命の儚さを思い知れ


屋上にたどり着いた時には飛び降り自殺をした後だった。死を一度経験している私にとって命を失う怖さは人よりわかっていると思う。
真っ青になって口もとを押さえていると同じクラスの子たちが笑いながら屋上を出て行く。どうみてもクラスの人気者が飛び降りた雰囲気ではなかった。


「あ、鳴神さーん! 屋上のフェンス壊れたから」


何事もなさそうに言う『山本命』と書かれたハチマキを身につけた女子生徒。この子は山本くんをアイドルのように崇拝しているファンクラブの一員だ。大好きな山本くんが飛び降りたのになぜ笑顔で友達と笑い合えているんだろう。異常だ。


「……クラスメイトが飛び降りたのに笑えるの?」

「え?」


聞いてしまった。
もしかして私が亡くなった後もみんなは何事もないように笑っていたのかもしれない。きゅっと拳を握りしめて同じクラスの女子に尋ねるとからから笑われた。


「あれ武のジョークよ〜。鳴神さん本気にしちゃったんだ」

「じょ、冗談?」


みんな笑って屋上を出て行く。いまだに理解はできていない。

誰もいなくなった屋上で私は壊れたフェンスに近づいた。屋上を開放しているのにさびれていたフェンスに気がつかなかったのは先生や生徒会の不始末だ。


だけどそんな笑えない冗談をする?

綱吉を巻き込んで飛び降りたりする?


もしかしたら綱吉もこの騒動を企てていた一人なのかもしれない。地面では楽しそうに話し込んでいる綱吉と山本くんが。
やっていいこととやってはいけないこともわからないの? 悔しくて涙が出てくる。生きたくても生きれなくて途中で終えてしまう人もいるのに、嘘をついて人を集めて飛び降りるパフォーマンスをするなんて。


非常識すぎる。


「っ、さいってい………っっ!!!」


気がついたら私は来た道を戻っていた。












バシンッッッッ!!!


校舎裏にたどり着いて私は一番にビンタをかました。私より上にある精悍な顔を思いっきりぶっ叩いた。


「紗夜!?」

「どっち」

「え、」

「綱吉は巻き込んだの? 巻き込まれたの? どっち」


驚いて、でもこれ以上被害が出ないように私と山本くんの間に入り込んだ綱吉。痛いのは嫌いなくせにビンタした私を止めようとするのは自分なら叩かれるわけがないと確信しているからだ。確かに巻き込まれたのならする気はない。


「どっち、って……」

「屋上からの飛び降り。最初からしようと思っていたのかそれとも巻き込まれたのか」

「……その、もしかして…怒ってる?」


綱吉の前で怒りの感情を出すことはあまりない。そもそも中学生の前ではあまりない。何年も生きていると建前が身に付いてしまう。
静かに怒っている私にいち早く気がつけたのはさすがだ。それで原因もわかったらしく視線をそおっと山本くんに向ける。たまに綱吉は感が凄まじい。だがこの状況でビンタまでして私が山本くんに怒っていないと説明することの方が難しい。


「違うって鳴神! オレが巻き込んだんだ! ツナはオレを止めようと、」

「ふっざけんな!!」


気がついたら山本くんに怒鳴っていた。


「……冗談、でしていいこととしてはいけないこともわからないの…?」

「「っっ!?」」


涙が流れていた。綱吉と山本くんがギョッと目を見開いた。女子生徒がいきなり涙を流したのだ。驚かないわけはない。山本くんにいたっては特に仲良くもない女子生徒が目の前で泣いているんだ。困るだろう。でも涙は止まらない。


