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「雅人さん、ちょっと相談あるんだけど…」

「なんだかしこまって」

「そろそろ携帯欲しいなぁ…って」


学校から帰ってきた俺は携帯のことを雅人さんに相談した。
雅人さんの表情を窺うように携帯が欲しいと言うと、雅人さんは難しい顔をして「うーん」と唸る。
やっぱり厳しいか…。
こんなことになるなら、携帯壊れてるなんて嘘つかなければ良かった。

羽柴たちになんて説明しようか考えていると、今まで黙っていた雅人さんが口を開いた。


「いや、携帯を持たせてやることは出来るんだ」

「え!ほんと!?」


雅人さんのその言葉を聞いて、ぱっと顔をあげた。
我ながら幼稚だなと思ったが、そんなことはどうでもいい。携帯を持てるという事実が素直に嬉しかった。

しかし、雅人さんは険しい顔をしたままだ。
どうしたのだろうかと思えば、雅人さんは「でもな…」と言葉を続ける。


「携帯代はこっちで払ってあげられないんだ。バイトをすることになるが…お前それでも大丈夫なのか?」


なんだそんなことか。
俺だって、はなから払ってもらおうなんて考えていない。きっと施設のきまりで払えないんだろうけど、もし払ってもらえるとしても俺は自分で払うと言っていただろう。


「分かってるよ。そのぐらい大丈夫。高校生にもなって連絡手段が無いなんて不便だろ?」


それに、バイトをすることになってでも連絡を取り合いたいと思える友達ができたんだ。


「…まぁな。ただ、バイトをさせることによって結斗を追い込むようなことがあれば俺は…」


雅人さんは目頭を押さえながら言った。
まったく、この人は心配性なんだよなぁ。
そう思ったが、自分のことを心配してくれる人がいるという事実に幸せを感じた。


「大丈夫だから!それに高校卒業したらここを出ることになるし、バイトはその時のための社会勉強にもなるでしょ!」


そう言うと、雅人さんは目に涙を浮かべて抱きしめてきた。いちいち大袈裟な人だ。
ただ、少し、自分で言っておきながら寂しくなった。


「なにかあればいつでも言うんだぞ」

「うん」

「友達、たくさんできて良かったな。携帯はそのためだろ?」


そう言って雅人さんは俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でてきた。たくさんかどうかは分からないけど「まぁね」と、視線を逸らしながら頷く。
なんだかこっぱずかしい。


「えー!結斗いいなぁ!俺も携帯欲しい!」


死んだ目をしながら宿題をしていた啓介が、急に息を吹き返したように騒ぎ始めた。
お前1時間やって2問しか進んでないじゃないか。


「啓介はまだ中学生だろ。バイトできる歳になってから出直してこい。というか早く宿題やらんか!」


雅人さんに怒られながらデコピンをくらっていた。
ふっ、ばかめ。


「携帯かぁ。私も欲しいなぁ。そしたら早川君と毎日電話ができる…」


春香はそこまで言うと、自分の肩を抱いてキャー!と言い、顔を赤らめながら走り去った。
早川って誰だ。俺に紹介しろ。
そいつが春香に相応しいか見定めてやる。


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