全ては一つに繋がっている
月曜日、憂鬱な曜日だ。また今日から一週間が始まる。
ただでさえ憂鬱な月曜日にツナはさらに憂鬱になることを聞いてしまった。昨日一昨日で風紀委員が襲われて重傷で見つかったと。やられた奴は歯を抜かれているとのこと。
意味不明な行為。ケンカはまだしも歯を抜く行為の意味がわからない。最近変なやつが多いな、とツナは朝食に手をつける。母親が用意してくれていた食事に手をつけていると護身用に格闘技を習ったら、と母から提案された。
運動もできない自分がなぜ格闘技。叫んで反対するが自分の身は自分で守らないと、と言い返された。
「女は強い男が好きだぞ」
そこにリボーンまでが加わるものだからツナに味方はいなくなる。
「紗夜だって強い男が好きだぞ」
「なんでそこで紗夜なんだよ!!」
「紗夜がよく一緒にいるのヒバリだしなー。それに紗夜はディーノのことも好きだしなー」
「なっ、それは、そうだけど……」
「なんだかんだクラスで仲良いの獄寺と山本だしなー」
「オレもだよ! なんだよその言い方! 何を言ってもオレは格闘技なんてやらないからな! 紗夜野蛮なこと嫌いだし!」
食事もそっちのけで騒ぐ息子に奈々は「まあ」と口をおさえた。紗夜の好みが今の自分とは少しでも違ければ、異議をすぐさま唱えている。
「好かれたいなら強くなるしかないな」
「紗夜はケンカとか嫌いなんだよ!」
「変な奴らにからまれている時にスマートに助けられたら紗夜惚れると思うんだけどなー」
「え……!!」
食後のエスプレッソを飲み干したリボーンはコップをその場に置いてイスから降りる。学校に行く時刻となっていた。食事を食べ終えていないツナは掻き込もうとしたがリボーンに一発蹴られて無理やり言うことを聞かせられる。
「あいつ……っ、変なこと言って邪魔したのはそっちなのに……」
「遅刻するぞ」
「っああーーーー!! いってきます!!」
ドタバタして家を出て行く息子に残された奈々はくすくす微笑んだ。
「綱吉は紗夜ちゃんが好きなのね」
自分でも自覚していない恋心を徐々に周りに知られて行く。
ツナは気がついていなかった。京子の名は全く出さずに紗夜の名前ばかりを出す家庭教師に。
身体を張って紗夜を助けようとしたエピソードは雇った家庭教師に何度か聞いていた。その時はツナも男の子として成長してるんだわ、と思っていたのだがそうではないようで。
「あなた……ツナに好きな子ができましたよ」
遠く離れた地で働く夫に届くことのない報告をする。
彼女どころか女子の友人すらほとんどいない息子の春に奈々は今晩の料理をご馳走にしようと決めて、ランボとイーピンを起こしに向かった。
空手 剣道 ムエタイ 柔道。その他にもたくさんのチラシを持たされたツナは呆れながら学校に向かう。
誰に何を言われても格闘技をすることはない。京子にボクシングに関する本を渡されてもボクシングをしている姿を応援されてもボクシング部に入ることはなかったのだ。
「こりゃ紗夜に言ってもらうのが一番か」
「だぁかぁらぁ! やらないって!!」
「紗夜は何を勧めるかなー」
「聞けよ!!」
リボーンとくっちゃべりながら学校に向かう。
並中に着くとあちらこちらに風紀委員がいた。並中生を守るように、また犯人を誘き寄せるように。数グループに分かれて生徒の登校の安全を守りながら不審人物を探している。ギラギラと光る目にピリピリとした空気。
「やっぱ不良同士のケンカなのかな…」
「ちがうよ」
並盛の風紀委員は不良の集まりだ。初聴のものは最初 “はあ?” と顔を顰めることだが並盛では普通のこと。風紀委員は委員長含めて全員不良だ。
