赦しに痛みがあるのなら


白いベッドに白い病院着。

まさか私が入院する側になるとは誰が予想していただろうか。嬉しいことに、悲しいことに、一人部屋を与えてくれた。今病院には並中生はたくさんいるし、同じ階には襲撃事件の全てを知る生徒がほとんど全員入院している。

いろんな人がお見舞いに来てくれた。する側ではなくてされる側は慣れなくてとても困った。お見舞い品としてもらったものは山積みとなっている。暇だろうから、と何人かのクラスメイトが遊び道具も置いていってくれた。そのうちの一つに手を伸ばす。なんでもいいから、と一番最初に触れたものを手に取るとルービックキューブだった。使い込まれているのがわかる。これ多分家にあったいらないものを私にくれたんだな。

なぜか口元が緩んだ。誰からのかわからないがカチカチと音を鳴らして一面ずつ合わせていく。ルービックキューブは昔から全面そろえるのはできたことはなかった。




病室にいると思い出すのはやはりお母さんのこと。お父さんはお見舞いに来てくれたが上手く説明できるわけなく曖昧に微笑んだ。だけど両親が住んでいるのは黒曜だから黒曜と並盛のいざこざは知っていたらしい。
この事件は広がることなく、世間では黒曜の不良が並盛生徒を無差別に襲うという結末でことがすんだ。小さな小さな事件。当事者以外は一週間後には忘れてしまうほどの小ささで全てが終わる。 


カチャカチャ、音が鳴る。


お父さんはしばらく私のそばにいると言い出してくれた。嬉しかった。だけどそんなことできない。お母さんを一人にするのは危険なことはお父さんもわかっている。しばらく入院するから平気だよ、と笑ったら何故かお父さんは納得いかないように唇を噛んでいた。そりゃそうか、入院費稼いでるのお父さんだから。


カチャカチャ、一定のリズムで音が響く。


お父さんだけでない、ほとんどの人はただ巻き込まれただけの被害者として私に同情に満ち溢れた視線をくれる。だからこんなにたくさんのお見舞い品があるのだ。花に食べ物に遊び道具に宿題に……。
みんなみんな知らないから私を哀れな被害者として扱ってくれている。


「……違うのに。ねえ」


私は被害者ではなく加害者だ。


「そう思わない? ───恭弥」

「……なにが」


お見舞いに訪れてくれたお隣さん。私なんかのお見舞いに来るとは随分と暇だったことだろう。

恭弥が扉の前で立っていた。いつ病室に訪れたのだろう。気がついたらいるんだから。恭弥のことだし入ってきてまだ一分も経ってないんだろうな。何もせずに黙ってずっと立ち尽くしているという時間の無駄なことを恭弥がするわけがない。


「私が、なんで被害者面できているかの話」


ルービックキューブから顔を上げる。まだ二面しか揃っていない。恭弥はもうすでにいつもの学ランだった。真っ黒の風紀委員会を表す学ラン。いつもの姿。

恭弥は私の顔を見ると、お父さんと同じように訝しげになる。なんで、みんな同じことをするのだろうか。


「怪我したなんて知らなかったんだけど」

「私も」


気がついたらそこら中に怪我をしていた。
恭弥は少しだけ足を引きずるようにして隣のイスに座る。平然としているがまだ怪我は治っていない。


「縫ったんだってね」

「うん」

「アトは」

「……さあ」


見知らぬうちについていた刺し傷は全て縫われた。全て気を失っている間に終わったから私が知ったのは全て事後報告だった。
私は酷い怪我だったらしい。だからクラスメイトたちも私のお見舞いに来てくれたのだ。同じクラス、または一年生の頃同じだったクラスメイト。


「残るの」

「……どうだろうねぇ」


縫ったアトは残るのか残らないのか。
私は酷い怪我だった。だけど一番大怪我だったのは難しい顔をしている、私のお見舞いに来てくれた人だ。骨は何本も折られて血はダラダラ流していた人。


「恭弥は?」

「残るわけがない」

「そう」


なんで骨が折れた人が一週間もせずに歩いているのだろう。不思議だ。まだ足を引きずっているんだから完治していない。我慢せずにギブス巻けばいいのに。入院すればいいのに。襲撃事件が終わり病院に運ばれて治療は受けたが目を覚ますなり退院手続きをしていて。
恭弥にとって黒星の証拠である怪我は嫌なんだろうな。怪我は無かったことにするし次の日から学校には通うし。


「……紗夜は」


恭弥がまっすぐと私を見つめる。


「刺された傷が残って欲しいようにみえる」

「……………………そんなこと、ないよ」


口角を上げて恭弥から外に視線を移す。
病院は騒がしい。ケンカの強いランキングに見事に入選した人たちが全員、一人を除いて入院しているのだから。風紀委員も今はごっちゃごちゃしているのかな? 恭弥の周りの人は大体強いので襲撃に遭っている。


「………………………」


学校はめちゃくちゃだ。並盛生徒計25名入院。恭弥が入院していたら計26名だった。これなら今年は体育祭に参加しなくていいのかな? やったぁ。あんな大騒ぎ今年もしたくなかったから嬉しい。でも笹川先輩たち三年生は最後だ。悲しむだろうなあ。笹川先輩の場合恭弥のように完治する前に退院しそうな気がするけれど。それともアスリートだから完治するまで大人しくしてるかな?


