きみを奈落に落とす準備は整った


黒曜中に出向いた雲雀は襲ってきたものを返り討ちにして新たな情報を得た。首謀者がいるのは黒曜センターの一角の黒曜ヘルシーランド。そしてもう一つ。並盛の制服を着た生徒会長と記された腕章をつけた赤髪の胸が大きい女子生徒がそいつと一緒にいた、と。胸が大きいと言葉にしてきた時点で気絶させたが。

並盛の生徒会長といえばたった一人。雲雀は主犯の場所と女子生徒のことだけを聞くと来た道を戻っていく。

黒髪の少年の表情は鬼のように険しかったとのこと。











黒曜ヘルシーランドについた雲雀は次々と襲いかかってくる輩を一発で仕留める。彼はコソコソ隠れるようなことをしなかった。堂々と真正面から入り暴れる。暴れた時の音でわらわらと黒曜生が増えたが、雲雀にとってはいてもいなくても変わらない壁だった。
黒曜では上位の強さを持つ不良たちだが束になっても雲雀一人に敵わない。傷一つつけれない。雲雀につけれたのは返り血だけだ。汗一つかかせることができなかった。

平和な日本、中学校という小さな世界で威張っていたものが雲雀恭弥に立ち向かうことは無謀なのだ。汗も傷もつけれないことが普通なのだ。


「やあ」


雲雀は目的地にたどり着いた。

首謀者からすると全て計算通りだった。雲雀恭弥に黒曜生が何もできないことは全て予測できていた。

事前に聞いていたから。

言葉だけなら友人にする挨拶。だが実際は真逆。


「よくきましたね」


笑顔で迎え入れる主犯の男。
それは全て余裕から来ているものだ。雲雀恭弥に負けるわけがないと確信しているから。強者は弱者を敵視しない。

雲雀が主犯の男の横にいる少女に顔を移す。少女は今まで見てきた男たちとは違う制服を身につけている。雲雀と同じ学校だと示す制服を身につけて目を瞑っていた。


「……それに何をした」

「それ? あぁ」


骸の肩に頭を置いて眠るように目を瞑っている少女。気絶しているのかもしれない。近くにいる骸ならともかく、雲雀には確認することができない。


「紗夜ですか」

「(………紗夜?)」


親しげに名前で呼んでいる骸に無意識に殺意が芽生えた。雲雀の増幅した憎悪に骸は笑う。
大切な少女に触れることすら雲雀はムカつくのだから。


「可愛いですよね、この娘は」

「……触るな」


頭を撫でる骸に雲雀からドス黒い声が出た。その姿は愉快でさらに笑いが込み上げてくる。

最強と謳われている少年がたった一つのものに執着するとは。たった一人の人間を気にかけるとは。

骸は可笑しくて可笑しくて喉を震わせた。それが雲雀の機嫌をさらに損ねる。


「本当に可愛い少女だ。三日間、共に過ごしてわかりましたよ」

「三日…?」

「はい。三日間」


わかっていた事実だ。黒曜中に出向いた時に聞いていたこと。紗夜が金曜日の放課後に骸に連れていかれてから姿が見かけなくなったことはわかっていた。


「……………………」

「おや? どうしました?」

「黙れ……っ」


だが本人の口から聞かされるのはわけが違う。言い知れぬ感情が雲雀を襲う。


「君は知っていますか? 紗夜は可愛い声でなくんですよ」

「……泣かしたの?」

「ええ。とても可愛らしい姿で啼いてくれました」


挑発行為。冷静な者なら誰でもわかる挑発。

所有物のように隣において肩を寄せた骸。紗夜は瞳を閉じている。意識がない紗夜は骸の行為に眉を顰めることも拒否することもできないのだ。されるがまま。


「……それ、君がつけたんだ」

「…………そうですね。僕がつけました」


雲雀が指さしたのは紗夜の腕。白い包帯が巻かれている腕。

泣かされた。
紗夜が三日間いたぶられて傷つけられて泣かされていた。


