白虹の守護者A


「紗夜!!」

「おい! 聞こえてるか!?」

「しっかりしろ!」


ツナが、みんなが、声をかけていく。
白い火柱が指輪から出たその直後、紗夜は表情を歪め崩れ落ちた。


「(っ、うるさい……っ)」


話しかけてきていることはわかるけど、言葉は聞き取れない。紗夜にとって話しかけてくる友人達の声は意味不明な言語の騒音でしかなかった。

炎をどうにかしないと。


「どけ」


一番に動いたのは雲雀だった。嫌う群れの中心にいようが火傷することになろうがお構いなしに早急に指輪を外そうと手を伸ばした、が炎に触れた瞬間手を引っ込めた。


「どうしたヒバリ!?」


了平の声を無視してるのか、それとも聞こえてないのか、雲雀は炎に触れた手を凝視していた。
火傷はしていない。でもじっと見つめている。


「(……………気のせいではない)」


力を失った。


手が震える。武者震いでも恐怖でも歓喜でもないのに震えている。手に力が入らない。

もし、もっと長く触れていたらどうなっていたのだろうか。

雲雀が助かったのは優れた反射神経と “もう一つ” の理由による。そのもう一つを今は知ることはない。もし雲雀以外のものが触れていたら亡骸になっていた可能性は十二分にありえていた。

彼らの頭には白い炎がなぜ出ているのかなんて考える余裕はなかった。大切な人が苦しんでいる。助けたい、これだけが頭をしめていた。涙を浮かべるものもいる。唇を噛むものもいた。


中学生とは打って変わってヴァリアーは焦ることも心配することもなく眺めていた。
ベルにとって紗夜は一度イタリアで会ったことのある女。駆け出しルーキーやそこそこ名のある暗殺者でも避けれなかった攻撃を初見で避けた一般人。血のような鮮やかな赤髪や恐怖で怯える表情には好感を覚えたが死ぬならどうでもいい。己に説教したのは苛立ちを覚えたがその他にしているのは聞いていて楽しかった。
レヴィにとって紗夜は雷の守護者と間違えて一度標的にし、部下が襲撃したがなんとか往なすことに成功していた少女。制服の上からでもわかる胸の大きさに目を奪われたが煩悩は消し去ることに成功していたのに、また視界に入れたら出てきた。ヴァリアーには絶対に存在しないふわふわした女子の雰囲気。愛らしいパジャマを身につけた紗夜に鼻の下を伸ばしかけたが敬愛するボスと憎たらしい同僚がいたことで理性が勝った。


運が良いのだろうか。


否、そうでないことはベルもレヴィも感づいている。


運がいいだけで最強の暗殺部隊ヴァリアーの攻撃を避けれるわけがない。急所を外すわけがない。運もいいかもしれないが運だけではない何かを持っていることには二人は気がついていた。その何かが目の前で行われている初めて聞くリングの存在に関係しているのか、とも予測している。ただ二人とも確信はないので声にはしない。今二人の頭にあるのは、紗夜がツナ側の白虹の守護者候補だとしたらヴァリアーにはいないけどどうなるのかだった。


XANXUSは白い炎を制御できない紗夜に笑みを浮かべていた。
見覚えがあった。紗夜が持っている特異中の特異な炎を。騙されていた時の記憶、クーデターを起こす前の記憶、9代目との関係を信じ込んでいた頃の記憶に。
古い文献にだ。初代ボスにだけ仕えた守護者とその守護者が持つリングの名が記されていた。2代目以降は見つからなかった、ファミリーを傷つけることも救うことも容易い白虹のリングの所持者。そいつは白い炎を出していた、と読んだ覚えがある。
いつ読んだかはXANXUSの記憶にはない。モヤがかかっている。白虹の守護者について書かれた本を後日探しても見つからなかった。どれだけ探しても存在しないし誰も知らない。化かされたかと忘れかけていたが、今はっきりと思い出した。


