造花にいのちはないのでしょうか


昨日は危険で物騒な現場に居合わせてしまったけれど怪我はないので普通に登校する。残された綱吉たちは無事逃げれたのか。風圧だけで地面を斬るロン毛と勝負するなんて無謀なことは流石にしないだろう。勝てるわけがないんだから。それともボンゴレ関係者みたいだしなんだかんだ綱吉は巻き込まれたのかな? 鍛えるのは勝手だが一般市民を巻き込むのはよくないと思う。

綱吉が何か愚痴ってきたら聞こう。自分からは深く関わらない方が身のためだ。


だが教室に行くと綱吉の姿はなかった。山本くんと獄寺くんもいない。授業が始まっても来なかったので欠席扱いとなった。


………………うん、私は何も知らない。









「鳴神紗夜殿でございますか?」


殿?

スーパーによって下校していたら一人の少年が前に立ち塞がった。だけど物腰はとても柔らかく喋り方も下手に出てくる。


「はい、鳴神紗夜ですが……えっと……」


不信感なく応えてしまう。そもそも私の髪色と目の色は日本人には珍しいから誤魔化せないだろう。誰だろうこの人。違う学校だとは思うんだけど……。そもそも日本人の顔立ちじゃないような……。


「拙者はバジルと申します」


ご丁寧に頭を下げられる。会釈をして、ようやく思い出した。昨日のことなのに。危ない人の片割れだ。


「少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


逃げる選択はあるのだろうか。逃げたところですぐに捕まるのではないだろうか。
ちらりと後ろを確認すると誰もいない。前にもいない。私とバジルという少年の二人っきり。助けを求めることができない。たとえ助けを求めても目の前にいる少年はただの外国の少年にしか見えない。昨日の商店街の器物損壊事件の犯人だと思うわけがない。炎も武器もないただの少年。


「だ、大丈夫です……」

「ありがとうございます」


それでもこの人はマフィア関係者。危険なことに変わりはない。断れば命はないかもしれない。小心者の私は頷く以外の道はない。
バジルという少年は人のいい笑みを浮かべて案内をしてくれる。前を歩かずに隣を歩くのは私が逃げるのを防止するためか、それとも善意のエスコートなのか、またまた背中を見せたら刺されると考えているのか、私をいつでも始末できるようにするためなのか。
私にそんなものを知る権利はない。エスコート以外の理由で隣にいられたら恐怖なので知らない方がいいんだ。





少し時代を遡ったような話し方で廃病院に連れてこられた。汚くないし肝試しに使われそうな雰囲気もない。つい最近まで使われていたかのようなきれいさだった。今も営業していると言われてもおかしくはない。


「親方様、鳴神殿を連れて参りました」

「おお、ありがとな」


ノックして外から声をかけたバジルさん。部屋の中からは声変わりはもう終えた成人男性の声がした。私一人で入室するらしくて、バジルさんは声をかけると廊下に立ったまま動くことはなくなった。
一人入室が嫌すぎてバジルさんを凝視していたら何やら勘違いされて「すみません。男児のやることですね」と扉のドアを開けてくれた。違う。開けろよてめえ、と命令していたわけではない。それに恐らく男性がドアを開けたりするマナーは上級貴族のものだ。私のような下民には関係ないこと。


「どうぞ」

「……ありがとうございます」

「いえ」


バジルさんは多分ただのいい人だ。朗らかな笑顔に穏やかな雰囲気。誰彼構わずに威圧するような人ではない。一般人と同業者分けている。ちゃんと区別ができている常識人。……口調だけは少し変人だが。

