1-1 よく、人を見て「かわいそうに」と言う人がいるが、「かわいそう」かどうかなんて他人が決められることではない。本人が「幸せ」と言えば、他人からどう見えようとも、きっとそれは紛れもない「幸せ」なのだろう。 要は「幸福」とは人の価値観である。 極論を言えば、真冬に飲む缶コーヒーの暖かさに幸せを感じる人だっているのだ。 つまり幸せになるためには、自分に与えられた限られた環境の中で、そういう「当たり前の幸せ」をしっかり認識することが大切なんじゃないかと思う。 例えば「家族がいること」とか、「美味しいご飯が食べられること」とか「自分を愛してくれる人がいること」とか。 「結斗にぃ、おしっこ…。」 おい。 人が気持ちよく力説してるときに話しかけてくる不届き者はどこのどいつだ。 え?ただの平凡がタラタラと長文で語るなって? それは違う。俺はそんな暴論受け付けない。 誰しも自己陶酔したいときってあるだろ?俺はよくある。特に夜に。平凡のあまり誰にも相手にされず、自己顕示欲に飢えてるからな。 そういえばこの前ネットで『自己陶酔』って調べたら、類義語の中に『中二病を発症する』という言葉を見つけて二度見した。「そんなわけあるかい!」って一人でツッコんだ。日本語は確実におかしくなってきている。これは一大事だ。 ちなみに俺は自己陶酔はするが中二病ではない。 「結斗にぃ…!おしっこ!」 「我が弟よ、早く己の安息の地に帰還するんだ(早く自分の部屋に戻れ)」 「中二病?」 「違う」 ついさっき「不届き者は誰だ」とは言ったが、だいたいの目星はついている。俺をこんな真夜中にトイレで起こす奴は一人しかいない。 そもそも今何時だと思っているんだ。 …まだ午前4時じゃないか! まったく迷惑極まりない。むしろ迷惑を極めている。 なんかややこしくなった…。 「ジュース飲みすぎるとトイレ近くなるぞってあれほど言っただろ…。晴人ももう10歳なんだから1人で行けよ」 「だって廊下の天井の木目が怖いんだもん…。結斗にぃだって明日楽しみで寝れないんでしょ?ちょうどいいじゃん」 俺を起こした犯人である篠原晴人は、口を尖らせながら俺の布団を引っ張った。こもっていた熱が一気に外へ流れ出る。春と言えども夜はまだ寒い。冷たい外気に晒され、思わず肩を震わせた。 ちなみに彼が言っていた「明日が楽しみで寝れない」には語弊がある。俺は楽しみなのではなく、緊張して寝れないのだ。 …更に格好悪くなった気がする。 やっぱり語弊があるままで良かったかも。 取り敢えず何でこんなに緊張してるのかというと、そう、明日から高校生活が始まるからだ。 ただそれだけ。小心者とか言わないで。 「はやく〜…漏れちゃう!」 「…啓介連れて行けよ。俺、布団から出たくないんだけど」 「やだよぉ。啓介にぃ起こすと怒るし、怖いもん」 俺は起こしても怒らないと思ったのか。それとも、怒っても怖くないってか。 年上としての威厳がまるで無い。 「じゃあ春香と行けって。俺は寒くてここから動けない」 「春香ねぇちゃんは女子部屋じゃん…。そこまでの道も怖いんだって。結斗にぃお願い…」 お前はどんだけ怖がりなんだ。 俺たちの部屋までは来れて、春香たちの部屋までは行けないのか。とんだわがままボーイだ。 でも、確かに以前俺が許可を得ずに女子部屋に足を踏み入れたときは、いろんな意味でトラウマになった。今でもあの恐怖は忘れない。 女子のあの目は道端に落ちているゴミを見るような目だった。 天井の木目なんかよりも数百倍怖いぞ。 というか、そんな気にする必要あるか?長い年月同じ釜の飯を食ってる仲なんだから別にいいだろ…。 「結斗にぃ!はやく!もれちゃう!」 「しー!みんな起きたらどうすんだよ。分かったから静かにしろ」 仕方なく晴人のトイレに付き合ってしまえば余計に頭が覚醒し、結局一睡もできなかった。 ふと思う。 ーーあぁ、養護施設はいつも通り賑やかだ。 3 目次しおりを挟む |