囚われたのは、どっちだった?
「あっれえ〜? 骸さん誰れすかその女」
だらしなく舌をだしている男、城島犬が見つけたのは骸の膝を枕変わりにして横たわる赤い髪の女の子。耳をすませないと聞こえないほどの微かな寝息を立てて眠りについている。
可愛い顔立ちの女子。自分とは違う制服を身に纏う女子に犬は近づいてしゃがむ。ガッと大きく口を開いて噛み付くふりをしても赤髪の女子は起きなかった。寝たふりではなくて本当に眠りについていることが証明された。
「ボンゴレファミリーの正体を僕達に教えてくれるメシアですよ。丁重に扱ってくださいね」
「ふーん……この女がわかるんへすねー」
骸に優しく頭を撫でられてふにゃりと口元を緩めた紗夜。何も知らない純粋な子ども。骸たちの目的も知らないからこんなところで熟睡することができる。
へえー、ふーん、と犬がジロジロ眺めるが紗夜は起きない。だけどうるさかったのか、少し眉間にシワを寄せた。それでも骸が頭を撫でるとシワがなくなる。
「骸様。それならアレはどう処分しますか」
冷めた瞳で薄暗い一角に視線を送った帽子を被った眼鏡の少年、柿本千種。彼の視線の先には睨みつけるように骸たちに……否、骸に視線を送る小さな子ども。喋れる元気はなくても大切な近所の姉を守りたいという気持ちはあるようだ。ただ捕まってから一週間ほど寝てもないしロクな食事も取ってないから動くことも暴れる元気もない。さらに骸にマインドコントロールをかけられている。抗う力なんて存在していなかった。紗夜が連れてこられた時に逃げろと助言することもできなかった。たった三文字も喋れなかった。
処分との言葉を聞いてもフゥ太は怯えることがない。大切にランキングブックを抱えて警戒している。
「そうですね。……まだ、置いといてください」
「わかりました」
「ええーー! やっちゃいましょうよ骸さん! あいつ何も喋りませんよー!」
「犬、もう少しだけ我慢しなさい」
ぎゃんぎゃん鳴く犬の声に紗夜はまた眉間にシワを寄せた。「ううん…….っ」と唸り声を出して目をこする。
今、起きてもらっては困る。
骸は犬に静かにさせるより外に出させた方がいいと考え、明日の朝食を用意するように外に向かわせる。千種は何も言わずに意図を感じとったらしく静かに文句ばっかりの犬を引きずるように外に出て行った。
「あなたも外に行ってもらっていいんですよ?」
「……その子に何をする気だ」
「特に何も」
骸にしては優しい愛撫。紗夜の頭を撫でる骸の姿にランチアは顔を顰めた。
自分以外の人間をなんとも思っていない男。虐殺も平然と行うことができる無慈悲の男に愛でる感情なんてあるわけがない。
「紗夜というんですよこの子」
真っ暗な夜。骸もランチアもお互いの表情を見ることができない。暗闇にある緋色の長い髪と撫でる骸の手だけがどこからもはっきりと映しだされる。
「とても可哀想な少女なんです」
「……お前が干渉したからな」
「クフフフフフ 何を言っているんですか。この子は僕に会えたから前を向けるようになった」
ランチアは骸と関わってしまってから人生が狂った。だからこそ紗夜も同じかと思いきや骸は逆だと言いきった。
「この子には僕以外に頼れる人がいないんです。家族にも蔑ろにされる可哀想な少女」
撫でる手は止まらない。
骸は哀れだと言葉にするが実際はなんとも思っていないのはランチアにもわかっている。紗夜にもわかるのだから。
「紗夜は大事な情報源なんです。ボンゴレを知る少女」
「その子もお前の毒牙にかける気か……!」
「怒っているのですか?」
骸がランチアに顔を向けた。穏やかに微笑んでいる骸にランチアは唇を噛んだ。
「思い出しますか? あなたが葬り去ってきた幼い子どものことを」
「黙れ……!!」
図星だった。紗夜と同い年ぐらいの子どもだってこの手で息の根を止めてきた。気がついたら地面は真っ赤に染まっていた。ランチアが殺してきた者たちの中には少年少女もたくさんいた。紗夜よりも幼い子どもだって。どれもこれも気がついたら全て冷たい身体で地面に横たわっているのだ。もう二度と動くことがない残骸となって。
「もしかしたらこの少女も気がついたらあなたが殺しているかもしれません」
「っ、黙れっ!!」
