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「こんな所で会うなんて偶然だね!お買い物?」

「うん、そんな感じ」


宮永さんはいつもの柔和な笑顔で話しかけてきた。制服姿の宮永さんしか見たことなかったが、私服姿もなかなか良いなとか呑気なことを考える。


「わぁ!かわいい!弟さん?」

「え!?あ、う、うん」


急に晴人のことを聞かれ、なにも答えを用意してなかった俺はそのまま頷いてしまった。


「お名前、なんていうの?」


宮永さんが屈みながら晴人に目線を合わせてそう聞いた。
直感的に「あ、これはまずい」と思い、晴人の方を勢いよく振り向いたが、もう遅かった。


「篠原晴人!」


あぁ、やっぱり名字まで言ってしまったか。
宮永さんは一瞬「え?」という顔をする。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻り「良い名前だね」と言った。
彼女は基本的に察しが良く、場の雰囲気を読むのが上手な女の子だ。きっと晴人と俺の名字が違うことに気づいているが、あえて流してくれたのだろう。


「この後ね、荒レンジャー見に行くんだ!お姉ちゃんも見に行く?」

「おい!宮永さんは忙しいからダメだ」


俺は慌てて宮永さんに「ごめんね」と謝った。女子高校生が戦隊モノのショーとか見たくないだろ。
だが、宮永さんの反応は意外なものだった。


「えー!私も見に行っていいの?でもちょっと怪獣とか怖いなぁ」

「え?」

「大丈夫!荒レンジャー来るから!」


宮永さんは俺に軽く微笑むと、晴人の長ったらしいレンジャーのうんちくを熱心に聞きはじめた。




「時間とか大丈夫?全然断っても良いんだよ?」

「大丈夫だよ。暇でぶらぶらしてただけだから!それにショーとか見るの凄い久しぶりで結構楽しみかも」


きっと気を利かせてくれてるのだろうけど、そこまで言われてしまったらこれ以上何も言えなかった。

ショーが始まるのは午後2時だ。
まだ時間が空いているので、「ラジコンやりたい!」と言っていた晴人を子供広場に連れて行ってあげた。
俺たちは楽しそうに遊ぶ晴人が見える位置に座る。


「晴人君楽しそうだね」

「うん」

「兄弟喧嘩とかするの?」

「日常茶飯事だよ。特に歳が近い子同士は」

「…兄弟多いんだね」

「うん。養護施設だから」


思いのほかすんなりとその言葉が出てきたことに自分でもびっくりした。
宮永さんは驚くそぶりも見せずに「そっか」と晴人に視線を送ったまま答えた。
俺たちがただの兄弟じゃないことは薄々感じていたのだろう。

友達に自分から施設出身であることを話すのは初めてだった。変に同情されたり敬遠されたりして、今まで築いてきた友好関係が崩れるのが怖かったからだ。
その一方で、誤魔化して嘘をつくたびに罪悪感は大きくなっていった。俺は友達を騙し続けているのだと。本当はずっと、誰かに言って楽になりたいと思っていたのかもしれない。

そこまで考えて、これは自分のエゴだということに気がついた。俺は自分の罪悪感を少しでも拭うために宮永さんを使ってしまったのだと。


「宮永さん、あの…」

「話してくれてありがとう」

「え?」

「福田君ってなんでも一人で抱え込みそうだから、私に話してくれて嬉しかった」


宮永さんはそのまま「それに」と言葉を続けた。


「幸せを誰かと分け合うと倍になるって言うけど、辛いことを分け合うとそれは半分になると思うんだよね」


そう言うと宮永さんは「これ、私の持論」と言いながら笑った。
なんて慈愛に満ちた子なんだろうか。きっとこの子がいるだけで周りは明るくなるのだろう。


「ふふっ、おかしいかな?」

「ううん。そんなことないよ。あのさ、宮永さん…」

「うん?」

「ありがとう…」


彼女は照れくさそうに笑った。
少し下を向いたときに肩から落ちた髪の毛が艶やかで綺麗だと思った。


「結斗にぃ!そろそろ時間だよー!」

「行こっか」

「うん」


「辛いことを誰かと共有すると、それは半分になる」
宮永さんはそう言った。きっとその通りなのだろう。
いくら考えても一生解決することのない悩みは誰にでもある。例えば身長とか肌の色とか、生まれた環境とか。それでも人は無意味だと分かっていながらその悩みを誰かに相談しようとするのだ。きっとその行為の真髄はそこにあるのだろう。

歩き出した一歩はいつもより軽かった。


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