今、雲雀が確認できる紗夜の傷は腕のみ。
骸は微笑んでいる。少し違う意味合いで通じたが雲雀にとって紗夜が傷つけられたことは冷静さを失わせるのに充分だった。


「君はここで───」


───咬み殺す


ただならぬ殺意に骸は笑みを深めた。







目を開けると変わらぬ天井が私の視界を支配した。今何時だろう。確認したくても時計がない。昨日の夜に私の携帯はぶっ壊された。着信音がうるさくて。カバンの中をひっくり返されて城島くんの手で破壊された。
叫んだよ。携帯高いからそれだけはやめてくれ、と叫んだよ。マナーモードにするから電源切るから、と叫んだが壊された後だった。稼ぎがない中学生のお金で買える品物ではないんだよ。誰だよタイミング悪く電話してきた人たちは……。一、二回ならまだしもずっと鳴っていたから壊されたじゃないか……。持っていても外部とは連絡取らさせてくれなかったから意味ないけどそれでも壊すはないよね。


「のど、かわいた」

「水飲みますか?」

「うん……」


最近ソファーで眠ることに何も思わなくなってきた。たった三日でだよ? どうしよう。
骸からもらったペットボトルに口をつける。何時か聞いたらもう学校始まっている時間だった。無断欠席してしまった。やっばいなあ。先生どこに連絡したかな? 恭弥ぷっちんしてないといいなあ。


「たくさん飲みますね」

「……喉、かわいていたから」

「昨日あれだけ泣きましたからね」

「泣いてない」


泣いてはない。城島くんに携帯ぶっ壊されていじけて全て無視した。食事も与えてくれたけれど全部無視して一人で行動しようと用もないのに黒曜ヘルシーランドをうろうろした。外に出ようとしたら柿本くんが立ち塞がったから出れなかった。声をかけられてもずっと無視をしていじけて壁と見つめ合っていた。昨日から水分を一切取っていなかったから喉がかわいていただけだ。携帯を壊されたのはショックだったけれど泣くのは我慢した。


「紗夜はお寝坊さんですね」

「……骸のせいじゃん」

「ああ、そうでした。僕が寝かせませんでしたから」


昨日も遅くまで尋問されていた。ボンゴレについて話してほしい、と。だけど昨日は全員無視したい日だったから。いくら骸に話しかけられても全て無視してやった。壁と見つめ合っていた。ボンゴレじゃなくて普通の話題も無視していた。寝ようと思っても寝かせてくれない。気がついたら寝てたけど。


「これから犬と千種のところに向かいます。一緒にいきましょう」


私に拒否権はない。私は骸か城島くんか柿本くんと絶対に一緒にいないといけない。他にもう一人、名前の知らない大きな人がいたがその人については自己紹介を本人も骸たちもしてくれないし、見張りとしても立たない。一番体格良い人だから見張りについても逃げるのは難しそうだけど。


「ここ汚れてしまったんですよ」

「そうなんだ」


ペットボトルのキャップをしめる。落ちていたカバンを拾うと、汚れている原因が目に入る。血だ。まだ乾ききっていない赤黒い血とまた増えたガラスの破片。誰かここで暴れたのだろうか。


「……あれ?」

「どうかなさりましたか?」


赤い血と一緒にパラパラと黒い髪の毛が散らばっている。たくさん。抜けすぎじゃない?


「先程髪を掴んだ時に抜けたようですね。その髪の持ち主は紗夜を魔の手から救いに来た勇者です」

「誰一人思い当たらない」


骸って時々面白いね、と笑って立ち上がる。表現が独特だよね。
なんて笑っていられなかった。もう一つ、この三日間一度も見かけなかった物を見つけてしまったのだ。「え、?」と私の動揺に満ち溢れた声に骸がクスクス笑う。
転がっている物に近づいて拾った。これ……。


