雲と跳ね馬


「そうそう恭弥、帰ったらちゃんと紗夜に謝れよ」


それは突然のことだった。前触れもなく出された命令。


「なんで」


ヴァリアーとの勝負に向けた修行は順調に進んでいた。海でも山でも樹海でも戦い続けた。
そんな修行も今は一休み。パチパチと燃える焚き火を囲む。ようやく会話のキャッチボールができるぐらいは打ち解けてきた。

ギロリと睨みつけてくる雲雀にディーノは呆れながらも数日前から屋上で目の当たりにしている事実を伝えていく。


「なんで、じゃねぇよ。お前 睨みつけたことも冷たくあしらったことも、紗夜がいながらもトンファーを振り回したことも服を破いたことも謝ってねーだろ。そんなことされ続けたら懐が広くて優しい紗夜でも堪忍袋の緒が切れるぞ」


紗夜と雲雀が一緒にいる光景を見たのはたった二度だけだが、どちらも本来だったら有り得ない行為の数々を雲雀はしていた。ぶん殴られても一生縁を切られても仕方ない行為を。
いくら紗夜でも見放すだろう。


「うるさい」

「なっ!?」


雲雀が嫌われないようにと思って助言してあげたのに。


「あなたにとやかく言われる筋合いはない」


優しさは無下にされる。冷ややかな声で、視線で、雲雀は言い切った。

ディーノは一つため息をつく。

灰色の学校生活を送ってきたディーノからすると、雲雀の態度はありえないものだった。ディーノだったら絶対にしない。

紗夜はいつもにこにこと笑顔を浮かべていっぱい褒めてくれて、可愛らしい反応をしてくれて。ちょっとしたドジを踏んでも笑って許してくれて。数年前までの学生時代を思い出してもそんな女子はいなかった。暴力的な言葉をたくさんくっちゃべって、時には殴られて集団リンチにあって。無視は当たり前。暗殺未遂もよくあった。へなちょこだったから元より女子には好かれていなかったが、とある男子のせいで女子からの嫌われ度は拍車がかかっていた。当時の家庭教師であるリボーンがその男子をキャバッローネファミリーに勧誘したことによる八つ当たりがほぼ全てディーノの元に来たせいで。


「お前は恵まれてんだぞ。紗夜みたいな子が一緒にいるなんて当たり前じゃないからな」


ディーノにはなかったから。輝かしい青春時代なんて存在してなかった。暴君の家庭教師と同級生におもちゃにされ続けたディーノには女子との思い出などない。


「なんで紗夜に恋人いないんだろーな。知ってるか恭弥? 紗夜に恋人いない理由。ありえねーよな。日本の野郎ども見る目がなさすぎる。って前に言ったらな、紗夜はイタリアの女性は見る目がなさすぎますね、って言ってくれたんだよ。すぐにオレを褒めてくれる。それに日本人の感性はおかしくないですよって男子のフォローもして。紗夜って自分の魅力わかってねぇよな。なぁ恭弥」

「(うるさい)」


ディーノの口から語られる紗夜の話は耳障りで仕方がなかった。

紗夜と一番つきあいが長いのは雲雀だ。幼き頃からずっと隣人として過ごしてきている。それは誰もが認めていること。
ずっと一緒だったんだ。ずっとずっと隣にいた。紗夜が容姿やら性格やら雲雀には理解できないことで苦しんでいる時も、両親がいなくなった時も、全てを諦めて理不尽を受け入れてしまった時も、抗うことをしなくなった時も、ずっとそばにいた。
この世の誰よりも紗夜について知っている、つもりだった。


「(……六道骸)」


あいつが現れるまでは。

紗夜が骸について語る時の表情はあまりにも見ていられなかった。原型がなくなるほど殴りたくなってしまう。怪我が残って欲しいなんていつもだったら彼女は言わない。雲雀がつけた時はしつこいほどネチネチと文句を言うのに。

紗夜と骸には雲雀が到底入れない関係が出来上がっている。


「(……この人とも)」

「この前なぁ紗夜からプレゼントもらったんだよ。いつものお礼って言って洋菓子とネクタイくれて。そんなこと気にしなくていいのに。いい子だよなぁ」


紗夜はディーノにも見たことがない表情をたくさんしていた。頬を染めて恥ずかしそうに嬉しそうにはにかんで。話せるだけで幸せだと身体中で表現して。


「それに紗夜は、」

「紗夜紗夜うるさい」


背筋も凍るような一睨、だがマフィアのボスに君臨する男は怖気つくことはない。それでも空間を支配するような殺気にほんの少しだけ肌が粟立つ。


「僕のものに手を出すな」


気に食わない。どいつもこいつも。

知らぬところで好き勝手して、あたかも一番の理解者ですといったような素振りをして。

ムカつく。何もかも、全てにムカつく。目の前にいる男にも、この場にはいない男たちにも。


「…………………やっぱそうなのか? でもよー……こいつに限って……いやーだけど紗夜に対しては………」


いつもだったらもう終わっていた。

雲雀がいつも相手していた草食動物たちならもう喋ることはなかった。雲雀の激憤や威圧感 独占欲、あらゆる全てに戦慄し顔面蒼白となっていた。ただならぬ殺意に人によっては逃げ出すこともできずにその場で失神する。

少なくとも今まで相手してきた有象無象の生き物にディーノみたいな人はいなかった。間抜けな声を出して呑気な表情で考え事をする人は。

だからなのか。紗夜が他の輩と違う表情をこの人に見せるのは。


「恭弥…」


ディーノが真剣み溢れる表情を向けてきた。

どうすればいいのだろうか。理由はわからないのにむしゃくしゃする。


「屋上にいた時から思ってたんだが…お前、もしかして紗夜のこと……………」


全てぐちゃぐちゃにしてやりたい。


「好きなのか?」

「ハッ」

「っ、なんだよそのバカにした含み笑い! お前そのまま成長するとぜってーっ後悔するぞ! オレの知り合いにそっくりの嘲笑だったからな!」


気のせいだ。この男も同じ。低俗で生産性のない会話しか生み出さない。言葉を交わすのは時間の無駄だ。

ぎゃあぎゃあわめくディーノを視界から消し去り、雲雀は一つあくびをする。退屈だ。


雲雀は好きという感情を抱いたことはない。だからわからない。紗夜に向けているモノはなんなのか、雲雀にもわからない。

ただ、


「(ムカつく)」


それだけ。雑魚の群れに好き勝手扱われるのは癪に障る。自分のものを許可なしに使われて傷をつけられて変えられたら誰だって同じ想いをするはずだから。


「そんなことより紗夜を傷つけたのはだれ」

「オレに勝ったら教える約束だろ」

「ふーん」

「っ、待て! 今日は終わりだ! もう暗いだろ!」


ディーノには戦うこと以外求めていない。他は何もしなくていい。

余計なことはするな。