面影を感じさせる少女
学校帰りにまた廃病院となった建物に足を運んだ。ここに来るのはこれで三回目だ。一回目は綱吉のお父さんに会うためにバジルさんに連れてかれた。二回目は気がついたら病院のベッドにいた。雷のうんたらかんたらで間違われた時に負った怪我で気絶した私は廃病院に運ばれたのだ。そして今日が三回目。京子ちゃんとハルちゃんと大慌てで駆け込んだ。学校帰りに知らせを聞いて飛んで行った。
ランボが入院したのだ。
看病でずっと付き添っている綱吉のお母さんの話によるとランボは昨日の雷が傘に落ちて坂を転げ落ちて意識が戻らないほどの重体に陥って大怪我をしたそうだ。確かに昨日は朝から雨は土砂降りで夜には雷雨となっていた。
ランボがベッドの上で静かに寝ているのはとてつもなくおかしな姿だった。お昼寝していても寝言はあるし寝返りはひどいのに動かない。
綱吉のお母さんはとても大事な話を私たち三人にしていた。京子ちゃんとハルちゃんは物憂げにしんみりと話を聞いていた。だが私は違かった。私はとてつもないクズなのかもしれない。ランボの頭に刺さっている角に書かれた見覚えのある筆跡の『アホ牛』という文字がとても気になって、本当に気になって、気にしてはいけないというのにどうしても視界に入ってあまり綱吉のお母さんの話を聞いてなかった。ランボの心配をして病院に駆け込んだのに最終的にずっと心ここにあらずでランボのアホ牛と書かれた角を凝視していた。病院出て京子ちゃんとハルちゃんと分かれて帰路についてもずっと私の頭をしめていたのはアホ牛という悪口。
「……何やってんだ獄寺くん」
書いたの絶対獄寺くんだよ。あの筆跡は間違いない。綱吉のお母さん、京子ちゃんハルちゃんイーピンに感知されないように気をつけてランボの角を指でこすったら擦れなかった。水で濡らしても落ちなかった。……油性かよ。
自分がとんでもない思考の持ち主だ。本来だったら京子ちゃんやハルちゃんみたいに悲痛な面持ちをするのが普通なのかもしれない。ランボは一歩間違えると亡くなっていたのだから。それなのに角にアホ牛と書かれているなどと考えてしまっていた。
死ぬのが痛くて怖いことは身をもって経験しているはずなのに。真っ赤な血と朦朧としていく意識。あったかいのか冷たいのかわからない身体。うるさい声が周りで飛び交っているのに何も耳に入ってこない静かな世界。
そう、知っているのになぜ私はこんなに呑気に角に書かれた悪口を考えているのだろうか。生死の狭間をさまよっているランボをよそに。
もしかしたら、私は確信していたのかもしれない。……かもしれない、じゃない。していたんだ。だからランボのお見舞い中もこんな平和なことを考え続けれたのではないだろうか。
ランボは何があっても目を覚ます、と。
「ずいぶんと遅いお帰りですね」
いつのまにか私は自分の家まで歩いて帰ってきていた。習性ってすごい。考え事しながらでもちゃんといつもの道を通って帰ってきているのだから。
いつも通り家に帰宅したのだが、ひとつだけいつも通りではないことがあった。
「ヴァリアーに襲われたという自覚はないんですか?」
家の玄関の前に立っていたのは知らない少女。
背丈はたぶん私より小さい。私と少女の距離は一メートル以上あいているから感覚でしかなく並んで比べないとわからないけれど、たぶん少女は150ちょいぐらい。私も一度着たことのある黒曜中の女子制服を身につけている。上短くない? おへそ見えてるけどサイズあってるのかな? スカートからすらりと出ている脚は細い。とりあえずこの少女は黒曜中の子だ。
右目にドクロの眼帯をつけている……ゴシック系とでもいうのだろうか。怪我でつけているのかおしゃれでつけているのか思い込みでつけているのかによって言い方変わるんだろうな。