「……ここに、来たのって……」

「ええ、紗夜を助けに来た勇者」


落ちていたのは黒い携帯。


「名は雲雀恭弥」


恭弥が使っているところ見たことあるからわかった。ストラップも何もつけていない購入時と変わらない見た目。確信はなかったけれど、骸が全て教えてくれるのだ。


「……暴れたのって……きょうや、なの?」

「ガラスを割ったのも血を流したのも雲雀恭弥です」


骸の外見に傷は一つもない。恭弥に怪我一つ負わずに勝ったということだ。……骸は、強いんだ。マフィアに復讐するというのは本当の、ことなんだ。
穏やかに微笑む二色の瞳。怖い……骸が、怖い。骸の強さを、改めて理解した、気がする。私に取って雲の上の存在である恭弥を赤子の手を捻るように倒した。


「恭弥は、今……」

「ここにいますよ」

「怪我って……手当て、とか」

「するわけないじゃないですか。紗夜と違って丁重な扱いはしません」


病院に行かないといけないのではないか。手当てをしないといけないのではないか。
地面についた血の量は命に関わるものではないけれど、軽傷でもない。早く、はやく行かないと。
ばっと振り向き、走り出そうとしたのに骸が私の手首を掴んだ。


「離して!」

「離しません」

「怒るよ!」

「ええ、お好きに」

「〜〜〜〜っお願いだから…行かせてよ……」


どうすれば恭弥の元に行かせてもらえる?

拘束を解くことは不可能。だとしたら……骸相手にはあまりしたくなかったけど、脅すしかない。
ちらりとカバンに視線を向けた瞬間、ふわりと後ろから優しく抱きしめられた。


「探し物はそこにはありませんよ」


目の前に現れたのはスタンガン。


「ダメじゃないですか」


私が取り出そうとしていたもの。


「こんな物騒なものを使おうとするなんて」

「………なんで骸が持ってるの……?」

「紗夜が黒曜に訪れた初日。抜き取らさせていただきました」


初日……? 初日に骸にカバンを預けたのは……本当に最初だ。なんで、出してもないのに、持っているなんて言ったこともないのに、なんで、わかったの?


「大人しくついて来てください。そうすれば紗夜には何もしない」

「っ、恭弥のところに行かせて……!」

「行かせません」


骸はスタンガンを自分のポケットに戻して歩き出した。私の手を掴んで。


「お願いだからっ。話したよね。恭弥だけなの。恭弥だけは、私の近くにいてくれたの…! お願いだから……! 恭弥に何かあったら……私………」

「雲雀恭弥が心配ですか?」

「当たり前じゃん……!」

「紗夜が雲雀恭弥の弱点を僕に教えたのに?」


………………え??


私が恭弥を心配するのは当たり前だ。大切な人が捕まって軟禁を、いや恭弥の場合監禁だ。監禁をされている。怪我を放置されたまま。
骸だって城島くんや柿本くんが怪我をしたら心配するだろう。それと同じだ。だから私は恭弥の元に行きたかった。逃げるためではない。心配だったから。
それだけ、なのに。


「紗夜が教えてくれましたよね。雲雀恭弥の弱点は桜だと」


春に恭弥がかかった病気。桜クラ病というヘンテコな病気。
たしかに骸に話した。世間話といった程度のノリで。


「本当に立てなくなるんですね。桜に囲まれると」


骸に連れていかれたのはもちろん恭弥がいる場所ではない。城島くんが一人でボウリングをしていた。ボウリングのピン以外にもペットボトルとかを用意して自分で立ててボールを転がして当てている。


「さあ、どうぞお座りください」


骸がまた隣をすすめてくる。
返事することも動くこともできなくなってしまった私に痺れを切らしたのか、骸が腕を取り腰に手を回してソファーに座らせてくれた。


「紗夜が気に病むことはないんですよ」


私を優しく暖かく見守る赤と青の瞳。
気がついたら涙が出ていた。


私は、恭弥を痛めつける手伝いをした。こんな私を気味悪がないでいてくれた恭弥を。一緒にいてくれたかけがえのない人を。

痛い目にあっちまえと思ったことは何度もある。だけど本当にそうなるとは思わなかった。

握りしめていたはずの黒い携帯は気がついたらなくなっていた。


私の手元には何も残らない。