キーパーソンになると誰が予想していたか
「うわあああああああぁぁぁぁぁ!!!」
「お願いだからっ! 帰ってよ!」
「あああああああぁぁぁぁぁああ!!!」
子どもの泣きじゃくる声を代表したかのような大きさと暴れよう。
お買い物帰りに私の行く手を阻んだのは牛柄の服を着た爆発したアフロパーマの二頭身の子と眼鏡をかけた顔にまだ幼さが残っている中学生らしき二人組。子どもが道路のど真ん中に寝転がって短い手足をバタバタと動かして暴れている。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃ。道路にも液体が飛び散っている。眼鏡の少年は少し離れた場所で髪をかきむしっていた。
「……大丈夫ですか?」
「っ、すみま……………………………」
無視して通るのもなんだし少年に声をかけると少年は喋らなくなった。顔を赤くして真後ろに逸らしてしまった。大丈夫じゃないの? 大丈夫なの?
「あのーー……」
「うわああああああああああ!!!!」
えっ? 叫んだ原因私? 話しかけちゃダメだった?
この子たちは兄弟かな? 似ていない気はするが似ている兄弟も少ない。
癇癪を起こしているアフロの子。何をどうしてこうなったのだろうか。少年の足元には抱えれるぐらいの木箱。
兄弟仲良くお買い物していた帰りに弟が疲れたとかお菓子が欲しかったとかで泣き出してしまったのかな? 今夏休みだからお兄ちゃんは学校がお休みで家事を手伝っているんだ。えらい。
「あのっ!!」
「はい?」
少年が私に顔と身体を向ける。びしっと背中を真っ直ぐに姿勢良く立つ姿は見本にしたいほど美しい。だが顔だけは落ち着きがない。目はキョロキョロとしているし汗顔しているしでどうしたのだろうか。
「ぼぼぼぼ僕っ入江正一というものです!!」
「……はい」
なんで自己紹介されたのかな。この子並盛中の人だっけ? ……もしかして、生徒会に入りたい人だろうか!? 眼鏡している人は頭いいだろう、きっと!! それなら嬉しいっ。ようやく希望者が現れてくれた。掲示板に張り紙したら恭弥がゴミだと捨てたこともあった。ゴミじゃないんだよ必要なものなんだ。一人でする量ではない。
この子を逃してはいけない。入江、だっただろうか。入れればそのあとは逃がさない。入れるまでをどうにかすればいい。
とりあえず優しくアットホームですよ、と印象づけるため笑顔は絶やさないでいよう。
「私鳴神紗夜といいます」
生徒会入会希望なら名前ぐらい知っているよな、と自己紹介した後に気が付いた。バカだと思われただろうか。実際そこまでよろしくないんだよ。
笑顔笑顔、と意識しながら手を出すと入江くんは手を服でごしごし拭いてからおそるおそる握手をした。……どんな握手の仕方だ。私は有名人か何かか。
「僕っ、そのっ、えっ、と……」
よし、来い、言え。
生徒会入会希望ですと叫べ。入ってしまえばこちらのもの。
急かしてはならない。ゆっくりとにこにこ待つのだ。ゆとりを持て。
入江くんはゆでダコになっている。そんなに照れることはないんだ。いいんだよ、こちらはウエルカム!!
「前に、街で鳴神さんに助けてもらってっ。宗教の勧誘からなんですけど、覚えてますかね!? その……」
覚えているような覚えていないような。助けてもらったお礼に生徒会に入りますだろ? ありがとう。さあ!! 早く言いなさい!
「ぼ、ぼく……」
シワが残るほど服を握りしめる入江くん。緊張しているんだね。大丈夫大丈夫、返事はうん一択だから。
「その、あなたが───」
「うああああああああああっっ!!」
何かぱくぱく入江くんの口は動いていた。人生で一番勇気を使ったみたいに頑張って、マンガで見る告白みたいな雰囲気を醸し出した生徒会入会希望の声はずっとBGMで流れていた泣き声にかき消された。入江くん真っ白になってしまっている。さらさらと灰が崩れていく。
おいおいおい、弟くん空気読めよ〜。五歳未満の年の子にわかるわけはないが私は今世ではできていた。当たり前だ。
お兄ちゃんのこれからの学園生活のあり方を変える一つを弟くんが邪魔してしまった。先にこの子を宥めよう。そして泣き止んだら私から勧誘しよう。
「弟さんに触れてもいいですか?」
「弟? ……ランボですか!? どうぞ!!」
らんぼ、か。兄に比べるとキラキラネームだなあ。どうやって漢字書くんだろう。少し気になる。
ランボに近づいてすぐ隣でしゃがむ。じたばたと大暴れしていて液体まみれでできれば触りたくない。ひっかかれそうだし汚いし。この年の子なら仕方ないのかな? いくつなのかは知らないが。
「ぼく、大丈夫?」
「ひっ、うぐっ、ひっうぇ……」
少しだけおさまってきた。えっえっえっと泣いてはいるが大声で暴れるのはなくなった。心配して欲しかっただけではないだろうか。寂しかっただけじゃないかな? 入江くんもほっと息をついている。
「お前……誰だもんね……」
「紗夜だよ、鳴神紗夜」
カバンの中に入っていたポケットティッシュを出して液体まみれの顔を拭いていく。ただし困ったことにゴミ箱がない。何重にもくるんで買い物袋の中に入れとくしかないか。
「わっ」
拭き終わったらランボがジャンプした。飛び跳ねて私に抱きついてくる。落ちないように支えてだっこした。
温かい子ども体温。小さい身体。少し力を入れたら壊れそうなか弱い子ども。丁重に扱わないといけない。小さい子はみんな可愛い。ランボも可愛かった。小さな手を胸に置いてじっときゅるんとした瞳で見上げて大きく口を開いた。
「紗夜おっぱい大きいんだもんね!」
子どもは正直なんだ。善悪がわからない。建前がわからない。言っていいことと言ってはいけないことがわからない。
ランボから出た下品な言葉は私と入江くんをぴしりっと固まらせた。ペチペチと胸を触るランボ。置き場所がないから何も考えずに置いているだけだと思ったら下心満載だった。
「……弟くん泣き止んでよかったね」
「嫌だもんね!! ランボさん紗夜にくっつく!!」
ランボ一人だけならよかったがこの場には年頃の少年がいる。学生がいる。そんな場所で大声で大きいなんて言われたら恥でしかないだろう。私の顔は今引きつっているはずだ。笑顔もおかしなことになっていることだ。入江くんなんて熱があるのではないかというほど真っ赤っかになっている。
脇の下を掴んで入江くんに渡そうとしたら胸にしがみつくのだ。
「ちょっとランボ!! やめてよ! お願いだから!! 鳴神さんに悪印象与えないで!!」
「嫌だもんね!! ランボさん紗夜がいい!」
入江くんも引っ張るけれどランボも離れまいと力を入れる。服が伸びる。これお気に入りなんだよっ、やめてやめて、可愛いのに可愛すぎないから好きな服なのにっ!