ドアを開けてくれたバジルさんはまた廊下で待機する。


……………はぁ


バジルさんの上司と会うのは私だけらしい。どうせ逃げれないし、仕方ない覚悟を決めよう。
「案内ありがとうございました」とバジルさんに微笑んで意を決して中に入る。


扉はバジルさんが閉めたらしく、気がついたら閉ざされていた。


「……こんにちは」


一呼吸して挨拶すると、


「こんにちは。君が紗夜ちゃんか。リボーンや奈々から話は聞いてるぞ」


どこぞの近所のおじさんだ、と疑問に思うほどの軽い挨拶が来た。ぽかんと口を開けてしまう。


「まあまあ、とりあえず座ってくれ」


ラフな格好。つなぎを身につけていて、チャックは真ん中おへそぐらいまでしめられている。中に着込んでいるのは白Tシャツ。無精髭は生やしっぱなし。……マフィア関係者というより、工事現場の人だよね。休憩中だよね。あれ?

昨日暴れていた二人。片方がボンゴレとのことだからバジルさんだと思ったんだけどあちらの凶悪なロン毛がボンゴレだったのかな? バジルさんは巻き込まれたただの一般市民だったんだ。工事現場に弟子入りした子かな。この人を親方様と呼んでいたもんね。

診察室はそのまま残っていたらしい。患者さんが座る方のイスに腰かける。


「……私に用事とは……」

「その前におじさんの正体教えないとな」


昨日の騒ぎのことなら私ではなくて恭弥と話すべきだけど。
何が壊れてこれから工事するんだろうな。


「オレはツナの父親だ」

「ありがとうございました」

「あれ?」


さあ帰ろう帰ろう。こんなところにいる用事はない。食材が腐る前にお家に行かないと。


「え? もう終わったのですか?」

「はい、ありがとうございました」


ドアを開いて廊下に出る。壁に寄りかからずにずっと立っていたとはバジルさんすごいな。早いお出ましにバジルさんは目を丸くしていたがそっけなく目も合わせず足も止めずに通り過ぎる。


「終わってないぞ!? バジル!」

「は、はい!」


上司の命令に部下は逆らうことできずに俊敏な動きで私を止めにくる。この先には行かせないといったように前で両手を広げた。


「鳴神殿! どうかお話をお聞きください!!」

「死んだひいおばあちゃんの遺言で歳上の人とは会話するなと」

「お願いです! 沢田殿に関係することなのです!」

「はい知ってます」


ここで指す沢田殿は綱吉のことだと思うがそこにいる父親だと思っとこう。それは関係するよね、だって本人がいるもの。

綱吉の名を出せば動くと思うなよ!! さあ、見ざる聞かざる言わざるということで退散しよう。バジルさんの横を通ろうとしても前からどかない。左右に移動して通り抜けようとしてもバジルさんは必ず私の前にいる。残像が残る勢いで邪魔してくる。


「少しでいいですから!」

「すみません。死んだひいおじいちゃんの遺言で異性とは会話するなと」


バジルさんがボンゴレだったのか。ロン毛が違う何かか。騙された。綱吉のお父さんなんてボンゴレに決まっている。
バジルさんが邪魔するなら裏口から出よう、と来た道を戻るとずっと隣で何かしら捲し立てられる。

判断が間違っていたな。戻るということは先ほどまでいた中年のおじさんがいるのは当たり前のことなのだ。私より大きい背丈の人が前にいる。

…………………いつからおかしくなったかな私の人生。


「……手短にお願いします」

「おう、悪いな」


悪いと思ってるなら帰らせてよ。思ってないんだろう。あなたにとって私はボンゴレや息子と比べたら石ころと同じようなどうでもいい存在なんだから。








病室に先程と同じように座って口を開く。


「話とはなんでしょう?」

「紗夜ちゃんはオレの正体気がついてんだな」

「……気がつかない綱吉のような人が稀だと」

「そうかもなー! 奈々はマフィアには見えんからな」


ボンゴレのボスが血で決まると知ったら疑うのは血を分け与えてくれた両親だろう。綱吉はなんとも思わなかったらしいけど。
ぶすっと機嫌悪いアピールをしたかったが私は大人だ。ちゃんと笑みを浮かべて話を聞いてやろう。


「奈々から聞いたんだがツナとつきあってんだって?」

「……………はい!?」

「紗夜ちゃんは義娘になるって喜んで教えてくれたぞ」


親指を立てられてウインクをされたがそんなことに構ってられない。

ホワイ!? なぜそんなことになった!!?
義娘とは綱吉の結婚相手だよね!? そんな未来ないけれど!? そもそもつきあっていませんけど!? つきあう未来すらありませんよ!

