あの子にとって優しい世界であるように


山本くんたち野球部と鉢合わせて迷子の少年の名前と素性が無事わかった。迷子の少年、藤森ミツルくんには兄がいて、その兄は野球部の一員だった。野球部は現在練習中。終わるまで私は少年と一緒に待つことになった。一人で少年をベンチにいさせるのはつまらないだろう、と誰かの配慮で。私がいてもつまらないと思うけれど。


河川敷のグラウンドには屍が転がっており阿鼻叫喚が響き渡る。子どもの教育に悪そうな地獄絵図だな。

恭弥が野球部の特訓につきあっているのは驚くしかない。現在 恭弥の標的はいつから恭弥を交えて練習しているかはわからないけれど、一人だけぴんぴんしている野球部エースの山本くんと巻き込まれた被害者綱吉。私はもちろん免除だよ。あんなのに巻き込まれたら死ぬ。野球ボールが顔面に食い込むか頭にヒットするかの未来しかない。


「ちょっ、おい鳴神!!」

「え?」

「振り向くなよっ!?」


骸がどうこう、と迷子だった少年を指していた綱吉。何を言いたかったかはわからないけれど今は恭弥にボールをガンガン投げられている。トンファーをバット代わりにして綱吉と山本くんめがけてボールを飛ばしている。
それを迷子くんと眺めていたら急に後ろから声が。


「え……っと、振り向くな、とは?」

「ヒバリさんの目の前で鳴神と仲良くしているところなんて見せられねぇだろ!!」


この声は同じクラスの人だ。二年間一緒の。
どこぞのスパイのような状況。後ろからコソコソと声をかけてくるクラスメイト。振り向かずに前を見ていろ、とのこと。


「ヒバリさん連れて帰ってくれよ!!」

「無理ですよ。あのギラギラした瞳。人をいたぶることが楽しくて仕方ない満悦の笑み。奪うのは無粋じゃないかな」

「オレらは!? オレらこのままだと全滅だけどっ!! 明日から大会なんだがっ!!?」

「あっはは」

「鳴神!?」


クラスメイトは草むらを這うように待機している。ベンチと私と迷子の少年を壁にして恭弥から見えないようにしている。なぜなら思いっきりサボっているから。恭弥を呼んで練習しているのに。見つかったら終わりだよね。隠れたい気持ちはわかる。


「見てなかったのかよ! 弟にいいところを見せようとして立ち上がった藤森を!!」

「見てたよ〜。一瞬で屍となったのを」


弟にいいところを見せようとした藤森くんは少し前に恭弥の打ったボールが顔面に食い込んでいた。弟に見せたのは情けない姿。

おおっ。恭弥の打ったボールを山本くんキャッチ。綱吉はいつのまにか気絶していた。


「最後の調整中に入院したらどうなると思う!?」

「恭弥がキレちゃう」


不戦敗なんてしたら恭弥が野球部廃部にするよ。だからどうにかして試合に出場しないと。というより君はみんなが倒れている中なんで一人だけ安全を確保しているのだ。


「お願いだからヒバリさん持ち帰ってくれ! 山本には悪いと思ってるけれど」


山本くんが恭弥を呼んだんだね。練習につきあってくれって。それを聞いた山本くん以外の野球部員はきっと青ざめたんだろうな。


「今度の生徒会選挙鳴神に一票入れるからっ! なあ! 頼むよオレらクラスメイトじゃん!!」

「私が生徒会長やりたくてやっているように見えてたんだ」

「いや、全く見えねぇ」

「じゃあ嫌がらせじゃないか」


生徒会長なんて好きでやっているんじゃないんだよ。それをわかって私に票を入れるって宣言した彼は何をしたいのか。頼みを聞いて欲しいのか聞いて欲しくないのか。
あ、恭弥が私たちを見た。ひらひら〜と手を振ったが返してはくれない。恭弥が見たことで私を見た山本くんが代わりに振り返してくれた。やったね。


「頼むって! ヒバリさん鳴神の言うことならなんでも聞くから」

「だったらいいなあ」


恭弥は顰めっ面をしてボールを軽く上げた。そしてずっとやっていたようにトンファーに当てて────


「聞くわ!! だってヒバリさん鳴神のこと、ブホォォッッッ!!」


カーブ球で寝転がっていたクラスメイトに直撃させた。ビュンッと私の横を通り過ぎたよ。後一ミリずれていたら頬にかすってたよ。風圧で皮膚が切れるかと思った。
こわごわと振り向くと地面に這っていた予想通りのクラスメイトが気絶していた。顔面にはボールのあとがある。歯が折れたんじゃないかな? ランキング外で永久歯は無事だったのに今ここで折れたんじゃないかな?


「も、もしもーし……」


返事はない。白目を向いて気絶している。
トンファーで野球ボールを打っているから狙いが山本くんからずれちゃうこともあるよね。今まで素人の恭弥が百発百中だったことがおかしかったんだよ。だよね、と恭弥の顔を伺って確認したが狙ってこちらに飛ばしてきた顔だった。今はまた山本くんと二人で遊んでいる。

……おっ、まえ……っ、野球部に入部しろよ……っ。コントロール抜群じゃないか。レギュラー勝ち取れるだろぉが……っ。


───よかったですね


え?


