この手を伸ばしても


いっ……た……っ。


目を覚ますと身体中が痛かった。起き上がるとか無謀だった。
寝ている間に私の身体に何があったのだろう。手は血まみれでお腹も太ももからも血がダラダラ流れている。手も痛い。グーにすると骨が出るところ、そこがえぐれているし血が出ている。それになぜか首が痛い。首の後ろ側が痛い。それでもお腹と太ももの方が痛い。あとなんかだるい。マラソンの後とかそんな感じ。

ぼろぼろすぎる身体。私は眠っている間に誰かに刺されたのだろうか。それで起きない私の図太さすごいなあ。
仰向けの姿勢のまま手をお腹に持っていくと生暖かいものが手にぬるりとつく。出血止まらない。どうしたんだこれ。


「おめーらに壊されてたまっかよ!!」


なぜか同じ空間から城島くんの恨むような叫び声が耳に入る。山本くんに倒されたと聞いたけどどういうことだろう。


「でも…オレだって…仲間が傷つくのを黙って見てられない…」


吐き出すような小さな、それでも芯が通っている決意。
綱吉の声に顔を横に向ける。綱吉以外に死骸のようなものがいっぱいあった。綱吉とリボーン以外みんな倒れている。


「だって……」


獄寺くんにビアンキさんにフゥ太くんに恭弥に


「そこがオレの居場所だから」


城島くん柿本くん、そして……


「むくろっ!?」

「っ、紗夜!?」


気がついたら飛び上がって駆け出していた。痛む脚も身体も何も感じなかった。どういう経緯で骸の下の床が破壊されているかはわからない。けれど骸が気絶しているのは事実。
綱吉に見向きもせずに走る。綱吉が伸ばした手は私に触れることなく遠ざかる。


「骸!? ねえ、骸!!」


崩れるようにしゃがみこんで骸の身体を起こす。膝に頭を乗せようとしたけれど血まみれの私の脚の上に乗せることなんて出来なかった。骸の髪の毛に血がついてしまう。抱き寄せるように身体を起こす。いつもと逆だ。


「むくろ……」


目を開いてくれない。反応してくれない。死んだように動かない。だけど身体は暖かかった。
じわっと視界が歪む。手から力が抜けて落としそうになってしまった。


「なんで、……こんな……」


嫌だ、目を開いてよ。
嫌だ嫌だ。骸が汚れていく。私の涙が顔にかかってしまっている。ごめんなさいごめんなさい。


「紗夜!! 今すぐ骸からはなれて!」

「な、んでよっ」


骸を抱き寄せて涙を流していた私は急に肩を掴まれた。離れろ、となぜか綱吉に命令される。にじんでいる視界に綱吉がぼんやりとゆらゆら映る。表情はよくわからない。近くにある綱吉の手には見たことのない手袋がはめられていた。


「骸は危険なんだ!! みんなを道具のように扱って……」

「うるさい!!!」


私の怒号は部屋に、いや黒曜ヘルシーランドのこの階全てに響き渡ったかもしれない。
骸が危険……そんなの、


「知ってるよ!! 見てきたんだから!」


綱吉をキッと睨みつけるように見上げる。息を呑む音が聞こえたような聞こえなかったような。


「骸が危険なことなんて綱吉より知っている!!!」


息を荒立てて骸を抱き抱える。強く、これ以上誰にも傷つけられないように。
床は私の流した血でどんどん汚れていく。動いたからか、それとも興奮したからか、目覚めた時より流れ出る血の量が増えた気もする。


「じゃ、じゃあなんで骸を庇うの!? そいつは紗夜にもみんなと同じことをしたんだ!! 身体に槍は刺すし動けない身体を無理やり動かすし!!」

「そんなのっ、どうでもいい!!」


骸に何をされようと構わない。
綱吉の言っている意味は何一つわからないけれど、骸が私に危害を加えようが何しようがどうでもいい。
何があっても骸は私の存在を認めてくれる。記憶を持った私を変ではないと言ってくれる。同じだと教えてくれるから。


「綱吉にはわかるわけがない! 私はっ、骸がいてくれたから────」


バタンッ!

