大空のリング戦@
「片付けるだ? 昨晩のあの程度の力でか?」
「昨日のオレと同じに見えるか?」
─────っっ!!!
無意識に止めていた息。身体が酸素を欲している。何もしていないのに一人だけ大きく息を乱していた。
呼吸を繰り返して酸素を吸い込んで息を整えてからXANXUSさんに挑発している綱吉をマジマジと観察する。
昨日どころか今までの綱吉と別人だ。額に炎を灯すのは今までの死ぬ気弾の綱吉と同じ。だが顔つきも雰囲気も全くの別人だった。いつもの穏やかで欠点が多く周りからバカにされてる綱吉でもパンツ一枚の荒々しい綱吉でもない。自信に満ち溢れていて堂々としていて口調は強い。丸い瞳はキリッと眼力のある強いものになっている。眉間には深いシワが刻まれている。そして季節外れの白い毛糸の手袋は火が灯っている黒いグローブになっていた。
………………あなたは、だれ?
「観覧される方はこちらへ! 急いでください!」
チェルベッロさんの案内で大空戦に参加しない者は戦いの邪魔にならないようにきびきびと動いていく。城島くんと柿本くんも来ていて、校舎の影から覗いていたがチェルベッロさんに見つかり移動を促されていた。
「紗夜?」
「……あれ、だれ?」
「紗夜は初めて見るのか。あれはツナだぞ」
ツナ。……ツナとは、綱吉のこと?
何言ってるのリボーン。あれは綱吉じゃない。綱吉は………………
「あ、のっ」
綱吉らしき人が私に流し目をくれた。彼には今の私がどのように映っているのだろうか。
「頑張ってね、……綱吉!」
「───ああ」
強い意志のこもった声に瞳。ほんの少しだけ口角をあげて微笑みまた構える。
「行くぞ紗夜」
「鳴神殿! 護衛は任せてください!」
「ありがとうございますっ」
バジルさんに手を引かれてリボーンが横を走る。他のみんなはもうすでに観覧席である校舎裏に向かって走っていた。
観覧席は守護者戦同様赤外線センサーにより出入りができないらしい。
綱吉の姿が直接見えなくなる間際にもう一度振り向いた。
雰囲気も態度も何もかも違う。
だけど、あれは……綱吉なんだね。
『大空のリング XANXUS vs.沢田綱吉バトル開始!!』
観覧席に着くのと同時にチェルベッロさんの声が響き、
「え、」
真後ろに引っ張られた。リボーンやバジルさんの目が二倍ほどに開き私の名前を叫ぶ。手を伸ばされたが私に届くことはなく、不吉な音がして赤外線センサーは作動された。
勝負開始の合図が出されたので大空候補の二人はガンッバンッボワンッと体術と火を駆使して戦闘を開始する。壮絶な命をかけた戦い。
これからのボンゴレの在り方、両者ボス守護者の生死をかけた戦いが大スクリーンに映し出されているというのに集中して眺めているものは誰一人いない。城島くんと柿本くんでさえ視線を忙しなく二方向で行き来させているのだから。
「…………………ホワイ?」
「紗夜は参加しないんだろ」
「はい。鳴神紗夜様は正式な白虹の守護者。鳴神様が大空戦に参加することは認められません」
「じゃあなんで鳴神殿を外に……!」
そうなのです。
みんなで観覧席に向かい、マフィア世界で生きているすべての者がなのか、たまたまここに集ったものだけの話なのかはわからないけれど、皆さま足が速いのだ。私だって遅くないし平均ぐらいなんだけどみんなが速すぎるのだ。あと今足の裏負傷中。
スタートダッシュがほぼ同じ場合、目的地に駆け込むのが遅いのは私。それと私の速度に合わせて引っ張ってくれたバジルさんと隣を走ってくれたリボーン。目的地に駆け込む寸前にバジルさんと私は気が緩んだんだろうね。観覧席に足を踏み入れる前に手を離し、その隙をチェルベッロさんは逃さずに私を引っ張り他の観覧者たちと分断させた。
今も肩を掴まれていて動けない。左肩痛いんだよ。怪我した時あなたいたよね?
