嗤う悪夢、融けだす現実


震えていた。そんな資格ないのに、ずっと私は震えていた。

骸がたくさん話してくれた。ボンゴレを誘き寄せるために行っている襲撃事件は24位から4位まで終了した。1位も終わった。残りは2位と3位。


「マフィアなのはどちらでしょうかねぇ。ランキングにいるのは紗夜のおかげでわかっていますので」


聞いてられなかった。きゅっと身体を縮めて耳を覆う。だけど骸はそれを許してくれない。とても優しく私の手を掴む。
仕草は優しいのにしゃべることは何も優しくない。


「んじゃっオレが2位を狩ってくれば終わりじゃないれすか! 骸さんオレも行ってきていいですか?」

「っ、」


反応してしまった。残り二人は獄寺くんと山本くん。このままいけばもう終わりなのだ。獄寺くんが唯一のマフィアなのだから。他にも数人ボンゴレに関わっているけれど、それでも彼らの生きる世界は表の世界。裏の世界に足を踏み入れかけているだけ。裏の世界に住んでいるのは獄寺くんだけ。
私の反応を骸が見逃すはずはない。隣から笑い声がする。


「今行ったらお前は殺してくるからやめなさい」


やだやだやだ。もう聞きたくない。何も聞きたくなくて耳を塞ごうとするんだけども骸が制する。


「紗夜は死が怖いんでしたよね」


やめてよ、もう何もしないでよ。
両手を片手で抑え、骸は私の肩を寄せて耳元に唇を近づけた。


「大丈夫ですよ。まだ、誰も死んでない」


まだ、の語調が強かった。これからは死ぬ可能性がある、骸はそう言っている。


「今からでも紗夜が僕らに教えてくれるなら被害は少なくなるでしょう」

「……やめて、よ……もう、何も……」

「紗夜が僕らに教えてくれれば関係のない並盛生は怯えずにすみます」


ボンゴレ関係者の名前を話すことは友人を売る行為ではない、みんなを助けることだ。


「僕はボンゴレ10代目を探してはいますが殺したいわけではありません」


骸は囁く。

今、私がここでボンゴレ10代目の名を出せば全員助かると。山本くんも獄寺くんも襲撃されずに事件は終わり恭弥は解放されて。みんな怯えない。全てが終わる。ボンゴレ10代目も殺さない重傷にもならない。少し話すだけで。


「………………と、?」


ボンゴレ10代目の名前を出せば全ては終わる。
全部全部、全部……何もかも終わるんだ。

かたかた震える手をぎゅっと握りしめる。


「しゃべれば、本当にやめる……?」

「ええ、もちろん」


骸は破顔して私の手を解放してくれた。
10代目の名前を出せば、獄寺くんも山本くんも無事だ。恭弥を倒せる骸、そんな人に勝てる人は並盛にいない。
これ以上、被害は増えない。10代目の正体を明かせば、全て終わる。


「ゆっくりでいいですよ。怯えないで? 僕は紗夜に無理強いしたいわけではないのです」


温かい声。骸の声は私を安心させる。
骸は私のことを嫌いではない、好いていると言ってくれる。
城島くんが昨日嘆いていた。骸が珍しくただの情報源に構うと。本人の前で情報源と言葉にする城島くんは悪い人ではないのだろう。柿本くんが時間ないのに骸は回りくどいやり方をしていると呟いていたのも聞こえていた。
もしかしたら、私は本当に嫌われてはいないのかもしれない。同じ前世持ちということで親近感を生んでくれているのかもしれない。

骸は優しい。私の意思を尊重してくれる。ボンゴレのことを聞いてくるけれど無理やり聞き出そうとしたことは一回もない。私が唇をかたく結ぶとそれ以上聞かずに近くにいさせてくれた。

