涙はきっと催花雨に


昨日の夜に突然思い出した。ディーノさんに会わないといけないことに。でももう夜遅かったので昨日はぐっすり眠った。明日にすればいいから。
だから今日は早起きをした。早起きしてリボーンに教えてもらったディーノさんのいる場所に向かう。ディーノさんがいるのは例の廃病院。みんななんで病院に集まるんだろう。私は病院好きじゃないからあまり行きたくないんだけど用事があるのだから仕方ない。

早朝で人はほとんどいない。夜遅くも非常識だったけど早朝も非常識だ。でも今日学校あるんだから日中は無理。だからといって放課後にしたらディーノさんいなくなっているかもしれないし。


病院にたどりついてエントランスを開こうと手を伸ばしたらひとりでに開いた。


「あ……」


たまたま向こうから出てこようとした人がいたから。


「おはよう骸。昨日勝ったんだってね。おめでとうとありがとう。あとね、私今回は巻き込まれなくてすむよ。なんかリボーンが今は見逃してくれるみたい」


少女の姿をした骸がいた。骸らしくないおどおどとした態度。バラ色に染まった頬。はにかんで俯いてまた顔を上げて俯くの繰り返しをしている。それでもペラペラ話していたら骸が小さく横に首を振った。


「違う……」

「へ?」

「私、骸様じゃない……」


少女はまた俯いた。
骸じゃない? あ、骸の精神は今はなくてこの少女の精神ということか。だから骸らしかぬ可愛らしさがあったんだな。あ、態度がってことね。見た目は変わらないから。


「ごめんね急に変なこと言っちゃって。おはよう」

「……おは、よ……ございます紗夜ちゃ……紗夜様」

「いいよ〜様じゃなくてちゃんで」

「……いいえ。紗夜様」

「おお……」


私たちは主従関係を結んでいるわけではないんだから様呼びしないでいいのに。骸を様づけする人は柿本くんで見ていたからあまり驚かなかったけれど、自分がされると心臓ばっくばくになるね。この子はもしかして全員を様呼びして呼ぶ体質の人間だったり……しないよねぇ。骸を様呼びする理由はこの子と骸の間柄にいろいろあるんだろうが、私とこの子の間には何もない。
少女はもじもじと恥じらいながら私をちらちらと上目遣いで見上げる。目が合うとバラ色の頬はさらに真っ赤になって顔全体に広がる。耳までもだ。


「中にディーノさんいる?」

「ディーノ?」

「金髪のイケメンさん」

「………ごめんなさい。わからないです。……ごめんなさい紗夜様」

「いやっ、自分で探すし! 全然大丈夫だからっ!!」


泣きそうに、まるで自分の価値なんてないといったように落ち込む少女。
ディーノさんがここにいることは知っているからただ話をしたいためだけの話題だったのに! そんなに失望するとは思わなかった! ごめんね! もしディーノさんいなくてもここで待っていればくるだろうし、ね!
そういえば今思い出したけど電話番号知ってる。電話して待ち合わせでもすればよかったんだ。……何やってんだ私。


「そ、そういえば……名前聞いてなかったね。名前は?」

「……クローム」

「クロームちゃん?」

「はい。クローム髑髏です」

「あれ? 日本人だよね?」


今度は首が縦に動いた。外国人さんみたいな名前だ。ハーフさんみたいだ。そもそも名前に髑髏とついている時点で本名か疑うけど。でも前例に骸がいるからな……。これで怪しむのもおかしいし。
………………ん? 待てよ? 前会った時に直接聞いてはないけどお母さんらしき人がクロームちゃんの名前を呼んでいた時に出くわしている。確かクローム髑髏ではなかった。髑髏と呼ばれていたら絶対に記憶に残るし、クロームでも日本人にしては珍しいなと当時の記憶に残る。ハーフさんでもないし……………確か、あの時の名前って…………