「白虹のボンゴレリングの適正者である鳴神紗夜様、リングはお持ちになられていらっしゃいますか?」
小さくだが首を縦に動かす。大空戦は白熱していて、観覧席にはチェルベッロさんの声とスクリーンからの破壊音だけが響いている。
「ありがとうございます。鳴神様には白虹のボンゴレリングを己が仕えるのにふさわしいボスにお渡しして欲しいのです」
……なんでそれを先に言わないの??
どっちにも仕える気はないけれど、どちらかといったら綱吉だよ。数秒前に言ってくれれば綱吉に預けてからここに来たのに。
「鳴神様が身を尽くす10代目の守護者でも構いません。ただし、何があってもどんな状況であっても手出しは無用です。手を出したその時点で助けられた側は失格とします」
私の混乱は置いてけぼり。返事の有無はなくても困らない。肯定以外は私の意思とは認めてくれないのだから。
立派な高そうでふかふかな、上級貴族しか座れなさそうなイスをチェルベッロさんは置いていった。一人だけ観覧席に入れてくれない寂しいハブられものは高級イスに座るとしましょうか。うわっこれ安眠できそうな柔らかさ。よし、生徒会室に貰おう。チェルベッロさんも大空戦が終わる頃にはイスの存在なんて忘れているさ。
観覧席にいる赤外線センサーで閉じ込められている面々に心配そうな表情をされたのであははと笑って大型スクリーンに顔を向ける。
大空の二人の戦いはさらに激しさを増していて突風が校舎裏の観覧席にまで届く。リボーンやコロネロが吹き飛ばされちゃう、と心配したが二人は地面に何事もなく立っている。すごいね。私は髪がばっさばさぼっさぼさになったのに。
鉄筋の校舎が風化するという恐ろしい現象が起こったりもする。リボーン曰く、XANXUSさんが手から出しているのは綱吉とは違う炎だそうだ。死ぬ気の炎は指紋や声紋と同じで一人一人個体によって形や性質が異なる。XANXUSさんの死ぬ気の炎は、過去にボンゴレ2代目ボスが使用していた憤怒の炎という名の極めて珍しい光球の炎。特徴は全てを灰に帰す圧倒的な破壊力。避けたからよかったけれど綱吉に直撃していたらどうなっていたことか。そもそも死ぬ気の炎とは何か。私はそこから知らない。
………………あの人は本当に殺すつもりで戦っているんだ、な。別の世界の人だ。……綱吉も、別の世界の、遠い世界の人みたいで……。
なぜマフィアのボスの座に固執するのだろう。私にはマフィアのボスにしがみつく理由がわからない。わかる日が来るのかすらわからない。私はどこに就職してもそこそこの地位にいれればいい。一番上になりたがる人の気持ちはわからない。全ての責任を押し付けられるだけなのに。トップにまで上りつめたいという野望を持つか持たないかの違いは男女の差なのだろうか。
XANXUSさんは武器を取る。二丁拳銃。
「2代目の炎に7代目の銃…こいつは凶悪な組み合わせだぞ……」
ボンゴレにはいろんな戦闘スタイルのボスがいたが銃を主力武器にしたのは7代目のみ。7代目は射撃の腕だけでなく炎の性質からも銃をチョイスしたそうだ。7代目の炎は歴代ボスの中でもひときわ弱かったらしく、炎を吸収する銃を使用することにした。微弱な炎でも蓄積して一気に解放すれば威力は高まる。武器のチョイスのおかげで攻撃力といえば必ず7代目の名前が挙がるようになった。
「待ってください! XANXUSの炎は7代目と違い破壊力抜群の憤怒の炎です! そんな炎を蓄積して一点に集中させたら…」
「ああ。とてつもない破壊力貫通力になるだろうな。あの一撃をくらったらツナといえど相当やべーぞ」
ボンゴレの歴史は相当な量と深みがあるらしい。説明の3割は理解不能だった。聞き返せる雰囲気でもないので全て分かっています風を装って足を組み手を組む。ふむ、と感慨深そうに頷いた。とりあえず綱吉は攻撃されたら終わりだということがわかったからオッケー。綱吉の武器は初代に酷似しているんだっけ? そこまで知ると他のボスたちの武器も少し気になったりしてくる。
