まやかしごまかし


リング争奪戦が並盛中で行われると紗夜は知ったのと同時にリボーンに頼まれ事をされた。電話で話せばいいのにと思いつつ、まあいいやと軽く考えて階段を上る。最近学校生活の一部になりえてきた物騒な音が徐々に大きくなる。

まだ授業は始まっていない。紗夜はいつもより早く登校してきたのに屋上にはもうすでに人がいて、ウォーミングアップなんて何時間も前に終わっているような激しさ。

紗夜は階段を上り終えて屋上に続く扉を数センチだけ開いた。目に入るのは今回の問題の当事者である沢田綱吉側の守護者と家庭教師。雲のリングを持つ雲雀と家庭教師のディーノ。少し離れたところには当然ながらロマーリオが控えている。

全身に切り傷擦り傷打撲を負っている雲雀とディーノに紗夜は苦笑いをした。雲雀とディーノはドアから離れたところでそれぞれの獲物をぶつけあっている。目算で今屋上に入っても武器は当たらない距離にあることを確認した紗夜はキィーーと音を鳴らして屋上……いや、戦闘地帯に足を踏み入れた。
本来だったら命知らずなバカが入り込んだら一瞬で気絶するだろう空間だが紗夜相手にはそんなことない。雲雀とディーノは紗夜が来たのを合図に一度戦闘を中断した。


「ディーノさんお話が……」

「ん?」


ちょいちょいと右手でディーノを呼ぶ紗夜に雲雀は顰めっ面になった。
鋭い瞳で紗夜を見入る。雲雀の視線に気がつかない紗夜はディーノに「あの……」と小さな声で話しかけた。周りに聞こえてはいけない話だとわかったディーノは腰をかがめて紗夜に顔を近づける。少しだけ頬をバラ色に染める紗夜に雲雀は今までのとは違う不愉快さでさらに不機嫌になった。


「その、例のアレを……並中でやるらしくて……」

「はあ!!? んなことしたら恭弥……っ、わかった。教えてくれてありがとな」


雲雀に知られないために静かな声でディーノだけを呼んで伝えた。そんな紗夜にディーノはにかっとお日様のような眩しい笑顔を向ける。さらに紗夜の頬は赤く染まった。
並盛中に並外れた思いを持っている雲雀に並中が戦闘の舞台になると知られたらどうなるか想像はできる、が実際はそれ以上の被害となることだろう。紗夜もディーノもなぜ学校にそこまで思い入れができるのか不思議でならない。休校になればいいのに、と二人は考える側だから。

照れたように右手で髪を耳にかける紗夜の視界に入ったのはいつのまにか接近してきていた雲雀。ディーノは来ていたのはわかっていて特に驚く素振りは見せないが紗夜は大袈裟に肩を揺らして、ほんの少しだけ表情が変わる。

苦痛に耐えるように、下唇を噛んだ。

雲雀の疑惑が確信に変わる。


「き、聞いてはなかったよね……?」


紗夜のビクビクと怯える声は無視。とある一点を見つめている。大切な並中が被害に遭うなら雲雀はすぐさま詳細を尋ねてくるだろうが、それがないということは聞こえてなかった。それに関してだけは安堵したがそれでも雲雀が見てくることに変わりはない。
顔ではない少し左にずれた一点を集中して眺めている雲雀に紗夜は「(なんだ?)」と目をぱちくりした。

何度も大きな瞳がまばたきを繰り返している女性のワイシャツの襟を雲雀は掴む。紗夜の身体がこわばった。ディーノとの戦いを邪魔したことに腹の虫がおさまらず、殴りかかってくると思ったからだ。胸ぐらを掴まれて逃げれなくしたところをトンファーでガツンと。
謝りたおせば許してもらえるんじゃないか。がけっぷちに立つような恐怖が紗夜を襲う。


「……その、ね、」


とりあえず謝ろう。紗夜が口を開くと雲雀は襟を掴んでいる手を下にためらいなく引っ張った。


ぶちぶちっっ!!