紗夜の存在はXANXUSにある感情をもたらす。

あの女は手に入れる必要がある。

欲望だ。


XANXUSは確信した。

無くなった文献には白虹のボンゴレリングは人を選ぶ、選ばれなかったものは指にはめるのと同時に命を失う、と記されていた。抗うことはできずに一瞬で命を落とすとも。
だが紗夜はどうだ。まだ生きている。芸術的な白い炎をリングから出して苦しみに耐えている。


紗夜は白虹のリングに選ばれた。
2代目から9代目までが血眼で探しても見つからなかった白虹のリングの適正者。どれだけ探しても見つからなかった守護者候補が10代目の代で見つかった。

ボンゴレ10代目という立場は特別なものなのだ。今まで存在しなかった白虹の守護者までもが出てきたのだから。

XANXUSは笑いが止まらなかった。初代以降出てこなかった白虹の守護者が目の前にいる。自分の代に現れた白虹の守護者。現れなさすぎて白虹の守護者が現れる時はボンゴレに危険が迫っている時、兵乱の兆しと密かに恐れられるようになった守護者が目の前にいるのだから。












「今助けるからっ!!」


次はツナが指輪を外そうと動く。ツナが紗夜のリングに、白い炎に触れようとした矢先にリングから発生していた炎は何事もなかったように収まった。


「〜〜〜〜うっ!!」


咳き込む紗夜にクロームは素早く隣にしゃがみこんでゆっくりと背中を撫でる。遅れたものの手の行き先はない。争いは熾烈なのだ。


「っ……ありがとうクロームちゃん」

「うん……平気?」

「……平気だよ。少し、悪い夢を見ただけだから」

「夢?」


寝ていないのに夢なんてどのように見るのだろうか。クロームは首をひねったが紗夜が答えてくれることはなかった。荒れた息を整えてお腹をしきりにさすっている。時折手のひらを確認して息をついてまたお腹を撫でるの繰り返し。
悪夢を見たことは本当のようで、全身の毛穴から汗が吹き出てパジャマが湿っていた。
死ぬかもしれない、と脅されて身につけられたことが怖かったのだろう。クロームはそのように捉えて紗夜を抱きしめた。とある人たちからの視線は痛いほど突き刺さったが気にせずに大好きな紗夜を抱きしめる。
身体を硬直させた紗夜だが、抱きついてきたのは誰だかわかるとゆっくりとクロームの頭を撫でた。


「……これで、いいですか」

「はい。鳴神様は白虹のリングに選ばれ、白虹の守護者にふさわしいことが立証されました」


クロームに離れてもらい紗夜は立ち上がった。チェルベッロは淡々と進めていく。


「鳴神様はボンゴレ10代目の白虹の守護者となっていただきます。沢田綱吉 XANXUS様関係なく、10代目の白虹の守護者として」

「えっ!!?」

「ふざけんな! 鳴神はあいつらとは関係ねえだろ!」

「ボンゴレリングは真の後継者を選びます。白虹の守護者が仕えるのは10代目にです。反論は受け付けません」


ヴァリアーの疑問は解けた。何もできない少女はいらないけれどそれが上の決定なら従うしかない。使えない少女だったらボスであるXANXUSの手で消されるだけだ。全てはボスの采配によって決まる。そのボスは今は楽しそうに喉を震わしているのだ。今のところ文句はないということ。

ツナたちは何度も反論したがチェルベッロが聞き入れてくれることはない。ボンゴレの決定だと本人の意思無視して決めてしまった。
チェルベッロは業務事項を単調な声で伝えて消える。ヴァリアーも同じく全てが終わると瞬く間に去っていった。


駆けつけたキャバッローネファミリーの者たちによって負傷者が運ばれていく。紗夜も顔色が悪いことからディーノに声をかけられたが誰もがわかる苦し紛れの笑顔で断った。怪我をした雲雀も拒み雲のフィールドに間違えて足を踏み入れてしまっていたクロームも断っていた。
運ばれたのは9代目のみ。担架に乗せられる9代目を見届けて紗夜は一息ついた。これでボンゴレから命を狙われることはないだろう。死なない限り。