「紗夜様?」

「あ、ごめんね。私は鳴神紗夜です」


名乗る前から名前を呼ばれているから知っているだろうけど。わざわざ自己紹介する必要はなかったかもしれないが礼儀だよね。自己紹介されたらするのが礼儀だよね。まだ活動している人間が少ない、後一時間は眠っても平気な時間に病院に来た私が礼儀とかないけど。


「ご存知です。……紗夜様は……忘れて、しまいましたか…?」

「何を?」

「っ、いいえ」


やっぱり知ってるよね。知らなかったら出会った時から紗夜様呼びしないよね。
後半少女が何言ってるかわからなかった。少女はなぜか悲哀に満ち溢れたように唇を真っ直ぐにして深く頭を垂れた。ちらちらと顔をあげようともしない。


「………………クロームちゃんでいいかな!?」

「……はい」

「クロームちゃん勝利おめでとう! 最強のアルコバレーノに勝ったんだってね! 怪我もなさそうであんし……安心したよ!」


そういえば右目潰れてたんだ。だけど怪我がなくて安心したよでいいよね。今回の勝負では怪我していないんだから。初の無傷生還者なのだから。


「……違います。私は、負けました」

「? 勝ったて聞いて……」

「勝ったのは骸様です。私は何もできませんでした。私は、負けてしまいました」


力強く短い三叉槍を握るクロームちゃん。骸と同じ武器。


「……私の力で勝ちたかったです。骸様のために……紗夜様のために……。紗夜様をヴァリアーに渡したくない……紗夜様は私の……………………」


どれだけ聴力に全神経を傾けても続きは聞こえなかった。声ちっさい。俯いて地面に向かって喋っているから本当に聞こえない。ボソボソと独り言のように。もしかしたら独り言じゃない? 私と話していないんじゃない?


「ご、ごめんね。引き止めて」


ふるふると横に首が振られる。
わ、私何かしちゃったかな〜〜? 泣かれそうなんだよ。早く視界から消えた方がいいのかな、ととりあえず最低限の用件を済ませるためにスクールカバンのポケット部分からお守りを出そうとする。渡して帰ろう。昨日作ったお守り。だがカバンにはない。

忘れちゃった!?

カバンのあらゆるところを探して「ちょっと待ってて」と頼んでまでガサガサと漁る。

何でないの!?

急にカバンの中身をぐっちゃぐちゃにする勢いで何かを探す私にクロームちゃんは顔を上げてきょとんとする。
本当にどこやったっけ、とダメ元でポケットに手を入れたらあった。そうだ、忘れないように携帯と一緒にスカートのポケットに入れたのだった。
ポケットからお守りを三つだして恭弥の分だけまた戻す。二つ、青色のお守りを出す。よし大丈夫間違ってない。間違ったところでこの下手な刺繍なら問題ないけど。


「えっ、とこれ……」

「紗夜様?」

「素人の手作りで申し訳ないんだけど……お守り。一応、必勝祈願と安全祈願の……」

「私、に?」

「クロームちゃんと骸の分で……」


手渡したら反応がなかった。お守りだけをずっと見入ている。うんともすんとも言わない。


「その……裁縫があまり得意ではなくて……わかってるよ! 文字読めないよね! 一応必勝と安全って書いてあるんだ! こことここ! 骸が三叉槍の方でクロームちゃんがネコのほうね! 絵もわからないよね! 同じに見えるよね!」


嘘でもありがとうを言われないこの沈黙は辛い。どんどん早口になっている。捨ててもいいから何か言って欲しい。でも捨てるのは私がいないところで私が見ないゴミ箱でお願いします。わかってる。周りを縫うのはそこそこできているけど刺繍が壊滅的なのはわかってるの!! 私だってこんなお守り───


「なんで……」


ようやくクロームちゃんが出してくれた声は震えていた。怒っているのかと思って慌てて謝罪したがそうではないらしい。顔を上げたクロームちゃんの目は潤んでいた。


「私に、なんで、ネコ……」

「え?」


そこ? 汚いお守りよこしやがってじゃないの?


