4-1

この学校では、体育祭の終わりに好きな人とハチマキを交換すると結ばれるという言い伝えがある。それを「体育祭マジック」というらしい。
そりゃあ、お互い好き同士だったら交換するだろうし結ばれるのは当たり前じゃね、とかいう夢の無いツッコミには目を瞑ろう。


「体育祭マジックって本当にあると思う?」

「黙れ福田うざい死ね」

「さすがに言い過ぎじゃない!?」


深瀬に話したらこの有様だ。
代表的な悪口をすべて言われた気がする。こいつの低血圧どうにかならんかね。毎朝俺は深瀬に暴言を吐かれてから1日がスタートする。強靭な精神力を持つ俺だから耐えられるが、きっと他の人だったら3日で病むに違いない。
あ、こいつ俺以外の人に暴言吐かないんだった。


「なんかお前が『体育祭マジック』とか言うと無性にムカついてくる」

「どんな偏見だよ」


あまりにも理不尽な物言いだ。さすがに俺でも危うく心がポキっといきそうになったぞ。
もしかしてあれか?
たいしてモテないやつが勘違いして期待してるのがムカつく的なやつか?だが俺だって胸キュンしたいときもある。別に期待するぐらい良いじゃないか!


「俺だって胸キュンしたい!」

「なに、福田は狙ってる子とかいるの?」

「えっ!そう聞かれると…分からない…」


深瀬は心底うざそうな顔をした。
確かに、話を振ってきたやつの相手になってあげたのに「分からない」とか言われたら面倒くさいと思うかもしれないが、そのあからさまに嫌な顔するのやめろよ。少しは隠そうという努力をしろ。
でも本当に好きな子とか聞かれてもピンとこないのは事実だ。


「体育祭かぁ。あまり好きじゃない…」


深瀬が憂鬱な顔でそう言った。意外だ。
基本的にこいつは運動神経も良い。体育祭ならその能力を大いに発揮できるだろう。
なにをそんな嫌がる必要があるのだろうか。




「はい!じゃあ短距離走の選手は深瀬君で!騎馬戦の大将も…深瀬君!君しかいない!あ、あとクラス対抗リレーで誰か2回走らなきゃいけないんだけど…深瀬君お願いしていい?」


体育祭実行委員の生徒が各種目の選手を決めていた。深瀬の意志なんかお構いなしにどんどん進めていき、それに比例して深瀬の顔色もどんどん悪くなっていった。


「俺、お前が体育祭嫌いな理由分かった気がする…」


結局すべての種目を引き受けることになった深瀬は、俺の首元をペンで「突き」とか言いながら攻撃してきた。剣道やってるから無駄に動きが本格的だ。そして痛い。
これは完全にいじけモードである。


「痛い痛い!俺に八つ当たりするのやめろ!」

「いいよなー福田は。足遅いし反射神経にぶいから出る種目少なくて」

「泣くぞ」


どうせ俺はどの種目でも役に立たない出来損ないだよ。
でもずっと運動神経が悪かったわけではない。信じ難いだろうが、小学生の頃は足も速い方だったんだ。それがいつのまにかこの有様だ。つまり俺は根っからの運動音痴ではない。伸び代が無かっただけだ。きっとそうだ。決して俺は自分が運動音痴だとは認めない。


「俺は伸び代がないだけなんだ」

「それを運動音痴って言うんだよ」

「やめろ!」


まったくこいつは人の気にしてることをなんの躊躇もなく言いやがって…。
それに比べて深瀬は贅沢な悩みだよなぁ。俺みたいに戦力外通告されるやつもいるっていうのに。


「…あのさ、人から頼られるってすごい幸せなことなんじゃないの?お前にしかできないから頼まれるんだよ。自信持てばいいのに」


そう告げると、いつも俺が何か言えば必ずと言っていいほど言い返してくる深瀬が珍しくなにも言ってこなかった。
こうも黙られると調子が狂ってしまう。

なにか考えだした深瀬は、しばらくしてから口を開いた。


「…福ちゃん」

「ん?」

「体育祭頑張るから、終わったらご褒美ちょうだい」


ふふふ、なんだそんなことか!
それでお前がやる気を出せるなら、俺はいくらでも協力してやろう。果たして俺からご褒美をもらって嬉しいのか疑問だが。


「お安い御用だ!あ、でも俺ができる範疇で頼むぞ」

「分かってるよ。約束ね」


気分を良くした深瀬は、鞄から豆乳飲料を取り出して飲み始めた。今日は紅茶味だ。


25

目次
しおりを挟む