「きょうや……?」


布団の上に置いてあった手に恭弥が手を置く。


「どうしたの?」


じっ、真っ黒な瞳が私を移す。ザ・日本人の髪色と目が私の浮き出ている髪の毛と瞳を際立たせる。


「紗夜は被害者だろう?」


被害者面しているのはなんでだろう。

恭弥もみんなと同じ。襲撃に遭っているから。並盛生徒からしたら悪でしかない首謀者に捕まって傷をつけられたから。
みんなも恭弥も同じ回答だ。全然違うのに。

恭弥の瞳に映っている女の唇が耳近くまでにんまりと広がった。


「私が恭弥の弱点を骸に話したのに?」

「……骸?」

「うん。私が骸に話した。恭弥は桜が苦手だと」


それだけではない。必要以上の被害を出して拡大させた。もっと早く話せばよかったんだ。そうすれば必要最低限しか傷つかなかった。


「恭弥が与えられた屈辱……それに加担している」


それでも恭弥は私が被害者だと言える?

………………ほら、言えない。私を鋭い眼光で睨みつける。


みんな、何も知らないから私を可哀想だと思うだけ。全てを知ったら手のひらを返すに決まっている。


それは物事全てに置いて同じこと。
知らないから気味悪がらないだけ。全てを知ったら腫れ物扱いするに決まっている。


もともと私の手のひらには何も乗っていなかったんだ。すくっても水のようにこぼれていく。どれだけかき集めても何も残らない。
この世に生を受けた時からずっとそうなんだ。今まで勘違いしていただけ。すくってもこぼれなかった水が少しだけ残っていたがそれもこの前全てこぼした。私の手で全て無くしたのだ。


「ごめんね。恩を仇で返して」


お隣さんとして長くつきあってくれていたのに。髪や目の色性格等で異端視され心無い言葉をかけられたときはトンファーを振り回してくれたのに。本当に幼少期は恭弥がいたから外に出れていた。
少し成長すれば外国の人という考えもみんな出てくる。外国の血が混ざっていれば目や髪色が黒や茶色じゃないことはよくあるからね。獄寺くんや内藤くんのように。だから今は言われることは少ない。まあ私の両親はどちらも日本人なんだが。家系に外国人のお方がいたとしても何世代も前。内藤くんの両親がどこの国の人かも知らないが。それだけじゃなくて染めた カラコンと思ってくれる人もいっぱいいると思うけど。


「ありがとう、今まで仲良くしてくれて」


恭弥は何も言ってこない。ただ恐ろしい顔で私に視線を送る。

静かだ。なんで何も言わないんだろう。どんな殺し方をするのか模索しているのだろうか。嫌だなぁ痛いの。私は死ぬのは怖いんだよ。もう赤は見たくないのに、見ることになるんだろうなぁ。恭弥は裏の世界とも通じている人だから犯罪しても捕まらないし。恭弥のこと最期までわからなかった。


「……消えるの」


恭弥がようやく口を開いた。置いてあった手が私の手を掴んだ。手の甲に恭弥の温もりを感じる。


「僕の前からまた消えるの?」

「……消えて、欲しいでしょう?」

「そんなこと一言も言ってない」


やめてよ。そんな目で私を見ないでよ。
なんで、まだ私を映すの。興味ないものには見向きもしないくせに、なんで私を見る……っ。


「な、なんで……? きょ、うやの手で殺すんじゃ、ないの……?」

「そんなことしない」


殺さないなら私たちは赤の他人になるんだろう。お互い視界に入らない。同じ学校の人との認識になる。すれ違ってもなんとも思わないただの生徒同士に。


「紗夜は弱い。僕がいないとでしょ?」


甲を掴む手に力が加わった。離さないと言ってくれているみたいで、嬉しかった。これからもそばにいることを許してくれるみたいで。


「不細工な顔でバカなこと言わないでくれる」

「……女子に、ブサイクなんて言ったら嫌われるよ……」

「好かれたいと思ったことはない」

「このエセイケメンが……っ」


震える声。表情を隠すように俯くと恭弥は何も言ってこなかった。ため息をついて、ずっと手を掴んでくれている。


「モテたいと、思わない男なんていないに決まってる」

「偏見」

「知ってるん、だからな。女子にはなんだかんだ、優しいって……」

「目、節穴なんじゃない。ついでに治療受ければ」


気づいていないわけがない。私の目からこぼれているものは恭弥の手にも当たっているのだから。


「小鳥好きなアピールして、女子からの好感度あげようとしてるっ、くせに」

「勝手についてきたんだよ」


黄色い小鳥を恭弥が飼っている情報はクラスの女の子から事前入手している。これからは不良の雨の日の子犬ではなくて小鳥ブームが来るのだろうか。


「ほんと……っ、恭弥は……」


……………────ありがとう


聞こえたのかはわからない。何も反応がないのだから。

恭弥の言う通り今の私はブサイクな顔をしているだろう。こんな顔誰にも見せれない。直るまで私が顔を上げることはなかった。恭弥も私のブサイクな顔は好きではないみたいだから、うじうじしている私に何も言ってこないで手を握っているだけだった。