骸はマフィアを憎んでいる。己の人生を壊したマフィアをこの世から消したがっている。マフィアだけでなく、世界を変えたがっている。


「あのね、むくろ、」

「はい」


恐る恐る骸に顔をあげる。骸は変わらずに微笑んでいた。
だいじょうぶ、だいじょぶ……。震える手を鎮めるように握って膝の上に置く。


「……ボンゴレ、10代目は」


きゅっと唇を閉じる。
骸と城島くんの期待の目。ようやく焦れったいやり方から解放されるのだ。


「10代目、は……」


マフィアを憎んでいる集団にマフィア世界でトップに君臨する組織の次期ボスの名を出したらどんな結果になるのだろうか。
私はそれを理解していない。想像力が乏しい。


「骸たちが、探しているのは、」


どれだけ理解できていなくても、想像力がゴミでも、ひとつだけはわかっている。


「わたし」


ここで綱吉の名前を出してはいけないことだけはわかっているんだ。


「ボンゴレ次期ボスである10代目の名は鳴神紗夜。……そう、私だ」


ここで綱吉の名前を出せるわけがない。

骸はボンゴレ10代目と話をするだけだと、殺しもしないし痛めつけたりもしないって教えてくれた。
なぜか骸たちはボンゴレ10代目の顔も名前も知らない。裏社会では広まっていないらしい。この前迷彩服を着た人たちが綱吉を暗殺しに来たからもうとっくに身バレしているものだと思いきや、全く何一つ漏れてはいないそうだ。それなら嘘をついても気づかれない。あいにく私はリボーンのはた迷惑な勧誘のおかげで少しはボンゴレについて知っている。ボンゴリアン・バースデーにボンゴレ式お正月にマフィアランド。骸に話してもいるので私がボンゴレである証明はできている。いつものはた迷惑な勧誘が今日だけは役に立った。

私は骸に嫌われていない。たとえ嫌悪の塊であるマフィアだとしても、骸は私に優しい表情を見せてくれるはずだ。

そうだよっ! ねぇ骸!

そんな私の考えは浅はかだった。


「……………犬、少し出なさい」

「ひゃーい。お前バカすぎ。骸さん怒らせるとか」


私は骸の表情を見た瞬間、声を失った。もともと震えていた身体はさらに震える。蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。

まってじょうしまくん。

助けを求めたくても城島くんは出て行ってしまう。「早く柿ピー帰ってこねーかな」との言葉を最後に扉は閉ざされた。
城島くんの言葉が意味しているのは、まだ並盛生徒への襲撃を終わりにしないということ。ボンゴレ10代目が名乗りでたのに、終わらない。


「───紗夜」

「ひぃっ!!」


骸の底冷えた声。ソファーから落ちそうになったが骸の腕のおかげで落ちることはなかった。
ソファーがぎしりと音を鳴らす。骸が近づいてきて私の後ろにある肘掛けに手を置いた。逃げ場がどこにもない。


「教えない分にはまだよかったんです」


身体がすぐ前にある。無表情で何も感情がのっていない恐ろしい顔が、私の目の前にある。


「だが……嘘をつかれるとは……」

「ちがっ、嘘じゃ……っ! ごめっ、ごめんなさい!!」


私の嘘は通じなかった。
骸を怒らせた。言い訳をするのなら殺す、といったような視線をもらって私はすぐに謝罪に切り替わった。


「どれだけ謝ろうが許しませんよ。紗夜には少しお仕置きが必要ですね」


骸は片手で私の頭を掴む。そこには優しさはない。伝わってくる温もりもない。


「よりによってマフィアのフリをされるとは……」


骸の右目の数字が六から一に変わる。


「終わることのない悪夢の世界へ堕ちてください」


赤い右目に刻まれた六の数字がなぜ一になるのか、私には考えることもできない。今から私の身に起こることは、骸の怒りそのものだった。







「骸さ〜ん、千種帰っれきましたよー」

「おや、当たりがでましたね」


骸はボロボロで血を流して気絶している千種を心配することなく喜色がのった声を出す。

犬の姿を見た途端千種は気絶してしまった。黒曜ヘルシーランドに戻ってくるまでは痛む身体を引きずって尋常な精神力で意識を保って隣町の並盛から歩いて戻ってきた。
千種がやり合ったのはケンカランキング3位の獄寺だ。ダイナマイトの攻撃により血まみれの煤まみれで火傷してコゲてもいる。それでも得た情報を届けるために力を振り絞って戻ってきた。ボンゴレ10代目の正体を知らせるために。仲間である犬を見て安心して気を失ってしまったが、それでもあと少しでボンゴレの正体を知れる。

