諦めるしか道はない


前世の記憶を持っている人間というのは珍しい。だが私だけではないはず。不思議ほにゃららというタイトルの番組で前世の記憶を持った男を発見という特集を数年前に観た。ただあの特集はヤラセであって数時間後には謝罪会見が行われていた。あの時は失望したが、記憶持ちは私だけだはない。だって目の前に座っている少女……いや、少年もそうなのだから。前世の記憶を持つ人間がこの世にたった二人っきりで、かつその二人が出会うことはほぼありえない。0パーセントに近い。ということはこの世には他にも前世の記憶を持つ人間がいるはずだ。絶対に、いるはず。いると思いたい。みんな変人扱いされたくないから言葉にしないだけ。私だってそうだから。自分をマスコミに売ることなんて絶対にしなかった。


そう、いるんだ。他にも、きっと。


「僕の記憶は後天性なもの。紗夜は先天性。この違いはマフィアにとっては大きい」


昔は何度も自分自身に言い聞かせていた。一人ではないと信じたくて。0パーセントではないのだから巡り会うことだってあり得る。
でも今は、もう諦めているのかもしれない。


「ボンゴレには一つ、曰く付きのリングがある。ボンゴレ9代目と門外顧問はそれを紗夜に継承させようとしているのです。……もちろん、紗夜をマフィアに飲み込んで」


だから綱吉のお父さんに前世の記憶があるか聞かれたんだ。
でも、それなら……


「なんで記憶のことをマフィアが……」

「アルコバレーノに匂わせるようなことを言ったことは?」

「……ある。リボーンも前世の記憶を持つ赤ん坊だと勘違いした時に」


一年ほど前に前世の記憶という言葉をリボーンに使ったことがある。初対面で出会ったリボーンは赤ん坊に思えないほどしっかりしていて二足歩行していて言葉は流暢で難しいことも知っていた。だから前世の記憶を持って生まれた子だと思ってしまった。


「そこからですね。前世の記憶を持つ人間に受け継がれるリング……その存在を知ることができるのはボンゴレのボスと門外顧問のみ。アルコバレーノが伝えたんでしょうね」

「それならなんで骸がそのリングの存在を……?」

「沢田家光と沢田綱吉の守護者になる契約をした時に聞かれました。鳴神紗夜について知っていることを話せと。僕が紗夜の秘密を握っていることはアルコバレーノに知られていますから」


骸が綱吉側だと知り少しだけ頬が緩む。
綱吉のお父さんに呼び出された理由、ディーノさんが教えてくれた他人事ではいられないだろうという理由。全ては私が持っている普通の人とは違う記憶だ。凡人だった私が忘れずに持って生まれた前世の記憶。


「よく聞いてください、紗夜」


私は顔をあげる。骸の目はまっすぐと私に向けられていた。


「マフィアは汚い。己の欲望を満たすためなら他人がどうなろうが関係ない。紗夜がいくら拒んでもボンゴレは紗夜を離す気はない。どれだけ足掻いても逃げても……地獄の果てまで探しに行く」

「……きもち、わるいね」

「はい」


どんな感想だ。平凡でありきたりな感想しか出てこなかった。

綱吉がマフィアのボス候補だと知ってもディーノさんや内藤くんのようなマフィアのボスが現れても私には関係なかった。恭弥で犯罪スレスレの暴力を見慣れていた私は獄寺くんやランボが爆発物を投げていてもマフィアの怖さはあまり感じなかった。確かに爆弾やダイナマイトは当たったら死んでしまう可能性だって十二分にあったけれど、本気で怒った恭弥の方が怖かったのだから。
どれだけ綱吉がマフィアになりたくないと嘆いても、山本くんがマフィアごっこにノリノリでも、獄寺くんが綱吉の右腕になるために努力している姿を見かけても、私にとっては所詮他人事だった。無関係な出来事だった。
私は高校を卒業して大学に入学して、その後どこかの企業に入社して歳取ったら退職して寿命で亡くなるというありきたりな人生を送るつもりだったから。