ボタンが二つ飛ぶ。


カンカン、音を鳴らして屋上を転がっていくボタンを紗夜は丸い目をさらに丸くして見届ける。少し離れたところで止まった。不幸中の幸いといっていいかもわからないが、ボタンは屋上から落ちることはなく静止している。

紗夜の耳にディーノが慌てたように雲雀を咎めている声が入ってきたが聞く余裕はない。
外気にさらされる肌。視線を下ろすと隠してないといけない場所が露出されていた。淡い色の下着が左側だけちらちらと見えてしまっている。


「────いっ」


数秒遅れて事態を飲み込めた紗夜は思いっきり


「いやぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」


金切り声を上げた。

ディーノに褒められて恥じらっていた頃とは比べ物にならないほど真っ赤になった紗夜ははだけた部位を手で隠す。ボタンが飛んでなくなってしまったため、胸をワイシャツで隠せない。第二と第三ボタンがない。


きっ、と紗夜は雲雀を睨みつける。滅多に本気で怒ってこない紗夜が今回は大激怒だ。

怒りと恥で真っ赤な顔。風紀を乱すボタンがないワイシャツ。ソーイングセットを持ち歩いていない紗夜にワイシャツのボタンを付け直す術はない。そもそも自分が着ている服のボタンをつけるという細かいことは紗夜にはできない。
着替えるかボタンをつけないと紗夜は屋上から動けなくない。とりあえず右手でワイシャツを掴んで前を隠し、ディーノの後ろに隠れて雲雀を睨んだ。


「さすがにそれはやっちゃいけねぇだろ!!」


ディーノがうるさく雲雀にこの一件を戒めてくるが雲雀の耳には何も入らない。


「オレに対して怒ってんなら紗夜に八つ当たりすんな!! そんなことしたら嫌われるだけだぞ!? 見て欲しいなら優しくしろよ!!」

「……ディーノさん…少しずれてる……」


紗夜は閉じないワイシャツを手で必死にくっつけて隠している。
右手、だけで。


「…………………昨日まで怪我してなかったよね」

「はあ!?」

「あなたじゃない。……紗夜」


雲雀の威厳のある声に紗夜は釣り上げていた瞳を瞬時に下げて目を泳がしてディーノの後ろに完全に隠れた。


「え? 怪我? どこか怪我してるのか?」

「してませんよ? 何言ってんですかねー恭弥は。あっはは」

「じゃあもう一度見せなよ」

「セクハラって知ってる?」

「僕が見ようとしてるのは肩に巻いてある包帯だけだ」


雲雀は紗夜を視界に入れた時から左肩に違和感を生じていた。
不自然に庇っている左肩。すぐに雲雀にはわかった。歩く時もディーノに話しかける時も雲雀を警戒した時も、おかしな動き方をしていた。


「包帯巻くほどの怪我ってなに」

「……きのー、パンケーキの特集を観てたらさ、食べたくなっちゃって。朝フライパンでひっくり返そうとしたらパンケーキが奇跡的に、ほんと奇跡的だった。写真撮りたいぐらい奇跡的に肩にのっかってね。焼きたてで熱々だったから火傷したの」

「……へー」


ディーノの後ろに立たれていて雲雀は紗夜の表情がわからない。声はいつものように穏やかだ。それでもわかる。


「そんな嘘通じるとでも?」


嘘をつかれていることぐらい。


「恭弥になら通じると思ってる。変なところで天然だから」

「たしかにそうかもしれないがそれを恭弥の前で言っちゃいけねーんじゃねーか紗夜?」


雲雀はため息をつく。
自分が目を離すと紗夜は怪我を負ってくる。最近始まったことだ。顔から始まり太ももにお腹。今度は肩。少し目を離すと怪我をされる。髪に似た液体を地面に流している。
雲雀は今回の怪我が切り傷なのか打撲なのか火傷なのかは知らない。そこには興味ない。重要なのは紗夜が大怪我をしたという事実のみ。


「……そいつの名前なに?」


とりあえず二度と同じことができないようにぐっちゃぐちゃに咬み殺してくることが雲雀にとって今一番の優先順位になった。
事故でも他意でも同じ。身の程をわきまえらせて手出しができないように身体に叩き込んでこないと。