怪我まみれで血を大量に流している千種に噛み付こうとした犬を制して骸はほくそ笑む。全てではないが、事は順調に進んでいる。


「んで、そいつどうしたんれすか?」


美味そうな血は摂取できず、少し不満げに骸の隣にいる少女について尋ねる。犬が入ってきた瞬間からずっと同じ体勢で泣きじゃくっていた。


「少しお灸を据えすぎたみたいで」


出ていく前に見た誇らしげに堂々とボンゴレであると虚言を吐いた紗夜はいなかった。犬でさえすぐにわかってしまう嘘。紗夜がボンゴレ10代目ではないということはたった三日間でわかってしまっている。

骸に抱き寄せられている紗夜はずっと「ごめんなさい、やだ、やめて、おねがい、ごめんなさい、」を繰り返していた。くぐもった声でずっと壊れたスピーカーのように繰り返し唱えていた。


「千種のことですからガセを掴んでくることはないでしょうが……念のため確認しますか」


「紗夜」と呼ぶ骸の声にピクリと紗夜は反応して肩を震わした。

非道い人間だった。紗夜は骸に幻覚を見せ続けられた。沢山の幻覚。紗夜の精神をぼろぼろに砕くことのできる幻覚。

ポロポロと涙をこぼすだけで口を開こうとしない紗夜に骸はすっと目を細める。


「何度死にましたか? どれほどの人に罵倒されましたか?」


紗夜に見せた悪夢、それはたったの二種類だけ。

一種類目は何度も死を経験するといった内容は単一なもの。いろんな死を紗夜はこの一瞬で体験させられた。

二種類目も単純な内容。前世を持って生まれた紗夜は母親に不気味がられ、幼少期はほとんどの者に距離を置かれて爪弾きにあっていた。それをまた体験させた。幼少期で終わっていた悪夢がまた降りかかった。多くの人から気持ち悪いと罵詈雑言された。誹謗する人間の中には紗夜の友人もいた。


「もう一度経験しますか?」

「やだ……っ!」


泣いていた少女が顔を上げた。ポロポロと青い瞳から雫が溢れる。
紗夜は弱りきっていた。雲雀の弱点を漏らしたのはお前だと脳に刻まれて、無関係の並中生が怪我をしたのは己のせいだと刷り込まされていて、これから死人が出たら全て紗夜のせいだと匂わされている。そこにもう二度と経験したくなかった死と世界に上手くはめこまれていない歪な自分を見せつけられたのだ。

骸は甘いマスクで紗夜を慰める。


「大丈夫ですよ。この世の人間全てが紗夜に奇異な視線を向けて世界から追い出しても僕は絶対にそんなことしません」

「……ほんと、に?」

「はい」


堕ちてきた。簡単に堕ちてきた女に骸は甘いマスクの下でせせら笑う。


「僕だけは紗夜を理解できる。紗夜と僕は同じですから」

「……むくろ……」

「紗夜は何もおかしくないですよ」


この言葉がどれだけ紗夜を救うことになるのか。


「紗夜、教えてください。ボンゴレ10代目は誰ですか?」


事情を知りながらも普通だと表現してくれる骸に紗夜は───。


「……さわだ、つなよし」


よくできました、と言ったように骸の手に力が込められる。

今の紗夜が僕に嘘をつくわけがない、と骸は確信していた。悪夢を見せ続けられて、変なやつおかしいと非難され続けて死ぬ痛みだけを永遠に繰り返し与えられた紗夜に優しさを与える。自分は味方で紗夜の事情を全て知っても変わりダネとして扱わない人物だと紗夜に刷り込ませる。


「お友達ですか?」


沢田綱吉との関係を尋ねると紗夜の首は弱々しくも縦に動いた。


「大丈夫。綱吉くんとは少しお話がしたいだけです。紗夜が怖がるようなことは何もしませんから」


そんなことあるわけがないのに。
骸は嘘しかついていない。薄気味悪い笑顔でつらつらと嘘を吐き続ける。
弱っていていつものように冷静に判断ができない紗夜を信じ込ませることは容易かった。