「逃げる事は紗夜には不可能」


はっきりと言葉にしてくれる骸は優しいのだろう。下手に希望を持たさないのだから。


裏社会と関わるつもりはなかった。
リボーンが勧誘してきても断るか適当に流していた。頷いた記憶は一度もない。

それなのに、私の意思は関係なく私の運命は決まっていた。どれだけ逃げようが隠れようが……ボンゴレは私を仲間に………………リボーンの言葉を借りるならファミリーか。ボンゴレは私をファミリーの一員にしようとしている。


前世の記憶。これが何を表すのか私は知らない。こんなものがマフィアにとってどれだけ大切なのかもわからない。この世界とは違う世界で生きた14年間の記憶なんてマフィアにとって利はない。もしこの記憶がマフィア界を壊滅させるような記憶なら何としてでも捕まえたいかもしれないがあいにく私の記憶はそんな重大なものではない。ただの平凡な、だけど私にとっては幸せだった他愛無い日常だ。


「沢田綱吉は今現在負けている」

「綱吉が負けたらどうなるの?」

「全員殺されるでしょうね。紗夜は生き残ると思いますよ。ただ……ヴァリアーに仕える形で」


リングの数は7個。少なくとも4勝しないと綱吉たちは負ける。綱吉の一敗は勝負で負けたわけではなく、ランボを助けるために勝負を妨害したらリングを没収されてしまったらしい。
……綱吉らしいといえばそうなのかな。勝ち負けより命を取る。それが自分じゃなくて仲間でも。私が囮になると言っても逃げてくれなかった綱吉。私が危ないからと残った、夏祭りを思い出した。


「……どうせ巻き込まれるなら、綱吉たちに勝ってほしいなぁ」

「……残りは僕、獄寺隼人 山本武、そして雲雀恭弥。……向こうも向こうで厄介なものがまだ控えている」


ヴァリアーの残りは金髪にロン毛にリボーンと同じくらいのサイズの赤ん坊に機械のような巨躯。金髪は戦闘センスがヴァリアー1の天才で、ロン毛はヴァリアーNo.2の強さで、赤ん坊はおそらくリボーンと同じアルコバレーノらしい。最後の巨躯は厄介、だと。機械の巨躯の説明は骸が言葉を詰まらせた。勝てない、という言い方ではなく勝負をしない方がいいといったような言い方。変なの。
残ったメンバーがおかしい。あの金髪天才だったのかよ。一般人普通に殺そうとするほど頭のネジぶっ飛んでいるのに。銀髪のロン毛はNo.2とか……ありえないよ。剣豪倒した男とか……。リボーンと同じアルコバレーノがボンゴレにいたんだ。アルコバレーノって呪われた最強の赤ん坊でしょ? リボーンと同等の実力でしょ?

……もう無理じゃない? 勝つこと。綱吉側の残っているメンバーもいつの日かのケンカランキング上位3トップと1位を倒した男だけど……無理じゃない?


……地獄の果てまで追いかけてくるか試して逃げ回った方が……いいのでは。


だが笹川先輩はすでに勝利している。殺し屋集団に先勝したらしい。負けたのはランボのみ。それは仕方ない。5歳児だもの。綱吉は反則負けであって戦ったわけではないから……もしかしたら勝てるのか?

いや……でも………。逃げずに今から暗殺集団にごまをすったほうがいいのだろうか。私は死にたくない。気に入られるように媚び売ったほうが……。

ぼんやりと黙りこむ。
骸には私が何を考えているのかわかっていたのかもしれない。それほど絶妙なタイミングだった。


「勝ちますよ」


口元が柔らかい骸が目の前にいる。


「僕は、ですが。残りの者は知りません」


骸らしい。
自信いっぱいで勝利を宣言してくれた骸にすとんと胸につっかかっていたものが落ちた。気がついたら私も同じように微笑んでいた。


「私暗殺集団に暴言吐いたけど謝らないからね」

「マフィアなんぞに謝る必要はありません」


謝ってごますって媚び売ってへつらうことはしないよ。骸は勝つから。骸が勝っても他が負けたら意味ないんだけどね。


骸はこれだけを伝えに来てくれたらしい。私が前世の記憶云々で巻き込まれる、ということだけを。
そのためにわざわざ足を運ばせたことに申し訳なくて謝ると微笑むだけで何も喋らない。大丈夫だと気を遣うようなことも言わないし本当だよと文句もない。