「違う……っ、違うんだよ紗夜!! 山本は冗談じゃなくて本気で悩んでいて……!」

「……本気? 本気で死のうと、したの…?」

「あーー……心配かけて悪いなっ」

「っ」


山本くんとしてはこれ以上心配かけないように明るく謝ったのだろう。だがそんな手を合わされて謝られてもっ。


「なんで死を選ぶのっ!!!」

「えっ!? ……いや、その、オレバカだからふさぎこんで変なことを考えちまって……」

「それで綱吉を巻き込むの!?」

「いやっ、それは、」

「違うから! オレが足を滑らせてフェンス壊しちゃって、山本を巻き込んだんだ!」


涙が止まらない。ずっとずっと出てくる。二人が優しい言葉をかけてくる。だけど止まらない。


「しんだらっ、死んだら……全て終わりじゃん!!」


もう何もできないんだよ。友達とバカ騒ぎすることも遊びに行くことも家族と向き合うことも好きな人の隣にいることも……できなく、なっちゃうんだよ。まだ中学生なのに…っ。
涙を流しながら嗚咽を漏らしてつっかえつっかえ言葉にしていく。


「悪ィな心配かけて! もう二度としねーから!!」

「っ、」

「ツナや鳴神ともたくさん話したいし!」


手を怪我している状態で身振り手振りもう二度と屋上からの飛び降りをしないことを伝えてくる。私も心はあるので何度も何度も謝ってくる山本くんに怒鳴ったことと頬を思いっきり叩いたことを謝罪する。申し訳なくなってしまう。

綱吉に着替えてきなよと伝えると彼は私と山本くんが二人っきりになることをやんわりと否定してくる。もう叩いたりなんかしないよ。笑みを浮かべるとそれでも納得はしないが服を取りにいった。


「……本当に悪かった!!」

「っ、私こそ本当にごめんね! 怪我人にさらに怪我を負わせて!」


綱吉がいなくなって山本くんがまた頭を下げる。腕を骨折しているんだからあまり腕に負担がかかるような動作はしないで。揺らすだけなら悪化しないかもしれないができる限りやめてほしい。

わわわと慌てながらやめてくれとお願いすると山本くんは眉を下げた顔を上げてくれた。


「……実は球技大会からオレ悩んでいたんだよ」

「……ああ」


そういえばあの日もおかしかった。静かだし。口数少なかったし静かだったし。友達のもとに行かずに生徒会室に籠っていたし。ほとんど話したことのないクラスメイトのいる空間にずっといたし。


「あの日鳴神は変な慰めもなくそばにいてくれて……オレそれがすごく嬉しかった」


照れ臭そうに頬をかく山本くんに言葉が出てこない。大体の人はあの場で話しかけることはない。


「オレもっと鳴神と仲良くしてみてぇ。オレもツナみたいに紗夜って呼んでもいいか?」

「……どうぞ」

「やりぃ!」


何がどうなって名前で呼ばれる仲になったのだろうか。私は山本くんと呼び続けるけど。ファンクラブが恐ろしいから。


チャイムが鳴り響く。今はまだ朝だ。学校は始まってもない。このチャイムはSHRが始まる一つ前に鳴るチャイム。


「やべっ、早く行こうぜ!」

「先行ってて? 顔洗ってから行きたいから」

「あっ、わかった! 悪かったな! ありがとう!」


うん、と微笑んで見送る。いなくなったらすぐに笑顔の皮は剥がれた。


「……やっちゃったな」


涙のアトは誤魔化せない。泣くなんて、いつぶりだろうか。この世界に来て、記憶を取り戻してから泣いたことなんてない…………あるな。たくさん。不良に囲まれて生理的な涙はたくさん浮かんでいた。ヤのつくお仕事みたいな人はたくさんいたし恭弥といると囲まれることもあったから。それ以前に…………いろいろが辛すぎてよく泣いていた。

ふらふらと校舎に入ったが下駄箱で気力が無くなってしまい、その場にしゃがみ込んでしまう。


「……さぼろっかな」

「許さないよ」

「……きょーや」


凛とした声に顔をあげると我らが風紀委員長様が。たまにはさぼってもいいじゃないか。私は一度もサボったことのない優等生なんだよ。たまにはいいじゃないか。


「よく俯いていたのに私だって分かったね」

「僕が紗夜を間違えるわけない」


「その髪色は紗夜しかいない」との発言に納得できた。あまり人に興味を持たないのに私が分かったのはそういうことか。
恭弥はその場に腰を下ろした。下駄箱という汚い場所で、また本来座る場所ではない風紀の乱れにつながるような行為をなぜ恭弥が……。


