これが僕と彼女の望みだから


「あ? 骸さんそいつのこと珍しく気に入ったみらいらからお前らのところには帰んねーよ」





「ボンゴレ……あの少女を救いだしたいなら早く行け……。手遅れになる前に……六道骸の手に堕ちる前に……」





「……骸さんはアレを連れて行くと言っている。ボンゴレを始末した後も……ずっと」










倒してきた犬、ランチア、千種から聞き出したこと。ツナは今ふと思い出した。


「クフフフフ どうかしましたか沢田綱吉」


目の前で妖しく微笑むのは見慣れた女子。いつもいつも見てきた鮮やかな髪に澄んだ青い瞳の女子。探しにきた目的の人物が自分からツナたちがいた映画館に来てくれた。己の足で、真っ直ぐと姿勢を正して会いに来てくれた。


「ど、どうして……」

「何かおかしいですか? ……ああ、この娘のように喋って欲しいんですね。────どうしたの綱吉?」

「チッ 遅かったか」


ツナの大好きな笑み。困ったように微笑むことも多いが楽しそうに微笑むことだって多い。微笑を浮かべることが多い、大好きな少女。安心する声と表情から出されるものはツナに恐怖しか与えない。
ガタガタ震えてもツナを助けてくれるものは誰もいない。獄寺もビアンキも雲雀も気絶している。大怪我している身体で無理やり骸に憑依されたのだ。意識なんて保っていられない。この場で意識があるのはツナとリボーン、そして………


「な、なんで紗夜にも……」

「なんでって? うーん……綱吉は知る必要がないよ。意味がないんだから」


右目に六の文字が浮かんでいる紗夜はにこりといつものように微笑み、倒れている仲間のもとへ歩いて行く。気絶しているものには興味を示さずに紗夜は三叉槍の先端を拾ってツナに顔を向ける。不気味なほどいつものように優しく微笑んでいた。友人の獄寺に小さい頃から一緒の雲雀に頼りになる姉のようなビアンキに可愛がっているフゥ太が血だらけで倒れているのに紗夜の表情は変わらない。


「ね、綱吉」


その笑みのまま近づいてくる。大好きな笑顔でツナのもとに歩んできた。


「な、なんで………………」


三叉を振り上げた紗夜にツナは動かなかった。夏服に似合う白い腕。そこには白い包帯が巻かれている。
三叉が光に反射して、振り下ろされた。ツナはそれをただ見ていることしかできなかった。顔に向かってくるそれを、震える瞳で見届けていたが


「このダメツナが!! それは紗夜じゃねぇ!! 骸だ!!」


家庭教師からの叱咤で身体が動いた。気がついたら紗夜の腕を掴んでいた。


「おや? 紗夜よりも力が……あるわけではないのですね」


骸の優秀主演賞の男優並みの演技がようやく終わる。紗夜の顔と声から出る言葉は紗夜のものではない。
紗夜の腕は掴むが止めることはできない。両手で当たらないように腕を抑えるので精一杯。力強く握りしめて顔を思いっきり背けて回避する。力の優劣は同じぐらいだった。埒があかない攻防に紗夜、いや骸は右足でツナのお腹を蹴って吹っ飛ばす。


「い……っっ!!」

「…………………君は酷い男ですね」

「ッゲホ、っ……お前の方が、酷いだろ……っ」


骸は掴まれた腕をジロジロと眺める。細い白の腕に赤く痕が残っていた。
ツナは心外だった。ツナ一人を誘き寄せるために関係ない人々を襲い、子どもをマインドコントロールして獄寺たち大怪我を負っているものの身体を無理やり動かす。
ローファーのかかと部分で蹴られればそれなりの威力はあってツナは涙を浮かべながら咳き込んだ。


「紗夜から離れろ……!! 紗夜を返せ…!!」

「おやおや……怖い顔をする」


紗夜の身体で攻撃をされる。唯一この場で無傷な紗夜は自由に身体が動く。契約時についた傷なんてないに等しい。蹴るに殴るをツナは繰り返される。全てヒットした。三叉槍にだけ当たらなかったが。

ケンカなんてしたこともない普通の女子の身体。スポーツだって体育ぐらいでしかやらない女子の身体には筋肉はあまりない。骸が憑依しても動きと脳のイメージには差が出てしまった。遅いし動きづらい。本来紗夜の身体で暴力を続ければ紗夜には疲労がたまるが骸には関係ない。痛みも疲れも感じないのだから。


「反撃しないのですか?」

「ちょっ! スタンガンまで……!!」

「ボンゴレが護身用に与えたものですかねぇ。ずいぶんと重宝されている」


スタンガンなんて普段骸は使用しないが見ればわかるほどの高性能つきのスタンガン。威力は高く重量は軽い。しかしそれを与えたものは全くの別人。


「違っ! お、おいっ!! 紗夜の姿で蹴りはすんなよ!! パ、パ、パンツ見えそうだからやめろ!!」

「ほお。余裕はまだあるそうだ」


蹴り上げられた脚。当たり前だがスカートがめくれるのだ。並盛指定の制服がふわふわとツナの目の前で揺れる。悲しい男子の性哉。どうしても目がいってしまった。これにはリボーンも呆れるしかない。


