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『いちねーん!びーぐみー!』

『ファイッ!オッー!!』


俺は一人、「金八先生ー!」と叫びそうになるのを我慢しながら円陣に参加した。クラスの秩序を乱してはならないからな。

そう、今日は待ちに待った体育祭の日である。待ちに待ったとか言うけど本当は全然楽しみじゃない。むしろ憂鬱だ。
ちなみに円陣は両隣が深瀬と羽柴のため、俺の肩が可哀想なことになっている。つま先立ちで足がプルプルだ。というかお前ら俺に気を遣って少し屈んだりしてくれてもよくない?

しかしやっとこの魔の円陣も終わりを告げたのだ。これで俺は解放される。
…なんか魔の円陣って中二病っぽいな。円の中心から怪物生まれそう。


「…ちょっ、もう終わっただろ!離れろ!」

「なんでだよー。俺らの絆はこのぐらいじゃ離れないだろ?なぁ、羽柴」

「そうだぞ。俺らは3人で1つ。サンコイチなんだ」

「「ちょっと意味が分からない」」


とりあえずツッコミ終わると、深瀬と羽柴は俺と肩を組んだまま歩きだした。
いやなんでだよ。もう円陣終わってるだろ。既にクラスメートたちはパラパラと散らばり始めている。なんでこの3人だけ連結したまま行動すんだよ。
羽柴はよく分からんが、深瀬は絶対俺の足が浮いてることを面白がって悪ノリしてるだけだ。その証拠に俺の腕をがっちりホールドして離そうとしない。


「あっ、おい。俺校庭行きたいんだけど」

「俺トイレ行きたい」

「痛い痛い!引っ張るな、腕抜けるって!」


何がサンコイチだよ!ものの30秒で仲間割れしてるじゃないか!
深瀬と羽柴は俺と肩を組んだまま反対方向に歩きだした。おかげで俺はアルファベットのTみたくなっている。ちなみに俺の頭文字は「結斗」のYだ。
いやそんなことはどうでもいい。せめて足を着地させてくれ。


「福田もトイレしたいでしょ?」

「まぁ、言われてみれば…」


実は俺もトイレに行きたいと思っていた。
昔から俺はトイレが近い。多分膀胱が人一倍小さいんだと思う。爺さんになったらオムツ不可避だ。もう覚悟はできている。

一人で将来への不安を募らせていれば、俺の言葉に羽柴が渋々承諾したらしくいつのまにかトイレへ向かっていた。
というか嫌なら離れろよ。

トイレに着いたらすんなり解放された。
絆がうんぬん言ってた割には意外とあっさりだな。
俺たちは横に並んで用を足す。静かな空間に3人分の水音だけが響いた。なかなかシュールな構図だ。
その後は今までが嘘だったかのように各々トイレを出た。いや別に良いんだけど、今までが今までだっからあっさりしすぎてて違和感を感じる。


「あ、もう連結はいいんだ」

「福田のナニを触った手なんか握りたくないし」


深瀬は俺を横目に見ながら言った。
いやそんなこと言うけど、先日のお前はそのナニを素手で直接ナニしてたけど?なに今更間接ナニなんて気にしてるんだ。ナニナニ言い過ぎてナニがなんだか分からなくなってきた。
一方羽柴はというと、もうこの絡みに飽きたのか既に校庭へ行ってしまっていた。よほど校庭に行きたかったらしい。なにがお前を校庭に引き寄せてるっていうんだ。


「あ、あの…!ふ、深瀬君!これ…良かったら使ってください…!」

「いいの?ありがとう。大切に使うね」

「は、はい…!」


2人で廊下を歩いていると、突然他クラスの女の子が顔を真っ赤にしながら深瀬にタオルを渡しにきた。彼は愛嬌のあるえくぼを存分に活用しながら優しく女の子にお礼を言った。女の子の顔は更に赤くなっていく。深瀬の整いすぎた顔に圧倒されてコクッと息を飲んだのが分かった。

なんだその顔。俺には絶対見せないじゃないか。俺の方がお前のこと知ってるのに。
嫉妬にも似た感情だった。友達にこの感情が湧くのは正常なのか俺には分からない。
ただ、少しだけ深瀬と一緒にいるのが嫌になった。でもやっぱり隣にいたい。この感情の正体はなんだろうか。
面倒くさがりの俺はこれ以上考えるのをやめた。


「福田、そんな早足でどこ行くの?」

「校庭だけど」

「…なんか機嫌悪い?まさか自分だけタオル貰えなくてイライラしてるとか?」


深瀬はにやにやしながら聞いてきた。
既に思考を放棄していた俺は「そうそう」と、軽く流しながら足を進める。この際てきとうに肯定しても笑いネタになるだけだ。
予想どうり深瀬は笑いながら後をついてきた。
あまり自覚していなかったが、機嫌が悪く見えるような素振りをしてしまったらしい。こんなことでやさぐれてる自分に嫌悪感を抱く。それでもやっぱり俺には見せない顔を女の子には見せる深瀬が少しだけ嫌いだ。


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