嵐の想い


「なんか恭弥が朝から三階の教室全て備品が揃っているか確認しろとかなんとか無茶言ってきてね。てかいつ帰ってきたんだよ」


昨夜オレの戦いは終わった。嵐のリングは敵のベルフェゴールに奪われてしまいオレの負けという形で幕を閉じた。
相手は頭が狂っていて、命を落としてでも勝とうとしたオレに10代目が叱責した。あの10代目が怒った。怒ることなんてほとんどない10代目が “ふざけるな” と。オレが死んだら意味がないと。またみんなで雪合戦して花火観たいがためにオレは生き残り、負けた。


「図書室も一つ一つ全て本があるか図書委員と協力して確認したの」


ベルフェゴールのナイフとワイヤー、そして嵐を模擬して作られたハリケーンタービンによってオレの身体はボロボロだった。包帯を身体中にぐるぐるに雑に巻かれてベッドに横たわっている。


「案の定ないよ。そうやって報告したら恭弥が万年筆折った。あと生徒会室も資料がいくつか消えていた。私もペン折りたくなった。最初から作り直しだって」


今日は雨の戦い……山本だ。あいつに任すとか癪だが仕方ねぇ。オレは負けちまってもう誰も負けることができねーから。他は霧と雲。ヒバリに任すのもほんとーーーーっだったらやりたくねえがあいつにも任せないとならなくなった。霧はいまだに誰だかわかってない。10代目も知らないそうだ。


「昨日荒らしただろう獄寺くんたちにやらせようとしたら来ないし。なので腹いせにお見舞いにきたのが本当の理由です」

「そうかよ」

「そうです」


ずっと独り言のように話していた鳴神にオレは顔を向ける。ぐるぐるに巻かれた包帯のせいで目しか出ていないが鳴神はオレが見たことに気がついて微笑んだ。


「これ宿題。できなさそうだったらやらなくていいから」


怪我は大したことないが、あんな奴がつけた怪我なんて大したことねーに決まってるがおおげさに全身に巻かれた包帯のせいで鳴神は勘違いしている。動けないほどの怪我だと。


「……お疲れ様。お大事にね」


オレが負けたことにはいっさい触れずに鳴神は眉を下げて笑った。困ったような笑い方。なぜ今困ったように鳴神は笑ったのだろうか。あいつはいつも笑いたくない時でも無理して微笑んでいる。自分を押し殺して口角を上げて嘘をついている。


「おまえもな」

「……私どこも怪我してないんだけど」

「肩」

「あーー、獄寺くんに比べればかすり傷だよ」

「大事にしろよ」

「うん。ありがとう」


怪我人のところに長居はしない、と鳴神は宿題とお見舞い品を置いて帰っていった。

大事にしろ。怪我ではない。もっと自分を大事にしろという意味だ。オレも10代目や………………シャマルが気づかせてくれなかったら命を大切にはしなかった。オレの命なんかより強くなることの方が大事だった。10代目のために……そして───鳴神のために。


10代目の右腕となる、これはオレの目標であり使命だ。10代目に負けて慈悲深く敗者のオレを救ってくれた日からオレは10代目のために日々努力を積み重ねてきた。
そこに現れたのが鳴神だった。鳴神のことは転入初日から知っていた。席が前後で真っ赤な赤髪がいつも視界に入っていた。平凡な学校で浮きだっていた赤い髪。オレの銀も目立つが鳴神がいたことで1-Aではそこまで珍しそうに見られることがなかった。女子どもがやかましく何か言ってくる程度だった。

ただの女子だった鳴神がいつのまにかオレの中で大きくなっていった。最初は10代目と馴れ馴れしい女ということで睨んでいたが鳴神はそんなオレにも怯えず騒がずに他と同じように平等に接してくる。薄ら笑いで。何か足りていないような微笑み。それが鳴神に対していつも思っていたことだった。だが支障はないしどうでもよかったので指摘する事は最初のうちはなかった。

オレが鳴神とちゃんと関わるようになったのは屋上で鳴神がタバコの匂いが好きだと言った時からだ。その後の展開は早く、10代目や山本と変わらないほどの仲になった。二人で会うことも多く、そのことは10代目も知らない。鳴神には気がついたら家族のことを話していたり、ピアノの演奏を聴かせていたり。鳴神も家族のことを笑いながら話してくれた。別居している、と。その笑いは諦めたような笑顔。何も先入観が無ければただの笑みだったのかもしれないがオレには諦めたような笑みに思えた。
いつも諦めたような笑い方をしているわけではない。楽しい時は大口開けて笑っているし、笑うところがわからない時に急にお腹をおさえて笑い出すし。あいつはよくわかんない女だ。