「リボーンから恭弥にだけは教えるなって言われた」


紗夜も誤魔化せていないのは承知の上だったので誰かに傷を負わされたこと前提で話す。そして素直に正直に横に首を振る。お気に入りの赤ん坊の名前に引いてくれるはずだから。しかし雲雀は紗夜の予想を裏切り片眉を上げた。


「いいから教えて」

「リボーンが……」

「いいから」

「……………………そもそも名前なんだろう」


雲雀のただならぬ雰囲気とリボーンの小さい身体に不釣り合わせな厳かな言葉。天秤にかけるとリボーンに従っていた方が平和な気がする紗夜は喋ることはしないがそもそも名前を知らないことに気がついた。
急に夜道に空から現れた黒い男。肩を貫通させた、紗夜としては許せ難い敵はよくよく考えるともうすでに了平の手によって倒されている。雲雀が手を出す必要はない。


「……笹川先輩が助けてくれたよ」


ディーノに隠れつつ正直に答えたが雲雀の機嫌を損ねていくだけ。雲雀の顔がみるみるうちに怖くなっていくが紗夜は顔を合わせていないから感じ取れずにさらに追い討ちをかける。挟まれたディーノが哀れだ。


「だれ」

「いやいや大丈夫だって。そのあと仲間らしき人を獄寺くんと山本くんも無慈悲に吹っ飛ばしていたし」

「名前」

「だいじょーだいじょー。よくよく考えたらこの傷一ミリもなかった。大袈裟に包帯を巻かれているだけだよ」

「特徴は」

「人間だった」

「ふざけてるの」


ディーノには紗夜の怪我の原因がわかった。嘆きたくなるのをこらえて、雲雀の学ランのポケットに目を向ける。
ヴァリアーが日本に上陸したという情報と紗夜が襲われた時に助けてくれたメンバーを聞けばどう考えてもリングが関係している。雲雀も持っているハーフボンゴレリングが。


「(紗夜も何かあるとは聞いていたが……)」

「わ、わかった! 教える!」

「早く」

「ただし! ディーノさんを倒せたらだ!」

「…………………ん!!?」


紗夜が巻き込まれた理由を思案していたディーノは突然出てきた己の名前に後ろを振り向く。
青い瞳と目があったが紗夜はまたリンゴのように赤く顔を染めて前を向いてくれと弱々しく頼んできた。意味がわかったディーノは素早く首を回して正面を向く。

そうなのだ。紗夜は今ボタンがないから胸もとがはだけているのだ。


まだ学生の女子に欲情しかけたことをディーノは悔やむ。淡い色の下着に大きな膨らみと谷間が隠せてない。片手では限界があった。成人した女性でも持っていないものを紗夜は持っているがまだ14歳の中学生。邪な感情を向けてはならない。特に紗夜には。己を好いてくれている美少女に嫌われるようなことは決してしてはならない。


「……わかった」

「ディーノさん……!」


きらきらした瞳をディーノは背中で受け取る。見なくてもわかる。どれだけ期待に満ち溢れた視線を頂いているのかは。
ビシッと鞭をしならせてから腰に戻したディーノは無表情ながらも苛立ちを隠せていない雲雀に朗らかな笑みを向ける。


「ということだ恭弥。知りたかったらオレを倒せ」

「……いいよ。もともとあなたは倒す予定だから」

「そう簡単にいかねーよ」


ディーノは雲雀を並盛から遠ざける必要があった。今なら簡単に頷いてくれる。何かと理由をつけて外に追い出す苦労が消えた。

あとは頼みます、と紗夜は屋上を出て行くディーノに小声でお願いして見送った。


「……………………あれ? 私この格好でこれからどうすればいいんだろう?」


誰もいなくなった屋上でつぶやいた紗夜の声は誰にも届かない、と思いきや数分後大慌てでツナが服の替えを持ってきた。ディーノからリボーン、リボーンからツナへと伝言ゲームが行われたそうだ。