「好きだったでしょ? ネコ」


私 クロームちゃんのことあまり知らないんだ。昔少しの期間会っていただけだから。その時にネコ一緒に撫でたじゃない。あ、思い出したこの子がその時に使われていた名前。凪だ。母親らしき人がそう呼んでいた。


「…………………っっ、」

「ええ!? ごめん、ね? その、捨てていいから、ね? そんなのも手間だよね! ここで回収するから!」


ぽろぽろと大粒の涙をこぼしてしまったクロームちゃん。いつの間にかネコ大っ嫌いになっていたかな!!? 出会った頃は大好きでよく子猫撫でてたのに!!
クロームちゃんからお守りを回収しようと手に触れたらきゅっと強くそれでも繊細にお守りを握られてできなかった。


「おぼ、えてて、くれた、の……?」

「なにを……?」

「私、のこと。紗夜ちゃんは、私と違って……友達多いから、……こんな私忘れてると、思ってた」

「……いや、私友達少ないし……」

「たった数日、だったのに………………覚えて、てくれた……」

「まあ……」


忘れていたけれど。お守りを作っている時にようやく思い出した。ということは昨日ですね。名前は今です。

そんなことを言えるわけはなく、とても心配していますといった表情をクロームちゃんに向ける。だからなのか、さらにクロームちゃんは涙をこぼして嗚咽を漏らした。


「紗夜っ、ちゃんは……っ、わたしみたいな……へんなっ、子、忘れちゃってっ………るとおも、ってたのに」

「クロームちゃんより私の方が変な子だよ」

「違う!!」


すぐさま否定してくれたことに「ありがとう」とクロームちゃんの頭を撫でるとさらに左目から涙が。


「ごめんね。約束破っちゃって。あの日行けなくて」

「っ、うう、ん……っ、あれはっ、わたしのせい、っだから……」


クロームちゃんを抱き寄せて背中に手を回す。ビクリと一度身体が強張ったが抵抗はない。


「覚えてて、くれた……私のこと、嬉しい」

「クロームちゃんも覚えててくれてありがとう。嬉しいよ」

「ほんと……?」

「うん」


クロームちゃんは二つのお守りを片手で愛おしげに握ってもう片手を私の背中に回す。クロームちゃんの荷物が全て地面に落ちた。


「おま、お守り……大切にする……っ! 紗夜ちゃんが作ってくれた、お守り……!!」

「ごめんね上手くできなくて」

「そんな、ことない。ネコだって、わかった。紗夜ちゃんの絵、覚えてたからっ!」


私の記憶には絵を書いた覚えはない。だめだなこの脳みそ。でも仕方ないよね数年も前のこと。でも断言できる。ラクガキのような出来の刺繍より絵の方が何百倍も上手く描けるから覚えていても無意味じゃないかってね。

そんなこと今言えるわけないけど。


「あの、ね! わたし……っずっと紗夜ちゃんが、好きだった……!! 大好きなの……!」


胸に顔をうずめて泣きじゃくるクロームちゃんを私は力強く抱きしめる。


「ずっ、と……大好きなの……! これからも……!!」

「ふふふ それは嬉しいな」

「骸様っ、から紗夜ちゃんのこと……教えてもらった時、嬉しかった、だけど、怖かった……!」

「どうして?」

「忘れ、られてる、とおもった……。だから、会いたくなかった……けど、会いたかった……」


その先は言葉になってなかった。喋る声より泣き声の方が大きくて聞き取ることができなかった。


「……また前のようにたくさん話そうね」


クロームちゃんの抱きしめる手が強くなる。それが答えだ。


「ありがとう……っっ! これからは……っ、私が守るからっ」


その声だけが唯一聞き取れて「ありがとう」と口にした私の声は自分でも驚くほど柔らかいものだった。