3-2 もうあいつのことなんか放っておいて、さっさとこの日誌を書いてしまおう。 「えーっと、欠席者は…」 そこで俺の手が止まった。 そう、欠席者の名前が全然分からないのだ。ここにきて人脈の狭さが仇になるとは…。 クラスの人と満遍なく仲の良い深瀬だったらきっと分かるだろう。だが彼はもういない。 「くそぉー」と一人で身悶えしていると、再び教室の扉が開いた。 深瀬が帰ってきたと思った俺は、何か文句を言ってやろうと顔をあげた。しかしそこにいたのは深瀬ではなかった。 髪の長さが肩ぐらいの女の子。えっと…確か宮永琴音さん。宮永さんとは席が近いから何回か面識はある。 「誰かいると思ったら福田君かぁ。あれ?日直一人?」 「いや、深瀬もなんだけど…どっか行っちゃった」 「あらら」 宮永さんは眉を下げて軽く笑った。 彼女は日本人の良さを掻き集めたような人だ。綺麗な黒髪と白い肌、血色の良い頬と丸い目が可愛らしい。 「宮永さんは、何か忘れ物でもしたの?」 「部活で使う楽譜を机の中に忘れちゃって…」 そう言って宮永さんは机から楽譜を取り出した。 ん?なんか俺の知ってる楽譜じゃない。 めっちゃ漢字が並んどる…。 「そ、それ楽譜…?」 「そうだよ。これは琴の楽譜。見るの初めて?」 どうやら宮永さんは琴部らしい。親が琴の先生で、小さい頃から習っているとか。きっと琴音という名前もそこからきているのだろう。 「琴の楽譜ってそんな書き方なんだ。初めて見たかも」 「いつも和室で活動してるから、今度見にくる?今部員が1年生しかいなくて暇なんだぁ」 「あはは」と、宮永さんは自虐的な笑みを浮かべた。 誘われたことに内心めちゃくちゃ喜んだが、変に格好つけた俺は「時間があれば…」と答えてしまい、少し感じ悪かったなと反省した。 そんなこと気にも留めずに「約束ね」と言いながら微笑む宮永さんはやっぱり可愛い。 「じゃ、福田君またね。日直がんばって」 「うん、ありがとう」 宮永さんは両手で楽譜を大事そうに抱えて歩き出した。そして扉に手をかけようとした時、「あ、」と何かを思い出したかのように振り返る。 「原田さんと水谷さんだよ」 「え?」 「欠席者」 にこっと微笑んだ宮永さんは、そこまで言うと今度こそ教室を出て行った。 どうやら俺が分からなくて困っていた欠席者の名前を教えてくれたらしい。突然の出来事にお礼を言いそびれてしまった。 18 目次しおりを挟む |