そして、特徴的な髪型。他に誰も真似する人いないだろうと思っていた特徴的な髪型。この髪型をしている人を見るのはこの子で二人目だ。
「クフフ ジロジロと見過ぎですよ」
この特徴的な笑い方をする人もこの子で二人目だ。髪型に笑い方に……………なんで、この子は───
「久しぶりですね」
足から崩れ落ちてしまった。何かが漏れそうで口もとを両手でしっかりとおさえる。そんな私に少女は仕方ないなぁ、といったように頭を撫でた。
なんで……? この子はこんなにも……
「お元気でしたか?」
雫がほんの少しだけ目からこぼれた。指の腹ですくって、少女に向かって微笑む。
なぜ私はこの子に……………………骸を感じてしまったのだろう。
「…………一回聞いただけで信じる人いるの……?」
見知らぬ少女を家にあげて話を聞いたら私の常識の範疇を簡単に超えてしまった。
見知らぬ少女、骸が教えてくれたことを一度整理しよう。整理できるほど理解していないけれど。とりあえず……今、目の前にいる骸に似たような髪型をしている少女は骸であって骸ではない。骸が身体を借りて……共有して? ……何かしらをして媒体としている。目の前の少女は骸ではないが、意識は骸らしい。……………頭が追いつかないなあ。
「いますよ。紗夜は信じているじゃないですか」
図星だった。なぜか本能がこの子は骸だと訴えてくるのだ。身長も声も体格も性別も違うのに骸だと認識している。
もう一度目の前のソファーに座っている少女を眺める。可愛い顔をしたぱっちりとした左目。右目は眼帯をつけている。小さな口と鼻。今にも倒れそうな細さと儚さを持っている、骸と同じ髪型の黒曜中の制服を身につけた少女。
「仕方ないですね」
またじろじろと観察を始めた私に骸は口もとを緩める。声色も表情も優しい骸は「今日は嵐だし少しぐらいなら」とかなんとか言って
「これでわかりましたか?」
姿を変えた。吹くところだった。何も飲んでなかったけど吹くところだった。お茶とか飲んでいたら完全に吹いていた。
一瞬だけ男性の声になって性別も変わって、私の知っている骸の姿になった骸。むせて咳き込んでいる私を可笑しそうにしてまた私の知らなかった姿の骸に戻ってしまった。
「混乱は収まりましたね」
「余計に混乱したよ」
もう一度とお願いすると少女である骸は手のかかる子どもに対して親がするような優しい瞳をして首を横に振る。だが何度も私がお願いして骸に頭を下げると折れた。もう一回一瞬だけ私が昔から知っている性別の骸になってくれた。
「お、おおぉぉ………」
「これで全て理解したでしょう」
「なんでいつもの骸の姿にずっとなってないの?」
「……僕の話聞いてませんでしたか?」
またすぐに少女になってしまう。
話は聞いていたよ。骸の本来の身体は遠く離れたところにあるからこの子の身体をもともとの持ち主の少女と共有して使っているんだよね。聞いてはいたよ。
「そうじゃなくて……骸の、本来の骸の姿になれるならずっとそっちにいればいいのに。あ、もしかして隣を気にしてる? 恭弥いないから平気だよ」
隣人は雲雀家。恭弥にもし見つかったら執拗に追いかけられるかもしれないことを危惧して変装しているならいらない心配だよ。今恭弥いないから。ディーノさんとお出かけしたから。大丈夫だよ〜。本日電話はかかってきたけど。並中で深夜何してるの、って聞かれたから知らないよ〜、と正直に答えたの。それなのに恭弥ったら ………ふーん 聞き返さないんだ、だって。怖くなって通話終了していた。
だけど骸が少女の格好をしているのには恭弥は関係ないらしい。
「そうですね。その理由は僕の姿でずっといれるほどの力がないのです。紗夜と雲雀恭弥の家の近さにも驚きましたが……」
「お隣さんだからね。……あれ? そういえば私骸に家の場所教えたっけ?」
「沢田家光から聞いたのです」