……空耳か。歳取るのって怖いな……。


「多分それ私じゃなくて京子ちゃんかハルちゃんですね」

「ん? リボーンも紗夜ちゃんだって言ってたぞ」

「あはは 聞き間違えですよ」


難聴って避けれない道なんだね。
それともなんだ? 義娘の意味はもしかして息子の結婚相手という意味でなくて養子に引き入れるっていう意味で使われていたかな? 綱吉の姉になるっていう意味だったかな? なんだ、綱吉のお父さんの耳がおかしいんじゃなくて私の勘違いか。


「お気持ちは嬉しいのですが遠慮させていただきます。そのようにお母様にもお伝えください」

「ツナに付け入る隙はないのかっ!」

「はい??」


なんでこの人笑っているんだ? 綱吉のお父さん聞いていた通りめちゃくちゃだな。養子の話を断ったらなぜそこに綱吉が出てくる? そもそも私 綱吉に一人で暮らしてると話した覚えないけど。なぜ急に?


「だけどなぁオレたちの息子はこれからどんどん輝くぞ」

「……さいですか」

「ああ。これからどんどん逞しくなって強くなる。紗夜ちゃんを守れるほどに」

「……はぁ」


相槌もどんどん適当になってしまう。私は今何を話されている? なんの綱吉アピールを聞いている?


「今日も元気に修行中だ」

「………………」


相槌もやめてしまうよ。修行しているのはなんとなく知っている。今日屋上から物騒な音がずっと響いていたもの。みんな聞こえないフリをして授業受けてたもの。先生までもが見ぬふりして板書していたもの。


「六道骸」


半分流していた時に聞かなくてはいけない話が出てきた。考え事をやめて綱吉のお父さんの顔を見上げる。


「彼との戦いで紗夜ちゃんを巻き込んでしまったことを詫びさせてくれ。謝っても許されることではないとはわかっている。だが……すまなかった」


なぜ急に話の内容が180度反転されたのかは聞いてなかった私にはわからない。綱吉自慢がいつのまにかマフィアの世界に変わっていた。
頭を下げる綱吉のお父さんに私は……


「頭を上げてください」


怒鳴ることも許すこともしない。だってこの件に関しては謝罪される理由がない。


「私は……あなたたちマフィアと関わったことを後悔した日はあっても、骸に出逢えたことを後悔したことは一度もありません」


骸にどれだけ傷つけられようがそのことについては何も思わなかった。骸にならどれだけ傷を残されても私は怒らない、ような気がする。たぶん。


「トマト美味しかったです。ありがとうございました」


薄く微笑みを浮かべてなんとも思ってないことを言葉でも表情でも伝える。

綱吉のお父さんは「そうか」と。それだけだった。何を思ったんだろうな。


「それだけですか?」


わざわざ私を呼び出した理由がそれならもういる必要はない。
だけど、それだけではなかったらしい。本当の呼び出した目的は次のものだ。

綱吉のお父さんは真剣な面持ちで口を開いた。

人払いしてバジルさんを中に入れなかった理由はこれだ。


「君に前世の記憶があるというのは本当か?」

「っ」


息が詰まった。帰るために持ち上げた食材とスクールカバンを落とすところだった。だけどこんなところで動揺したら肯定を表す。


「あるわけないじゃないですかっ。もしかしたら昔そんなこと言ってたもしれませんけれど今は恥ずかしくてそんなバカげたこと口にできません」


にっこり微笑んで頭を下げて今度こそ退室した。出てきた際にバジルさんが私の表情を見て息を呑んでいた。

どんなかおをしていたのだろう。