けたたましい音が鳴り響いた。どうしてみんな足音は立てないのだろう。扉が開いた音に顔を上げた瞬間、何かが飛んできてジャラリ、手元から音がした。

入ってきたのは真っ黒いローブを着て肌は包帯でぐるぐるに巻いた大柄の人たち。彼らが誰だかは知らない。骸が用意していた援軍かもしれない。それとも他のものか。
彼らの手にあるのは鎖。それは三箇所のどこかに繋がれていて。目で追うと一箇所目は柿本くんの首、二箇所目は城島くんの首、三箇所目は私の腕の中。無意識に手に力がこもった。


なんだ、あれ


援軍なんかではない。骸の知り合いでも綱吉やリボーンたちの知り合いでも絶対にない。


「早ぇおでましだな」


知り合いでなくても、リボーンは一方的に知っている相手らしい。


「い…いったい誰!!?」

「“復讐者ヴィンディチェ”」


日本語訳が全く出来ない。英語なのか、それとも他の言語なのかもわからない。英語をもっとしっかり勉強しとけば英語かそうじゃないかだけでもわかったのに。


「マフィア界の掟の番人で法で裁けない奴らを裁くんだ」


……ということは、骸をどこかに連れて行く気?
リボーンのマフィア専門用語らしき言葉はわからないけれど今回のは違う。表の世界で生きていてもわかる言葉。裁判所に連れていくということだろうか? それにしてもやり方が強引すぎる。全員を鎖で繋ぐなんて……。


ヴィンディチェと呼ばれているやつが鎖を引き寄せる。一瞬で腕の中にあった重さがなくなる。


「っ、むくろっ!」


城島くんと柿本くんと違って気を失っている骸は抵抗しない。動かずにされるがまま引きずられている。手を伸ばしても空を掴むだけ。骸の髪にも服にも触れることができなかった。


「おまえら……っ」

「やめとけ。やつらに逆らうな」


出て行く集団を追おうとする私をリボーンが制する。
咎めるようにあやすように、厳しく優しく。


「どいてよ!!」

「あいつらを敵にまわすな」

「んなの……っ私には関係ない!!」

「紗夜!!」


リボーンの厳しい声を無視して私は走り出した。重い足。飛び出る血しぶき。お腹からも両足からも垂れ落ちる血は私の肌を赤くする。


「! っ、」

「っ、紗夜!」


追いかけたくても足がいうことを聞いてくれなかった。すっころびそうになったところを綱吉が支えてくれた。綱吉の腕が私の血で汚れていく。綱吉の服までもが真っ赤になる。


「ねえ! 待ってよっ、連れてかないで!!」

「っ……なんで、紗夜は骸にそこまで……」

「むくろぉ……!!」


お願い……お願いだから私から骸を奪わないで……!

どれだけ泣いてもヴィンディチェの足は止まることがない。一度だけ私を見るように振り返った男たちは、男たちの間だけで何かを会話して本当にいなくなってしまった。


「なんで、なんでよ……」


温かい雫が目からこぼれ出る。
ようやく見つけれた。私はおかしくないと、この世に存在してもよいと教えてくれた人。
恩を返したかった。あなたのおかげで私はここに存在する。家族が壊れている現状は変わらなかったけれど友人はできた。周りに適応できるようになった。奇異な視線を向けられることは少なくなった。


「なんで、なんで……」

「紗夜……」

「なんでよっ、ねえ綱吉!? なんで!?」

「っ、大丈夫だから……落ち着いて……っ」


綱吉が血まみれの私を抱きしめた。

骸はもういない。今度は何年間会えなくなるんだろう。
伸ばした手が届くことはない。


「おまたせました! ケガ人は!?」


白衣を着たドクターのような人たちが黒曜ヘルシーランドに入ってくる。気絶しているみんなにそれぞれ散らばって行き、私の元にも来る。

綱吉とリボーンが対応する。私の出血は想像していた通り酷いものらしい。


ふらり、視界がまわる。


綱吉の焦った顔。張り詰めた声。
それを最後に私は辛い現実に目を閉じた。