「や、やめろよ……! 紗夜の手、青くなってるし血が出てるじゃん……!!」


蹴りやパンチは当たるがどうしても契約だけはできない。だから暴力は続く。ど素人のパンチ、操っているのは骸だからパンチのフォームはいいのだが鍛えられていない拳で人を殴ると流血するし青くなるのも当たり前。骸も気がついて、少しずつだが足技を多くしていた。紗夜に身体の主導権を戻した時に痛みを少しでも少なくするために。六道骸からでは考えつかない配慮をしていたのだ。

それでも今紗夜の身体に憑依しているのは六道骸なのだ。ツナの身体を手に入れるためにはどんなことだってする。


「そうですね。それならやめましょうか」

「よかっ………………やめろ!!」


安心したのは束の間、骸は暴行をやめた途端に紗夜のお腹に思いっきりぶっ刺したのだった。白いワイシャツが血で赤く染まる。


「さぁ、どうしますか沢田綱吉」

「やめろ……やめろって……」

「やめて欲しければ降伏することですね」


骸は次に太ももにぶっ刺して勢いよく抜く。スカートは赤く染まりモモをつたって靴下に染み込んで行く。吸いきれない血が地面につく。


「やめろよ!! 紗夜は普通の子なんだ!! マフィアなんて関係ない!!」

「この娘の時だけはずいぶんと刃向かう」

「やめろ……! それ以上紗夜の身体を傷つけるな……っ!」

「これは僕の身体です。何をしようが君に文句を言われる筋合いはない」


両足から血が出ている。三叉槍から垂れる血を赤い舌で舐めとる姿は妖美だが切羽詰まっているツナがそんなものに反応することはない。
紗夜とはずっと一緒だった。ダメツナと呼ばれているツナとどんな時でも友達でいてくれた。
そんな大切な人が真っ赤に染まっている。ツナを試している。


「紗夜はマフィアじゃないんだ!! こんな危険なことに巻き込んじゃいけない!!」

「何を言っているんですか。君はもう巻き込んでいるんですよ」

「それはお前だろ!! なんで紗夜を巻き込んだんだよ!? 紗夜は痛いの嫌いなんだ!! お前とは違って普通の子なんだ!」

「…………はぁ」

「こんな危険な世界は合わないっ、マフィアなんか関係ない普通の───」

「君のそれで紗夜はずっと追い込まれていたんでしょうね」


ため息をついた骸に構わず、ツナは訴えていた。紗夜から離れるようにずっと。


「普通の子、ですか……」

「そうだよ!! 紗夜は何も関係ない!! だからやめろ!」

「何も知らない君みたいのが普通普通というから紗夜は死にたくなったのだろう」

「なんのことだよ!? 紗夜が死にたいと思うわけないだろ!? 紗夜の夢は最後まで生きることって言ってたんだからな!!」


骸の瞳が氷のように冷たくなった。ぐっ、とツナは怖気付いてしまう。紗夜の顔でされるのはツナにとって大きなダメージだった。
紗夜の夢をツナは覚えていた。数回しか聞いたことはなかったけれど記憶にしっかりと残していた。勉強もできない記憶力もないツナだが紗夜の情報は頭に残っている。
だから知っている。紗夜は死にたがらない生きることを夢に描いている人だと。当たり前のことを夢にする少女だと。
骸はそんなツナにまたため息を吐く。自分は間違っていないと思い込んでいる瞳。紗夜を今度こそ憐れんだ。ツナだけでなく、幼き頃からずっと周りに言われていた言葉なのだろう。だから縋ってきたのだ。泣いて頼んできたのだ。


「紗夜は死にたがってるんですよ」

「そんなわけない!」

「君みたいなのが紗夜を追い詰めている。君みたいなのがいるから紗夜は僕に殺してくれと頼んできた」

「そんな、わけ、……」


骸の言葉は冗談でも嘘でもない。ツナの声が弱くなる。


「紗夜だって生きたいでしょうね。だけどそれは何も持たずに産まれればの話」

「……お前、紗夜のアレを知ってるのか」

「その言い方は何かを知っているようですねアルコバレーノ」


リボーンは紗夜をボンゴレに勧誘すると決めた時に紗夜の素性は調べ上げた。ツナや雲雀との出会い。幼少期から大人びているね、と周りに感想を持たれていたことも。両親と離れて暮らしていること、そしてその理由も。


「そもそも普通の少女が寿命で亡くなるなんていう夢を描くわけがないのだから」


ケーキ屋さんになりたい、お花屋さんになりたい。

紗夜と同い年の少女たちがきらきらと夢を描いている時に、紗夜だけは死に方を夢見ていたのだ。
その時点で普通ではない。


「おまえ、何言ってんだよ……。紗夜は……」

「何も知らない。君が知ることはない」


「時間の無駄だ」との声にビアンキと獄寺が立ち上がる。びくっと身体を震わして綱吉は周りを見回す。全員右目が赤く六という文字が浮かんでいた。リボーンも心なしか動揺が滲み出ている。

扉が音を鳴らして開いた。入ってきたのはぼろぼろの千種と犬。雲雀が倒したはずの二人。この二人の目にも六の文字が。


悠長なお喋りの時間はおしまい。これからは本気の命の取り合いだ。


「それでは……始めましょう」


紗夜の声ではなく獄寺の声に変わった。獄寺に注意を向けるのと同時に、宙にダイナマイトが舞った。