「クフフ 安心してください。そんなことは起こさせませんから」
起きないではなくて起こさせない。
骸が何をどうしたって阻止をするということだ。骸らしくない言葉にランチアは言葉を詰まらせた。
骸に紗夜を殺す気はない。
ただのか弱い少女。今ここで刃物を落とせば命なんて簡単に奪える弱者。普通の人間に見えて異質な人間。
骸は知っている。少女が泣き叫んでいたことを。死にたい、殺して。小さな身体で骸に懇願していた。泣き縋っていた。普通に生きたいんだと涙を流していた。
珍しかったから構っただけ。前世の記憶を持って過ごしている少女。たまたま出向いた精神世界で出会った少女が稀有な少女だった。退屈を紛れさせるために話を聞いてあげた。同じと教えてあげれば少女は目に見えるほど骸という存在に希望を持った。
「僕を希望にするほど世界に絶望していたんですよね」
「……何がだ」
「さあ」
独り言に反応するランチアは軽くいなす。
幸せな夢を見ているのか、へにゃりと笑う紗夜に骸は少しだけ口もとを綻ばせた。
骸は紗夜のことを知っている。本人が警戒もせずに全て話してくれたから。
紗夜は骸のことを知らない。なぜボンゴレファミリーに用があるのかも、異質な右目の生まれた経緯も何もかも。
「その子もオレたちのように操るのか……」
「そんなことしませんよ。僕のコントロール下に置いて全てを聞き出してもいいですが、もしそこのフゥ太くんのようにだんまりを決め込まれたら困りますから」
骸は紗夜に質問すれば正直に答えてくれると確信している。それほど自分は好かれている。よく知りもしない男を紗夜は信用している。
フゥ太のように沈黙の掟をつらぬき通されたら紗夜を軟禁する意味はなくなる。ランキング能力を失ったフゥ太から手に入れられたのは以前に作られたケンカランキング。強さを表したランキング。マフィアなら校内でも強いだろうという予想でフゥ太から奪ったもの。もし今も能力を使えれば紗夜と親しい人ランキング等を作ってもらって特定することはできたがそれはできない。
「(紗夜はマフィアではない。オメルタを知らない少女)」
それでもボンゴレファミリーに関しては何も喋ってくれなかった。寝る直前までどれだけ問いても紗夜はボンゴレファミリーについて話してはくれなかった。
紗夜の直感だ。骸にボンゴレについて話すのはまずい、マフィアについて話してはいけないと第六感が働いたのだ。だからこそマフィアは誰かという情報は全て濁した。
しかしそれ以外は素直に話してくれた。ボンゴレの意味不明な掟。ボンゴリアン・バースデーやファミリー対抗のお正月について。他には並盛中ケンカの強さランキングの上位の顔の特徴。一位である雲雀恭弥について。弱点も簡単に教えてもらえた。考え悩んだ末に “……桜?” となぜか疑問符をつけて骸に確認していた。骸は知らないから聞いたのであって確認されても頷けなかったが。
「(だから時間をかければ答えてくれる)」
ただし骸たちには時間がない。脱獄囚が一定の場所に立ち止まり続けることはできない。
リミットは明日まで。それ以上は時間をかけれない。紗夜が明日話さなかったら実力行使にでる。フゥ太のランキングを使って炙り出していく方法に。だがそれは終わりが見えない。そもそもランキングにマフィア関係者がいるかもわからない遠回りの方法。
一番は紗夜から直接聞くこと。
そのためなら骸はなんだってできる。優しくすることも尋問することも傷つけることも何もかも。今回は優しくするを選んだだけ。
「……お前にとってその少女はなんだ」
「ただの情報源ですよ」
めんどくさい並盛中生徒会長と今日顔を合わせたのも、もしかしての可能性に賭けたから。訪れた人物は当たり、大当たり。ボンゴレについて知っていて骸に気を許している弱い少女。
「そんなふうには見えないがな」
「……どういうことですか」
「お前がそれだけでそんな顔をするわけがない」
ランチアは一睨して部屋を出て行く。
「何を言っているんですかね先輩は。ねぇ紗夜」
優しくしているのも微笑んでいるのも全てはボンゴレの情報を得るため。マフィアを殲滅させるため。醜い世界を終わらせるため。
「何も知らないのに」
骸は撫でるのを再開する。膝に頭を乗せて眠る少女は裏の世界を知らない平凡な少女そのものだった。