綱吉のお父さん……。あの人何してるんだ。そもそも綱吉のお父さんがなんで私の家の場所を知ってるの? そしてなぜ広めるの? 骸ならよかったものの知らない人だったら警察呼ぶ騒ぎになってたよ。
うんうん頷いている私に骸は生暖かい視線を向けてから真剣な顔色で口を開いた。
「それを踏まえて紗夜に話をしに来ました。……本当に、マフィアは汚く己の都合しか考えない集団ですよ」
冷笑を浮かべながら。私に向けられていないのはわかっている。マフィアに向けられているのに、目の前で私を見ながら浮かべているからどうしても私を蔑んでいるように思えてしまう。骸に嫌われるのは怖くて、無意識に手が震えていた。私でも気づかなかったそれに骸はすぐに気がついて冷たい顔をやめた。
「今、並盛中で沢田綱吉とヴァリアーで行われているボンゴレの継承者を決めるリング争奪戦のことはご存知ですか?」
「綱吉たちと暗殺集団が一対一で戦っていることは……。リングを賭けていることも……」
「僕もその一人なんです」
「え!? だって骸ってマフィア……」
「……いろいろあったんですよ」
マフィア嫌いの骸が参加するとは。綱吉側か暗殺集団側かどちらなのか……。忌々しく吐き捨てる骸にそれ以上は触れない方がいいと悟って口を閉じる。綱吉に聞こう。
リング争奪戦のことは説明されている場所に不本意だが居合わせてしまったり、恭弥に半分のリング見せてもらったりしているのでなんとなくは知っている。ランボが怪我をしたというのもそれが原因だろう。推測であって言い切れないが……あの野郎……っ。部下がだけど私を間違えて怪我させたのにまだ謝罪に来てねぇぞ……! 年の離れた私でも勝てそうなランボに大怪我させるとは……! 血も涙もない男だ。仕事だから、大事な跡継ぎ決めだからといって冷酷すぎるだろ……っ。
「……紗夜ももうすでに巻き込まれていますよね。肩は平気ですか?」
「なんで知ってるの? 平気じゃないけど平気だよ」
縫ったけどね。私はこの短期間で何度縫わないといけないんだ。大怪我しすぎだろ。制服もまたおじゃんになったから買い替えたし……。リボーンが新しいの用意してくれたからお父さんには怪我のことは黙し通せてはいるけど。またあのお菓子地獄を味わうのは勘弁。それに……シビアな現実に失望するのも嫌だから。
骸は私の平気なのか平気ではないのかよくわからない発言に難しい顔をする。可愛い美少女の顔が険しくなっている。
「マフィアは紗夜を探してます」
「……なぜ?」
こんな小娘に何をするのか。今度こそぐさりか。見られたやつは始末するとか? ふざけてんのかよ。そんならあんな道端でやってんな。これ前に金髪にも怒鳴った気がする。あの暗殺集団はTPO無視するのに見られたら関係ない人間も殺すのか。ふざけんなよあいつら。
という私の考えはまったくもって違かった。
「いえ……もうすでに見つかっているでしょう。少なくともボンゴレ9代目と門外顧問である沢田綱吉の父が紗夜の存在を知っているのだから」
「……どういうこと?」
綱吉のお父さんは私を呼び出したよ? バジルさんを使ってね。部下を動かして自分はイスにどしっと座っていたよ。だから私は綱吉のお父さんとは知り合いよ?
何も意味が分かっていない私に骸は微笑を浮かべる。憐れんでいるように、可哀想なものを見るように、安心させるように。その笑みからはいろんな思いを読み取れた。
「ボンゴレは前世の記憶を持っている人間を手に入れたがっている」
───ここでも、それか。
骸がなぜそんなかおをするのかわかったよ。私が何度も叫び続けた思いを骸は知っている。記憶なんていらないと叫んだ。普通になりたいと何度も叫んだ。記憶があって普通ではないから……殺してくれと叫んだことを骸は知っているから。だからそんな顔をするんだね。
「………………そっ、か」
私の口から出たのは諦めに近い声だった。