「……泣いたの?」

「……………………」


誤魔化せない。こんなことなら外の水道で顔を洗ってくればよかった。
何も喋らずにまた俯けば恭弥からため息が。


「どっちで泣いた?」

「? どっち?」


綱吉か山本くんという意味? 見てなかったのに何で知ってるんだろう。
恭弥が私の髪に触れる。彼岸花のような赤い髪を一房すくっていた。私の髪は胸付近まであるロングだ。軽くくせ毛が入っているから短くはできない。毛先の方10センチばかりはくるくるしている。


「解任した根津銅八郎に髪について嫌がらせを受けたんだって?」

「…………………どこで仕入れたの」


たしかに私は昔から髪色についてとやかく言われていて、あの日も少し辛かった。あの場には私と綱吉と獄寺くん、校長先生しかいなかった。恭弥が知るわけはない。


「それとも今日騒ぎを起こした自殺未遂者?」

「……その件は私が片づけるから恭弥は手を出さないで」

「いいよ。興味ないから」


「自殺なんてくだらない」と吐き捨てた恭弥の言葉が今日はとても嬉しかった。だが今隣に座って髪の毛を一房撫でている少年は人を殺すことに何も感じない。ずっと昔に恭弥がアゴを割って骨を折って顔の形を変えるまでずたずたにしている現場にいた時があった。初めて見た光景に感情がいろいろぐちゃぐちゃになっちゃってそれ以上見たくなくて必死に恭弥に縋ったらあの人たちの命は助かった。その日から恭弥は私の前では半殺しをしても命を奪うまではしなくなった。私の見ていないところでは知らない。並盛の風紀を正すためには必要なんだと。


「それで、どっち」

「……聞いてどうするの」

「別に。殺してくるだけ」


それを聞かされて答えるわけないじゃないか。
顔を上げずに俯いていると恭弥からため息が漏れ出た。

昔から恭弥は私に甘いとみんなが言う。だけどそんなことはない、ようなあるような。今日は優しい日だ。SHR終了のチャイムが鳴ってもトンファーを取り出すことをしなかったんだから。


「紗夜は弱いね」

「恭弥に比べたらね」

「どうでもいい草食動物の言葉を真に受けるし、ただクラスが一緒な草食動物の死に悲しむのだから」

「…………………死んだら、終わりなんだよ」

「ふーん、泣かせたのは自殺願望者の方か」


身体は正直らしくピクリと反応してしまう。恭弥の声は少しだけ変化したが動く気配はなかった。思わずワイシャツを掴んだがそんなことしなくてよかったみたい。それに恭弥はこの件は私に任してくれるって言ったんだ。相当機嫌が悪くならない限り手を出すことはないだろう。


「……ようやく顔を上げた」

「え?」

「別に。ほら授業行くよ」


何か呟いたから聞き返したら二の腕を掴まれる。髪の毛は離された。今日はまとまっているからいいが雨だと湿気で大変なことになるのだ。変にいじったらぼわっとする。


「……僕は強いよ」

「? 知ってるよ」


何言ってんだ恭弥は?
そんなこと周知の事実だ。いまさら言葉にしなくても恭弥は最強で最凶で最恐だから。
よくわからない人。顔を洗いたいと言えば途中水道に寄ってくれたけれどなぜか待ってくれている。みんな道を開けて端っこに寄っていく。

教室前まで送られた。一年生はまだ恭弥のことを知らない人も多いらしく「誰あのイケメン!?」と騒がられる。主に部活無所属者。先輩と関わりのない女子。


「紗夜っ遅かったけど何かあった!?」

「……ううん」


心配してきた綱吉にへらりと笑って席につく。

顔を横に向けると青空が。屋上は出入り禁止になるのだろうか。この件については今度の職員会議で荒れることになるだろう。……嫌だなぁ。
……少しだけ頑張って禁止されないようにしてみようかな。