オレとは違って平凡に暮らしてきたと思っていたが実際は全然違かった。
オレが鳴神に惹かれていることに気がつくのは早かったのだろう。だがこの想いはまだ恋とは呼べなかった。だからオレはこの気持ちに早々に蓋をした。蓋をしていつも通り接した。これ以上実らないように。それは辛いような幸せなような、よくわからないものだった。

鳴神と一緒にいるのは案外苦痛ではない。だから動物園では二人で入園し、邪な野郎たちからは隠し、イタリアに行くことも10代目はもちろん、鳴神にも伝えた。


そんないつも通りの日常が急に変わったのは骸の件だった。オレは大事なところで骸に憑依されるという右腕失格なことをしてしまい鳴神の安否を確認したのは病院でだった。病院のベッドで身体を起こしている鳴神。服で隠されている部位、腹とももを縫った鳴神。オレより治りは遅く痛みにも慣れておらず、そういう些細な出来事が鳴神とオレは違う世界で生きていると感じさせた。

絶対に巻き込んではいけなかったんだ。鳴神や10代目の辛そうな顔を見るたびにオレは後悔でいっぱいになった。


今回の修行中は、シャマルにふざけたことで声をかけられて取り乱した。


紗夜ちゃんをナンパするとしたらどうやってする


ナンパと新技は同じとかぬかしたことを言い始めた時。あの時だけは本気でシャマルにボムを投げつけてやろーかとダイナマイトを握りしめた。

その後もシャマルはガンガン言ってきた。


紗夜ちゃんのくどき方教えてやろーか

早く告白して振られろ

お前みたいなめんどくせーガキどもに好かれる紗夜ちゃんはかわいそうだな


うるさくて無視してたが全て耳には入ってきた。


オレが鳴神に対して恋愛感情を抱く事は過去にも幸いなく、これからも絶対にありえない。鳴神は10代目の想い人だ。そんな人に手を出すなんてことは絶対にあってはならない。


オレも鳴神も一生お互いに対して恋愛なんていう感情は抱かない。鳴神は10代目と共になる。10代目は少しお鈍いのか、まだ鳴神が好きなことに気づいていない。だが最近笹川より鳴神を気遣って心配して寄り添っている。本人もそれには気がついていて安心した。後もう少しで10代目はお気づきになってくれるだろう。


オレは鳴神に好印象を持っている。それは友人として、だろう。友人に対する気持ちがあまりよくわからないが、鳴神とは今後も付き合いが続けばいいと思ってはいる。そのために今回の争奪戦は絶対に勝たないといけない。野球バカに託すのはひっじょーーーに不快だがあいつならどうにかしてくれるだろう。ここで負けたら鳴神にも必ず追っ手が行く。鳴神がオレたちの関係者だとはすでにヴァリアーに知られてしまった。


……もう、母のような人を出してはいけない


だからこそこのリング争奪戦、残りは全て勝たないといけない。オレは負けちまったが山本とヒバリと霧のヤツには勝ってもらわねーと。


オレにとって鳴神は気の許せる友人のような存在だ。
これは一生変わらない。変わらせない。


次会ったら10代目がオレにしてくれたように鳴神に約束事をとりつける。花火を観て雪合戦をして。これから先も一緒にバカできるように。オレが10代目の右腕となった後も。
鳴神が裏社会で生きていくのか、日の光を浴びて生きていくのかは未定だが、絶対に愛人にだけはさせない。10代目のことだろうし鳴神以外の女と関係を持つ事はなさそうだが。


鳴神はリング争奪戦のことは知っているし、何をしているのか薄々気がついている。笹川やアホ女のようにあいつは馬鹿でも天然でもない。


絶対に鳴神は巻き込まない。これはオレたちがリング争奪戦に挑む前に決めたことだ。鳴神を病院に運んだ日。間違われて怪我をまた作ってしまった日に告げられた10代目からの命令だ。


10代目や鳴神にリボーンさん、その他の奴らとまたバカみたいに騒ぐためにオレらは勝たないといけない。


「……………やっぱり負けちゃならなかったなァ」


最後まで体力が残っていれば勝てただろうに。もっと早くワイヤーのカラクリに気づけていれば。


オレのせいでもう後はない。


誰もいない病室で舌打ちをする。
包帯でぐるぐるにされている手を強く握りしめた。