雨の想い


「今日は山本くんなんだってね」

「え!? どこで聞いたんだ?」

「……………………勘?」


てへっ、と誤魔化すように笑った紗夜。誰が紗夜に教えたのかはバカなオレにはわからねぇ。ツナが紗夜を巻き込みたくないといった意見にはオレも賛成していた。だから何も教えてない。それなのになぜなのか。……もしかしてヒバリか? ヒバリだけツナの宣言聞いてなかったからな。だけど紗夜ならヒバリに聞いてるならそう言いそうだ。隠すようなことはしなさそうだけどなぁ。


「宿題あげる」

「げっ……」

「あ! それは山本くんも溜め込んでいる口だ」

「ちょっと今忙しくてな……」

「あはは だろーね」


「だけど獄寺くんは毎日真面目にやってるよ。天才気持ち悪い」と紗夜はさらりと獄寺に対して毒を吐いた。それには苦笑いだ。すげぇな獄寺。修行と並行して宿題もできるなんて。あいついつもはやらないのに。
ツナやセンパイも溜め込んでいる口らしくて紗夜は微笑みながら教えてくれた。


紗夜がオレの家の道場に来たのは久しぶりだ。今のマフィアごっこが本格的に始まる前まではいつも宿題を届けに来てくれたけれど笹川先輩の戦いが終わった次の日からはなぜか来なくなった。今聞いたらどうせ届けてもやっていないと思ったから、だと。正解だった。紗夜はオレのことわかっているんだなと嬉しくて笑っちまった。


「……まだ修行中なんだね」

「ああ!」


紗夜は少し暗い顔になった。なんでだ? オレ何か変なこと言っちまったか?


「…………………………勝て、そう?」


言いづらそうに紗夜は俯く。自信なさそうな弱い声。
オレはそんな紗夜に大股で近寄りしゃがむ。正座している紗夜の前でニカッと口を横に広げた。


「もちろん! 時雨蒼燕流は完全無欠最強無敵なんだからさっ」

「……なにそれ」


紗夜はオレの声に顔をあげてふっ と柔らかく笑った。


「修行の邪魔しに来てごめんね。それ聞けて安心した」

「帰るのか? ……待てって紗夜! 外もう暗いから送ってく!」

「平気だって。その時間は修行に使ってよ。私は山本くんに勝って欲しいから」


靴を履く紗夜に何度も送るから待てと告げても紗夜は首を縦に振らない。
いつも思う。紗夜は危機感がない。暗い夜道は危ないに決まっている。変なやつだって出るかもしれない。それに対して紗夜はいつも

夜道だろうが日中だろうが危ない人は出る時は出るよ

って。部活でオレが帰るの遅くなって紗夜も生徒会活動で遅くなって、下校時間が重なってもいつも断る。ファンクラブが怖いとかどうのこうの。紗夜ってファンクラブあることをその時に知った。野球部のやつに聞いたらひっそりと存在しているらしい。
この前ヴァリアーに遭遇しちまったばっかりなのに何で紗夜は一人で夜道を歩こうとするんだ。紗夜は人に頼ることがほとんどない。あってもヒバリが主で、オレに対してはゼロに近い。


「だからあぶねーって」

「平気平気」

「変なの出るかもしれないんだから」

「大丈夫だから修行の続きしててよ」

「そうは行かねーよ。紗夜は大事なダチなんだからほっとけねー」


そうだ。オレにとって紗夜は大切な友人なんだ。
オレがやさぐれて自殺しようとした時、紗夜はオレのために本気で怒って心配して泣いてくれた。暴力を嫌う紗夜がオレを叱るために思いっきり叩いた。痛かったけれど嬉しかった。ここまでオレのために怒ってくれる人がいることに。
その前の球技大会でも紗夜は変に聞いてこないで誰も来ないように生徒会室に入れさせてくれた。他のやつらみたいにどうしたんだ、とも今日のお前少し変だ、とか聞いてこないで黙々と書類と向き合っていた。オレが変だったことも周りに言わないで心の内にとどめといてくれた。

嬉しかった。オレの屋上ダイビングをほとんどの友人が冗談と片づけた中、ツナと紗夜だけは本気で信じてくれた。オレの悩みに向き合って止めようとしてくれて怒ってくれた。


「……………私は、山本くんに勝って欲しいの。お願い」

「っ、………………そこでそれはずりぃーよ」


あまり頼み事をしない紗夜がオレにお願いをしてきた。そう言われたらオレが引き下がるしかない。「絶対に気をつけろよ」と心配すると紗夜は「平気」とからから笑う。


「それじゃあ怪我しないでね」

「あーー……それは約束できねぇかも」

「そっか。じゃあ……死なないでね」


紗夜は悲しそうに微笑む。

わかっている。今回のマフィアごっこは本気で命の取り合いをしている。笹川先輩の相手にランボ、獄寺に獄寺の相手も命の保証はなかった。相手は本気で殺すつもりできている。マフィアごっこのスタジアムを作っているあいつらも止めようとはしない。


「………もちろんだ。絶対に死なない。相手も死なせないからな」

「…………………ありがとう」


紗夜はそれでもかたい笑みのままだった。紗夜が帰るのを見届けてまたオレは素振りを始める。

オヤジが教えてくれた時雨蒼燕流。無敵で最強の流派。
絶対に負けねー。そして誰も死なせない。オレの戦いでは絶対に誰も。


教えてくれたんだ大切な親友が。死んだら全て終わりだと。オレのために怒って泣いてくれた。友達と騒ぐことも遊ぶことも家族と過ごすことも、もう何もできないんだと教えてくれた。大切な人たちと一緒にいることができないって。


「……勝ってみせるさ」


オレにとって紗夜は大切な友達だ。オレに大切なことを思い出させてくれた親友だ。ツナや獄寺たちと同じくらい大切な人。

これからもツナや獄寺、紗夜たちと一緒に遊びに出かけてバカするためにオレは絶対に今日の勝負勝利してみせる。