃんもさぁ、年上なんだからいい加減啓介の挑発に乗るのやめなよ。年上の余裕とか無いわけ?」

「ごめんなさい」


そんなこんなで啓介たちを見送ってから、俺もそろそろ行くかと考えながら席を立った。
そして雅人さんの方を振り向く。ずっと言いたかったことがあるのだ。


「ここまで面倒見てきてくれてありがとう…。高校も行かせてくれて…本当に…感謝してます…。」


こんなことを直接言うのは初めてで、恐らく今の俺は首まで赤くなっているだろう。
不意に、雅人さんの大きな手が俺の髪をぐしゃぐしゃにしながら頭を撫でてきた。
せっかく髪の毛セットしたのに。反抗期真っ盛りな中学生の時の俺だったら怒っていたに違いない。


「幸せになれよ、結斗」


どんな父親よりも父親らしい言葉だと思った。実際は「父親」という存在がどんなものなのかを、俺は知らない。
しかし、きっと親というものは子供の幸せを1番に願うものなのだろう。
だからこの人は、俺たちにとって紛れもない父さんなのだ。


火照った顔を隠すように「行ってきます」と足早に玄関を出れば、僅かに暖かい春の風が頬を撫でた。


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