ただの疑問の独り言に誰か反応した。音もなく気配もなく目の前にいたのは雲雀。ツナは恐怖から失神しそうになったがなんとか耐えて気づかれないように周りを見回す。
「(紗夜が前にリボーンはヒバリさんに気に入られているって言ってた!!)」
一緒にいるのはリボーンのみ。これなら群れていると認識されることはない。とりあえず理不尽な暴力は回避できた。
次の問題は先ほど聞かれてしまった不躾な発言。風紀委員に敵意があっての言葉ではない。それが雲雀に伝わるか。人の話を聞いてくれるか。
「そ、その……」
「身に覚えがないイタズラだよ…。もちろんふりかかる火の粉は元から絶つけどね」
雲雀のただならぬ殺意に怯えたかがそれ以上にツナは安心した。ツナの失言は全く気にしていないから。
ツナは日頃雲雀からよく理不尽な暴力を受けている。目の前で群れているというのが一番よくある理由。次に多いのは隣にいる家庭教師の企みのせい。何かと雲雀を使って鍛えようとしてくるのだ。オレと戦いたいならツナを倒してからとか、雲雀の前で学校の備品を割らせるとか。おかげで逃げ足は鍛えられた。
他にも登校してきただけなのにトンファーで攻撃されたこともあるし歩いているだけでもされたことある。その理由ははっきりしていない。
「(ん? これって……)」
戦慄が走るほどの恐怖と緊迫した空気に包まれている場で、どこからか校歌が聞こえた。吹奏楽部の朝練にしては歌詞がついているし、合唱部にしては野太すぎる声。テノールとバスしかない二部合唱。
ツナは発信源を探して、すぐに発見した。雲雀の携帯。
並盛の頂点に立つ男の着メロが校歌。衝撃的だった。並盛中出身者ぐらいにしかわからない音楽を着信音にしている。
鬼のように恐ろしい風紀委員長の新しい一面を知ってしまい微妙な気持ちになってしまったが、悟られる前に雲雀の前から退散しよう。誰だかわからないが雲雀に電話をしてくれたもののおかげでツナは雲雀と会話を強制的に終了させることができた。
「じゃあ───……(あれ?)」
雲雀は電話の相手に全く相槌をうたない。
そこはどうでもよいが、雲雀の顔をよく見るとどこか、いつもと違っていた。
いつもと変わらない表情。大好きな並盛が襲撃を受けていることに不機嫌ではあるけれど、それだけではない。
「(どこかで見たような……どこか、最近……どこだっけ……?)」
つい最近同じことを思った。雲雀のただならぬ不機嫌さ。ツナは知っている。
「君の知り合いじゃなかったっけ」
どこだっけ? と追憶していくが思い出す前に雲雀から話しかけてきた。珍しい出来事にツナは思考が止まり、いつものクールな表情、しかしどことなく殺気を纏わせている雲雀の顔を見上げる。
「笹川了平……やられたよ」
雲雀が不機嫌とかはどうでもよくなった。初めて聞いた風紀委員会以外の被害者。知り合いどころかツナに対して懇意にしてくれている一人。
血の気が引いた。他人事だった事件が近しい人にも及んでいる。
「ありがとうございますっっ!!」
教えてくれたことに一礼して走り出そうとした。病院に向かおうとした。風紀委員会の前でサボる姿を見せた。
「……沢田綱吉」
「はい!?」
学校を休むとか遅刻するとか、それを風紀委員の前でするとかツナの頭には何もなかった。
雲雀の頭にもなかった。
走り出そうとした直前に雲雀に止められ、また顔を見上げて後悔した。
「(怖っ!!!)」
恐ろしい冷酷な瞳でツナを見下ろしていた。了平がやられたと聞いた時より身の毛がよだった。
「……紗夜」
心臓が凍りつくような冷ややかな声から出されたのは大切な友人の名前。ツナはようやく思い出した。雲雀に感じたデジャブを。夏祭りと同じ。
「そ、その……紗夜がどうかしましたか……?」