「リボーンさんのところ行くんだろ!」
「……リボーン?」
どこかで聞いたことある名前だ。綱吉の近くにいた赤ちゃんもどき。赤ちゃんだけど別の世界で生きたみたいな人。私たちが一つ歳をとる間に10年間分の時間を過ごしているのではないかと思える違和感がある人。だけど前世持ちではない人らしい。
私の呟きは大声で掛け合いをしているランボと入江くんには聞こえていない。
リボーン関係なのこの子?
……違うな。リボーン関係でもただの子どもだ。リボーンみたいなよく分からない威圧感を醸し出すことはない。普通の子どもだ。
「ランボさんお腹空いたから動けないもんね」
「ああ〜〜〜〜〜!!! もうっっ!!」
入江くんが苦労人だということはわかった。どれだけ引き剥がそうとしても頑なにランボは動かないしだからといって力ずくでやれば私の服が死亡する。入江くんは何もできずに頭を抱えてしゃがんだ。……うーん。
「お菓子食べる?」
「食べるぅ!!」
お買い物帰りだ。お菓子は買ってある。学校に内緒に持っていて食べるように。糖分がないとやっていけない時があるんだ。
ランボに一度離れてと頼むと頭にのぼってきた。胸からいなくなって欲しかったからよいけれど頭に移動するとは何事だ。
確か買ってあったはず。あった。飴とグミを取り出して「どっち食べる?」と尋ねると「あめだま!!」と溌溂としたお返事が。飴をいくつか取り出すとランボはきらきらした瞳で受け取った。
「紗夜いいやつだもんね。リボーンやツナなんかと違う」
「……綱吉?」
「ランボさんあめすき」
なぜここで綱吉の名前が出てきたんだろう? ……他のツナさんかもしれないよなあと首を横に振る。
入江くんにも飴をいくつかあげると赤面して120度ぐらいの角度で頭を下げた。わあ、礼儀正しい。
「紗夜紗夜!!」
「なあに? 飴もっといる?」
「いる!!」
両手を大きく伸ばしてくる。頭の上からは降りてくれない。結構辛いんだ頭に人が乗られるのは。明日変な痛みが残っていそう。
ランボは受け取った飴玉を口にいれてころころ転がす。入江くんにももう何個か渡すべきかな、と彼をちらりと盗み見ると……変人だ。太陽に向けて手を伸ばして飴を崇めていた。怖っ。そしてポケットに入れる。今は食べたい気分ではなかったようだ。
「紗夜!」
「もう一個?」
「うん!」
後もう何回も続きそうだったので袋ごとあげた。100円ちょっとだ。中学生の金銭事情としては辛いがくれてやろう。とても幸せそうにきらきらとしてくれるのだから。
「紗夜!」
「も〜ないよ」
「紗夜いいやつだからオレっちの愛人にしてやる!!」
最近の子はませているなあ。この子いくつなのだろうか。愛人という単語を知ったのは私はいつだっただろうか。少なくとも小学校入学前ではない。だからランボは早すぎる。昼ドラで覚えたのかな? お母さんの影響だろうか。
「ちょっ!! ランボ! 鳴神さんに迷惑かけないで!! ほらリボーンさんのところ行くよ!!」
「うびっ!」
入江くんがランボくんを引き剥がした。首がしまったようなうめき声がしたが大丈夫なのだろうか?
「ランボさんリボーンを倒すんだもんね!!」
ぱたぱたと駆けていくランボ。大丈夫だったみたい。
子どもは切り替えが早くて羨ましい。リボーンとはやはりあのリボーンなのだろうか。
「あの……………また!!」
「うん」
入江くんも何か言いたそうだったが地面に置いてあった木箱を抱えて走り去っていく。
不思議な兄弟だ。
ようやく通れる、と入江兄弟とは真逆の方へ歩いていく。
入江兄を勧誘する暇はなかったので二学期初日にクラスを調べて誘いに行こう。大きな戦力になってくれると嬉しいな。
歩き始めて数秒後、ドーンバーン、と爆発音が後ろから鳴った。なんだろうなんだろう、と気にはなったがとても怖くて確かめることは出来ずに私は走って逃げることにした。確かあの付近には綱吉の家があったはず。夏休み後に覚えていたら聞いてみよう。