目にもとまらぬ速さの空中戦。この世界に魔法はないから空を飛べる人はいないと思っていたが自力で飛べる人は存在していた。……異世界って奥が深い。前世の記憶を持って転生したら異世界でした、とかどこの小説だ。私物語の主人公になれる要素を持っているのに他が平凡だからなれない。死ぬ気の炎なんて出せ………るのかな? そういえば綱吉やXANXUSさんとは違う色だったが昨日私出してなかった? 指輪から。……指輪からなので私の力じゃないのかな? ……うん、無機物から炎が出ること自体がおかしい。このいわくつきのリングが。
XANXUSさんの攻撃が霧の二人がいる体育館の屋根を破壊した。直撃は綱吉のおかげでなかったが、下手したら霧の二人は消し炭だった。XANXUSさんは部下を消してもいいと考えているのか、それともこんなことで死なないと信用しているのか……。命を軽く見る人は嫌いだ。組んでいた手の力が無自覚にも強まった。
XANXUSさんの武器は綱吉とは違って中距離攻撃もできる。綱吉と戦いながらも校外に設置していた、動ける味方がいる嵐と雷のポールを銃の一撃でぶっ壊す。ポールの倒す方向も計算されていて獄寺くんとランボのもとに転がるラッキーはなく、ヴァリアーの二人の手元に落ちた。当たり前のように解毒をした二人。
「まずいぜ。解毒された敵の守護者が野放しになる…」
……1対3。私でも綱吉が不利なのはわかる。よりによって一般人を殺すことを何とも思っていない二人が……。この戦いに参加している時点で全員一般人カテゴリーから裏社会カテゴリーに移動済みだけど。罠だとしても9代目命令の戦いなら殺すのが正解でもある。
私はポケットから白虹のリングを取り出して手のひらに乗せる。 …………同種類のリングでしか解毒できないと説明はされていたけど、それが真実かはわからないと思わない? もしかしたらできるかもしれない。やってみる価値はあると思うんだ。
ここから一番近いのは……グラウンドの恭弥か。直線距離だと獄寺くんだが校舎内に入るのを考えると遠い。恭弥の場所は本当に近い。赤外線センサーで隔離されてしまったリボーンたちからは見えないけれど、私は立ち上がって数歩歩けば見える場所にグラウンドがあるもの。だけど手助けをしたら負け……。
「投げたら手助けじゃないよね……。ただ投げた先に恭弥がいるだけだから……」
「おっ、やっぱ紗夜もわかってたか」
え? 何を?
ぶつぶつと考えながら恭弥の名前を出すとリボーンが唐突に口を挟んできた。にやりとリボーンは余裕たっぷりに笑う。みんなは何のことかわかっていないのでクエスチョンマークが浮かんでいる。訳を求めるように見られても私もわかりません。
『おまえは…』
『ふぅん よくかわしたね』
「…………はあ!!?」
聞こえてはいけない声がスクリーンから聞こえる。ヴァリアーの嵐に攻撃した男の声がスクリーンから聞こえた。
『君……天才なんだって?』
自力で雲のポールを倒して解毒した男。毒を用意したチェルベッロさんたちも驚きで口が開いている。デスヒーターは野生の象ですら歩行不能となる猛毒。束縛が嫌うが故に意地で解毒したそうだ。
グラウンドと校舎裏の距離は近い。近いが大空の二人の迫力が凄まじく破壊音が爆大だったので雲のポールの倒れる音が私たち観覧席のメンバーには聞こえなかった。獄寺くんの耳なら聞こえていたかもしれない。
それにしても……
「人間やめてるのかよ……」
声にしたのが私だけだったけどみんな思っているさ。
象でさえ負ける毒に打ち勝った恭弥は何を目指しているのか。
恭弥が金髪を攻撃した際に嵐のリングを上に弾いていたことで獄寺くんも復活。屋上に現れてランボを攻撃しようとしていたヴァリアーの雷の守護者と対峙する。
3対3になる。人数に差はない。
状況が良くなったわけではない。守護者が増える前と変わらない。だけど私は息をついていつのまにか伸びていた背筋をまた丸めた。