「……昨晩、紗夜は君の家に泊まったりした?」
「してません!!!」
嘘でもしてたなんて言ったらツナの命はなかった。鋭い瞳で問われて肯定なんかできない。もし本当に泊まっていてもその場では否定して紗夜に口裏を合わせてもらう。
「……早く行きなよ」
「ありがとうございました!!!」
今度こそ逃げる。向かうのではなく逃げる。
ツナの草食動物のように逃げる後ろ姿に雲雀は興味なかった。出しっぱなしだった携帯の履歴を開き、たくさん並んだ鳴神紗夜の名前を見つめ、もう一度電話をかけるが、
「…………」
また女性の機械的なガイダンスの声が流れる。
「紗夜いねぇのか?」
「赤ん坊……」
「いつからだ」
残っていたリボーン。ツナにはついていかなかったらしい。雲雀にしては珍しく気がついていなかった。気がつかずに携帯を操作していた。
「今回の事件に巻き込まれてんのか」
「……さあね。赤ん坊たちには関係ないよ」
昔から紗夜を使って雲雀を誘き出そうとする卑怯な手を使うものはよく存在する。紗夜がいれば雲雀は何もしないのではないかと考えるバカが。あいにく雲雀は紗夜がいようがいまいが凄絶な笑みを浮かべて殲滅させていた。人質関係なく暴れる雲雀に紗夜も紗夜を捕まえた不良もドン引きすることは昔からよくあること。
ただ、みんな知らないが紗夜を人質にしたものはしなかったものに比べて対比できないほどの怪我を負うことになる。
「紗夜探しに手貸してやろうか?」
「いらない」
雲雀は校内に入って行く。もしかしたら風紀委員の誰もが見ていない隙に登校してきているかもしれない。下駄箱を確認しに行く雲雀にリボーンは少し思案して病院に向かうために歩き出した。
「何とも思ってないフリをしたいならもう少しその不機嫌さを隠したほうがいいぞ」
不器用な雲雀に助言をして。
雲雀恭弥は機嫌が悪かった。
二学期明けてすぐに訳もわからないイタズラが起きた。なんの因果性もない並盛生徒が次々に襲われていく。繋がりは見つからなかった。土日だけで10数人となる生徒が襲われた。被害者は喋れる状態ではないことから犯人も聞き出せない。雲雀と同じ風紀委員に所属するものもいるというのに情けない。
それに加えて紗夜が行方不明になっていた。気がついたのは日曜日。いつからいないか雲雀には定かではない。並盛生徒が襲われているから気をつけて、と忠告に向かうと家にはいなかった。外出しているだろうと時間を置いて訪ねても帰ってこない。夜になっても日を跨いでも帰ってくることはなかった。
もしかしたらどこかに泊まっているのかもしれない。その考えは雲雀も少しだけ浮かんだがそれでも嫌な予感は続いた。そもそも紗夜にはお泊まり会をするような仲のいい同性がいない。
月曜の朝、登校する生徒たちを眺めていても赤い髪は一向に見えない。遠くからでも一目でわかるほど鮮やかな紅は雲雀の視界には全く入らなかった。黒い学ランを着た風紀委員にモノクロの生徒たち。赤はどこにもなかった。
「(どこいった……)」
紗夜の上靴はあり、下履きはない。
「(金曜日はいた)」
金曜の放課後は見かけていた。ボイコットした交流会の参加校一つ一つに出向いていたのは知っている。
どこに行くか会話した。それに対して紗夜は教えてくれなかったが気まずそうに視線を逸らしたのは覚えている。紗夜がそんな反応をするところは近隣ではたった一つ。両親の住んでいる隣町だ。
「…… ───黒曜」
また電話がかかってきた。風紀委員会から。襲撃されている場面の目撃者を発見し聞き出したところ、加害者は黒曜の制服を着ていたとのこと。
「……………………」
雲雀は校舎を出る。向かう先は決まった。