「……今喋った?」

「ううん!」


藤森くん弟が喋りかけてきたような気がしたんだが気のせいだったらしく笑顔で首を横に振られた。私この子の首を縦に振った姿見てないな。まあいいか。今回のは迷子の時のように泣くのを我慢している顔ではなくて溌剌とした元気いっぱいの返事だったから。

藤森くん弟の右目はずっと前髪で隠されているなぁ。頭を動かしても絶対に右目を覆い続ける毛根ってすごい、と余計なことを考えて恭弥と山本くんの野球対決を眺めていた。


───僕のことを理解したいのなら直接聞いてください


街中が薄暗くなってきて解散となる頃に、ふと何かが聞こえた気がしたが恭弥にも山本くんにも聞こえてなかったので空耳だろう。







藤森ミツルに同一化していたのは六道骸。この世には憑依する条件を満たさなくても精神を合わせることができる人物がいるのだ。精神の相性がいい人物。藤森ミツルはかろうじて精神の波長を合わせることができる並盛に住む人間だった。ツナの身体を手に入れるために近づいたのだが、結果は────


「よーし!! どんどん来いヒバリ!!」

「待って!? 山本考え直して!! ヒバリさんストップーーー!!」

「うるさい」

「あはは だから無理だって」


目の前ではどうでもよい野球の練習が行われていて隣では雲雀を連れ帰れとの交渉が行われている。
たまにボールさえも使われていない地獄の特訓。下手すると血が飛び交いそうになる雲雀の暴力。リボーンがいないツナは軟弱な非力で骸は失望する。こんなのに負けたとは、と。
もうすでにツナには骸が藤森ミツルの肉体に憑依していることは気がつかれている。紗夜がいない隙に本性を出して自らバラしたのだから。ちらちらと心配そうに伺ってくるツナ。雲雀がいる手前、骸の名前なんて出せないのだ。乱闘になることを超直感で掴んでいる。よそ見をしていたことから雲雀の餌食になり気絶したが。


「まーじ無理」

「いけるいける!! 鳴神お前ならいける! ほら行けよ諦めるな! 諦めたらそこで試合終了だぞ!!」

「おい野球部」


隣ではまだ行われている交渉、もとい嘆願している男。冷めた瞳のまま男を一瞥して隣に座っている女子に顔を向けた。

紗夜はわかりやすい人間だ。世間からするとわかりづらい部類に含まれるかもしれないが、骸からするとわかりやすすぎた。
お人好しの女。ただ服を掴んだだけで一緒についてきて、今も置いてけばいいのになんだかんだ最後までいる。頼まれると断れない。野球部員もわかっているのだろう。鳴神紗夜は最後は必ず頷くことを。他人に合わせるように、浮き出ないように、不快に思わせないように微笑むことが多い。異質なものとして扱われたくないから、と。


「よっ! 生徒会長頼む!!」


少し煩わしくなってきた男子部員に骸はほんの少しだけ殺気を出す。微弱な程度だったがさすが雲雀、気がついてベンチを睨みつけた。他のものは誰も気がついていない。
雲雀は殺気の正体はわからなかったがベンチに隠れている男のことは発見して、ボールを飛ばしてきた。


「(わかりやすい男だ)」


自分以外の人間が紗夜と親しくするのは見ていられないのか。一瞬の出来事だった。気絶した本人はなにが起こったか理解する前に気を失ったことだろう。


たかがクラスメイトが気絶したことに頭を悩ませている紗夜を横目で眺める。


死にたい

助けて

記憶なんていらない


救いを求めて泣いていた少女。今 骸が憑依している少年より幼かった紗夜。髪も目も記憶も何もかも、世界まで嫌っていた少女。骸に泣き縋ってきた少女は今はたくさんの仲間に支えられている。彼らの中に突き飛ばすものはいないことを骸は知っている。正直に話しても少しは珍獣扱いされるかもしれないが態度は変わらないことだろう。


「よかったですね」


声に漏れていたらしく紗夜に聞き返された骸は少年のふりをした。


世界を壊してしまおうと骸が決断した一つが紗夜だった。マフィアとは関係ない少女が世界に悲観していた。表の世界も裏の世界も薄っぺらいものでコーティングされていて、剥がせば欲にまみれた汚い大人の思想であふれている。


「山本くんがんばれー」

「おお!」


顔を綻ばせて同級生を応援する紗夜。

何も背負わずに微笑んでいる少女に骸は優しく微笑みかけて同じように前を見据えた。

今度出会う時は現実世界で。
監禁や軟禁をしてではなくて、紗夜が笑顔で訪れに来ることを夢に描いて骸は目を閉じた。


「(こんな想い僕らしくない)」


それでもそんな未来が来ることを望んでしまうのだ。







翌日、山本の応援をしている沢田綱吉を中心としたメンバーを見かけた。
その中心には紗夜がいて、気温の暑さと熱心な応援で汗を浮かべながら女子と手を取り合ってホームランを喜んでいる姿に


「…………………………」


骸は微笑みを浮かべた。