「そうそう……六道輪廻についてわかりましたか?」

「え?」

「本買っていましたよね。何がわかりました?」


玄関で見送ろうとしたら急に骸が思い出したように話題を切り出した。私の顔はぼんっと破裂しそうなほど一気に赤くなる。


「なぜ……骸が、それを……」


恥だ。あなたのことを知りたくて調べています、と本人に知られるなんて……。恥ずかしくてたまらない。
真っ赤な顔で唇を強く閉じて羞恥心をこらえる。綱吉にしか教えてないのに……。綱吉がちくったな。あいつめ。


「おや? 沢田綱吉に僕がいたこと聞いてないのですね」

「骸が、いた?」

「そちらも独占欲強そうですね。僕があの時いたことを紗夜が知ったら紗夜は沢田綱吉の存在を無視して僕のところに来たでしょうから」

「何が??」

「いえ」


独占欲強い? 誰が? 綱吉の存在を無視する? 私が?


「僕のことを知りたかったら本なんかで調べていないで直接聞きに来てください。紗夜なら歓迎しますよ」

「わ、わかった」


私の返事に骸は満足そうに微笑んだ。


「それと……僕が復讐者ヴィンディチェに連れていかれる時に泣いたそうですね。心配いりませんよ。すぐに出てきますから」

「……うん、待ってる」


それでは、と歩いていきそうになる骸に「待って!」と引き止めて途中からずっと気になっていたことを急いで尋ねた。


「その子、その……骸と身体を共有している子って……私の知り合いだったりする?」

「……………………」


骸はびっくりして左目を見開いた。


……見たことあるような、気がする。びっくりしたように、不思議そうに、ありえないといったように見開いた紫色の瞳。


「僕にはわかりません。彼女も今は疲れて眠っていて聞ける状態ではないので」


骸は今身体を貸してもらっている子をリング争奪戦に出すため修行をつけているらしい。どうやって、という疑問もできたが今回は流させてもらおう。骸だから何かあるのだろう。少女は素質はあるそうだ。


「……眼帯って外せる?」

「見ない方がいいですよ。右目は潰れていますので」

「っ……ごめん」


おしゃれアイテムとかじゃなかった。怪我とか病気の類だった。

うーん、と私は首を傾げる。やっぱり見たことあるような……ないような。なぜか眼帯はしっくりこない、ような。

骸ってデフォルトが微笑だから最初はなんとも思わなかったけれど、無表情とか見たことがあったんだよね。関心を持たない目とか。優しそうに下げられる目尻とか。本心からの笑顔とか。


「気のせいかな」

「目覚めたら聞いてみますよ」

「いいよ〜。時間が勿体無いし。気のせいだろうから」


引き止めてごめんね、と今度こそ見送る。
去っていく後ろ姿は見たことあるようなないような。……たぶんないな。


骸が見えなくなってから振っていた手を下げる。


「……巻き込まれる、かぁ……」


怖いのも痛いのも嫌なのに。
命の安全が確証されている場所はどこにもないけれど、裏社会なんてさらにない。

……………巻き込まれるのは嫌だ。たけど私の意思関係なしで相手の都合で振り回される場合はどうすればいいんだろう。


気がつくと目頭がじんわりと熱くなっていた。


……命をかけて戦っているみんなには悪いけれど……私は、……夢がないと笑われるような平凡でありきたりな、命の危険は極小な世界で生きていたかったなあ。

天寿を全うするまで穏やかで平凡な暮らしをしていきたいのに。

私の望んでいた道は閉ざされていた。そのことを今日ようやく認知した。