何かを考え込んでお腹に触れる紗夜。ツナは紗夜をヴァリアーとの危険な勝負に巻き込みたくなかった。だけどもう遅い。巻き込まれて守護者にされてしまった。みんなとは違って勝負によって適任者を選ぶのではなくてリングをつけるという方法で。
誰とも話さない。みんな何を喋ればよいのかわからない。話しかけづらい雰囲気が紗夜から出ている。それでもツナは伺うように紗夜に近づいて口を開いた。


「その……平気? 怪我、したの?」

「…………………………え? あ、痛い。足の裏から血が出てる」


今気づきました、と紗夜は膝を曲げて足の裏を地面からあげる。グラウンドに落ちていた破片を踏んづけていたらしい。ざっくりと切れていた。平然としている紗夜の表情からは擦り傷程度だと感じてしまうが実際は包帯を巻くレベルの出血。ツナの短い悲鳴がグラウンドに響き渡った。それによってみんながまたわらわらと集まり出す。黒曜三人と雲雀は集まってこなかったが紗夜に意識を向けているようにも見える。


「ありがとうございますバジルさん」

「いえ、拙者もよく怪我をしていたことがあって手当は慣れていますから」


地面に座らせれないとバジルの羽織っていた服を下に敷いて紗夜は腰を下ろす。女には優しくしろ、と常日頃教え込まれるマフィアの世界で育ったバジル。どれだけ紗夜がやんわりと断っても有無を言わさずに座らせられた。

消毒液は染みて紗夜の眉間は寄る。己の不注意による怪我なので我慢した。
消毒が終わると包帯が巻かれる。テキパキとしていて手慣れているというのは本当のことだった。


「……バジルくん、白虹の守護者ってなんなの?」

「すみません…拙者も初めて聞いた言葉なのです」


バジルも知らなかった役割だ。バジルが偽のリングを運んで来た時ケースの中にあったボンゴレリングは7つ。もう一つあるなんて疑ったことがない。現ボス 9代目の守護者も6人なのだから。


「白虹の守護者の役割はチェルベッロが説明した通りだ」

「リボーン……お前、知ってたの……?」

「ああ。白虹のボンゴレリングは相当厄介でな、死人を続出させていたものなんだ。これ以上犠牲が出ないように厳重に保管されていた。場所は9代目と門外顧問しか知らないんだ。それなのに……あいつらどうやって見つけてきた……」

「ん? だけどリボーンは紗夜につけさせようとしてたんだろ? オレそうやって聞いてるぜ。紗夜には何かあるって」

「は!? そんなものを紗夜につけさせようとしてたのかよ!!」


問題ありの指輪について討論しているのを横目に本人は無言でバジルに手当てを続けてもらっていた。
関係ないといったように。足掻くのは諦めてしまっているように。


「どうした鳴神? 腹が痛いのか?」

「……いえ。痛くはないです」

「そうか?」

「はい」


頻繁にお腹に触れているのは誰もが気づく。了平にまで心配されたが紗夜はいつものように微笑んだ。


「…………………もう、痛みはないですから」


紗夜の声は誰にも届くことなく夜の空にとけてきえてしまった。


不快な夢を見た。
通り魔にお腹を刺されて死んだ夢を。


「(………そうだった、私は……)」


すぐ傍らでは白虹のリングについて説明されており、終えるとツナを筆頭にリボーンをみんなで責めていく。獄寺と山本と了平はあまり強く言わなかったが納得はしてなく硬い表情をしている。

リボーンも紗夜に今すぐつけさせる気はなかった。候補として目をつけといて、命の安全を確認してから実行させようとしていた。だがツナとディーノはリボーンの想いを読み取ってくれず、ぎゃあぎゃあとやかましい。リボーンは自分にも悪いところがあることは理解していたので、我慢していたがついに限界が来た。へなちょことダメな生徒の非難に足が勝手に動いていて、気がついたら蹴飛ばしていた。


「……バイオレンス〜〜」


目の前で行われた暴行。自分を心配してくれる友人たちに紗夜は嬉しそうに口角を上げた。思い出してしまった記憶はどこにも漏れないように固く蓋をして。